第20話 情報

 イルがランの気配を感じた時、団長室の窓がノックされた。

「フラナ、どうしたんだ?」

窓の外にはフラナがいて、窓を開けた。


「朝食の前にお散歩に行きませんか?」

フラナが一階ではない団長室の窓にいるという事は、ランがフラナを乗せているわけだが、昨日の怪我というか闇のブレスによる疲弊は大丈夫なのだろうか。


「少しだけで良いんです」

イルがすぐに返答しなかったので、フラナが再びお願いしたきたが、イルはけっして散歩に行くのが嫌とか、時間を気にしていたわけではなかった。


「いや、ランは大丈夫なのか?」

ランは魔物討伐の時点で多少の傷を負い、さらに闇竜のブレスでだいぶダメージを受けていた。

「はい!起きたら、この通り元気になってくれました」


怪我をしているランがイルと出かけたがったからとしても、フラナが無理をさせるとは思ってはいないが、心配な気持ちもある。

「朝食の時間もすぐだし、少しだけな」

しかし、フラナを乗せているランの顔を見るかぎり、無理をしている様子はなかったので、少しだけ皆で空へと出かけた。


ランにとっても、イルにとっても、そしてフラナにとってもこの時間が何より大切だった。

イルにとっては当たり前のようにあり続けたランのこの背中も当たり前ではないのだと、昨日改めて痛感した。


「…昨日はすまなかったな、有難う」

ランにとっても先日、ランの上で意識を失ったイルを見た事で余計にブレスを躱す行為に躊躇が生まれてしまったかもしれない。

「これからも頼むぞ」


短い空での時間を過ごして、イル達は竜舎に戻ってきた。

「怪我は本当に完治したんだな…」

他の魔物達との戦闘でついた傷、闇のブレスによりついた深い傷も見るかぎり、痕さえ残っていない。

竜は怪我の治りが人間より早いものだが、それを考慮しても早過ぎる回復だった。


「だが、無理はするな」

竜騎士団長なんて名乗っていても、ランがいなくなれば、ただの騎士でしかない自分を思い知らされた。


「もう、朝食の時間だな。今日は俺も責を果たそう」

折角のランの時間をもう少し一緒に過ごそうと、今日はイルも食堂から竜達の食事の運搬係に加わる事とした。


「いえ、副団長さん達に今日はお願いしてあります」

いつもイルよりも早く団長室にいる副団長が、今日はいなかったのはフラナとの約束があったからだったようだ。


「運搬は皆さんにお任せして、イル様はこちらにお座りください」

フラナは座って休んでいるランの近くをイルを座らせた。

「…な、何が待ってるんだ?」

今日のフラナは積極的だな、と思いながらも何をされるのか分からず狼狽えてしまう。


「イル様、昨日は戦闘後もそのまま副団長さんとお仕事で手当てされてないですよね?だから私がチェックして軽傷であれば手当します!」

フラナは戦闘が増えている状況に何か手伝えないか、と救護班に手当てについて学んでいたので軽傷であれば何とか手当てが出来るようにはなっていた。


「フラナが手当てをしてくれるのか?」

嬉しいような気もしたが、医師達に診てもらうのとは異なり、フラナに診てもらうのは何だか照れ臭さもあった。

「はい!軽傷じゃない場合は医務室に連れて行くように副団長さんにも言われてあります」

どうやら、昨日打ち合わせ的なものがイルの知らない所で行われていたらしい。


「消毒するので染みます」

怪我の具合を診るとなると、服を脱がなくてはならず、今まで感じた事のない感情をイルは感じていたが、初めての感情にこれを何と名付けたら良いのかイルは困惑していた。



「え~!?何ですか?昨日皆怪我したから、今日は普段より豪華な食事になってる分、重たい食事運んできたら、団長だけいちゃついてるんですけど!」

竜舎よりは魔物の数が少なかった為、比較的軽傷だったマイルが副団長達と一緒に食事を竜舎に運搬すると、フラナに包帯を巻いてもらっている団長の姿が見えた。


「手当てしてるだけだ、団長は自らは手当てもせずに夜遅くまで働いてたから頼んだだけだ」

イルやアルクなど、一部の竜騎士団員には怪我の治療を疎かにしがちな者がいるのも事実。


そして、そういうタイプは副団長が、医務室へ行くように何度も促しても、後で行くと言ってなかなか行ってはくれないのだ。


「イル様、ランの食事です」

副団長は手当てされている様子も確認しながら、ランからは少し離れた場所にランの食事を置いた。

「き、今日は普段より豪華だな!」

どうにも気まずくて、無駄に声が上ずってしまう。


「イル様、私が運びます」

フラナはそう言ったが、それを追い越してイルは朝食をランの前に移動した。

「ラン、今日は豪華だぞ!」

その姿を見守り、フラナは傷が深く、今日は休暇となっている竜騎士の竜へ食事を運んだ。


「フラナ、仕事に戻る前に聞いておきたいんだが」

やる事は山積みだが、情報収集をしておきたい件があった。

「俺達は竜を相棒として戦ってきたが、他の国では昨日のような魔物達を使役しているような所があるか?噂程度でも良いんだ」


竜に頼ってきたこの国は、あまり他国に関心がなく、知見がある者もいなかった。

「いえ、私がいた国でもその様な話は噂程度でも聞いた事がありません」

他国から来たフラナであれば、何か知っている事もあるかと思ったが、そんな事は不可能だという事だろうか。


「やはり、そうか…。ここ最近の襲撃が偶然とは思えない頻度とタイミングだ。人の手の介入があるのかと思っているのだが………」

そもそも種族が違う魔物が何故同じタイミングで纏まって襲ってくるのかも不明だった。

何かに誘因されているのでは、と考えるのが自然だが、イル達は竜以外の魔物を人間が使う事を見た事もなければ、噂でも聞いた事がない。


「………まだ、此処に留まっているか分かりませんが、以前竜の研究をしていると話されていた方にお話を聞いてみるのはどうでしょうか?」

病み上がりのアルクが薬の採取にフラナを勝手に連れて行った事があった。

その時に竜の研究をしているという者に出会ったのは何となくは記憶にあった。


「同じ人かは分からないですけど、少し前から竜の研究をしたいっていう研究者が宿に泊まってるって街の人が言ってたんで、俺場所分かります」

マイルが最初の襲撃の際に、街の修繕を手伝っていた時に、変な奴がいると街の人から情報を得たものの、きちんと宿代等は支払いされているとの事だったので、本人へ聞き込みに行ったり、報告をあげることまではしていなかった。


「…確かに、遠い地から来て、まがりにも研究者を名乗ってるのならば多少の知見がある可能性はありますが…」

イルが外交に行った時に襲われた直後だった為に、警戒すべきと特段会話もしなかった男だった。


「竜の研究したいなら、竜を連れて行ったら話早いでしょうし、俺行ってきますか?」

マイルも家に帰る度に最近魔物の襲撃が多くて、皆が怖がっていると家族や友人知人から沢山声を掛けられる。この現状打破する為になるのならば、何でもやりたい。


「私、顔をあわせてますし、皆さんが行くよりは警戒されずにお話してくれるのでは?」

それに何故かフラナまで立候補してきてしまった。


「お前らみたいなのが二人で行ったら駄目に決まってんだろ」

それまで黙って皆の会話を聞いていたアルクが話に割り込んできた。

「俺が嬢ちゃんの護衛としてついていってやる」

そして、また面倒くさい話をしている…。


「アルクが行ったら警戒心が上がりすぎないか?」

護衛としては申し分ないが、相棒の竜は黒竜だし、アルクも顔つき粗暴、中身も粗暴。で、交渉毎には全く向いていないと思われた。

「じゃあ、団長さんと副団長さん自ら行くってのか?ただの変人扱いされてる、どっかの国から来た自称研究者に」

そう言われると、人目につく中で、団長達自ら行くというのもどうしても目立ってしまう側面があった。


「情報は少しでも早い方が良い。食事もすんだし、さっさと行くぞ!」

そして、この男、待つのが嫌いなので思いついたら即行動タイプであった。

「………フラナ、あくまで竜を見せるのを条件にして、魔物を誘導する方法があるか、俺達みたいに魔物を使役している人がいるのか、を聞き出してくれ」

あまり行かせたくはないが、今は情報が少しでも欲しいのが現実だ。

「はい、まずは研究者さんと同じ竜大好き同志としてお話してきます」

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