第17話 価値

 「人には散々竜舎で寝るな、医師の許可がおりてないのに竜には乗るな、と言いながら自分は関係ないんだから、流石団長さんは違うなぁ」

朝からニヤつきまくっている嫌な奴と遭遇してしまった。


「…別に俺は竜舎で寝泊まりはしてない。………ランに心配をかけたから、少しだけ気晴らしに行っただけだ」

竜舎に行った時にはアルクはいなかったのに、マイルの奴が早速話してしまったという事だろう。


「俺の寝床からは何処かの騎士団長かつ第一王子と、世話人の嬢ちゃんがいちゃつきながら竜で飛んでく姿がよく見えたぜ」

其処まで言われてようやく、アルクがフラナがよく竜舎で寝泊まりするので、其処にアルクまで寝泊まりするのは良くないと通達を出したら、代わりの条件として見張り台の一部に黒竜と共にいさせて欲しいという事で、見張りの任にも多く就くというので、特例として許可を出していたのを思い出した。


「別にいちゃついてない。ただ、少し話してだけだ。彼女にも色々と迷惑をかけたしな」

こいつの揶揄いに付き合う義理もないので、早歩きで医務室まで向かった。

もっと強くなる為にも早く鍛錬を開始しないといけないし、団の皆の訓練も最近は副団長に任せっきりな事も多かったから、これからはもう少しは団長としての役も全うしていきたい。


そんな気持ちとは裏腹に、騎乗許可、さらには訓練の指導、自身の鍛錬まで医師からの許可が出るのには思っていたより時間がかかってしまった。

「アルクの奴は目が覚めたら比較的早くに回復してたのにな」

目が覚めるのにはかなりの期間を要したのに回復は早かったアルク。

怪我をしたのに傷口すら残っていないフラナ。


竜は様々な効果を持ったブレスを吐くが、回復の力を持った竜というのは記憶にも記録にも残っていなかった。

そもそも、ランがフラナを治せるのならばどうしてイルの事は治してくれなかったのかが分からない。今までランに乗っていて怪我をした事は何度もあった。しかし、それで治癒の効果があった事は一度もないとイルは記憶している。


「イル様、例の件ですが」

副団長が団長室に入室し、他に人がいない事を確認、窓の施錠も確認した上で報告し始めた。

「フラナが住んでいたというセリューですが、フラナという名ではありませんでしたが、第三王女がいたようです」

フラナの出身地について調べてくれと依頼していた分の報告が続けられた。


「父は国王ですが、母は正妻ではなく、しかし素性などは公表されておらず、フラナが幼い頃に城から出たと言われているようです。その為、あまり目立つ存在ではなく、女性の成人年齢に達してすぐに婚約者が決まり、もうすぐ嫁ぐという時になり城を出て行ったという事です」

やはりフラナは令嬢ではなく、王女だったのだ。フラナには独特の気品があるから、そう言われても驚かない。


「国民にはあまり知られていなかったようで、国民の中ではそれ程の騒ぎにはならなかったようですが、城内では当然婚約者への対応で追われたようですが、それ程のダメージにはならかったようです。簡単な探りではこんな所です」


フラナはあの日、イル達を救い、初めて竜を見て自分の中に変化があったと言っていた。

故郷では大人しく影のように生きていたのだろうか。


「…向こうがフラナを探すような動きはないのだろうか」

一番気になる所は其処である。もうフラナはこの国とって大切な世話人だ。

しかし、もうすぐ嫁ぐという時に急に姿を消されたら当然、相手方には迷惑をかけ、謝罪しなくてならなくなり、場合によっては戦争という最悪の引き金にもなりかねない事態だ。


其処までの事態にならなかったとしても、父親にとっては娘が突然いなくなったら何処で何をしてるのか心配に思うものではないだろうか。

「特段、そういった動きは見られませんが、内部では探す任にあたった者もいたと思われますが、その任が現在も続いているのかまでは把握できませんでした」


さらなる内情を探るには、もっと本質まで潜らなければならない。今の段階で其処までのリスクを冒してまで探る必要はないだろう。

「目立って、探している様子がないのならそれで良い。とりあえず、この件は俺達だけの秘密としておきたい。探りを入れた者にもくれぐれ頼む」


婚約者がいた手前、もっと国内に御触れを出すなど、積極的に探されているのかと思ったが、少なくとも今はそういったものが見られないのなら、良しとするしかないだろう。



「フラナ、今日は冷えるが、星が綺麗だな」

今日もランと寝ようとしているであろうフラナに声を掛けた。

「少しだけランと散歩しないか?」

そう提案したイルにフラナは迷わず手を伸ばした。


ランの背に乗り、少しだけ星空に近付いて、すぐに竜舎に戻った。

「…フラナ、もしも君が何か事情があって此処を去らなくてはならない時が来たら…俺でも誰でも良いから、そう伝えてくれないか?」

もしもフラナの国から使者が来たとして、それに捕まらない為に此処から出て行ってしまったら。しかも何も告げずに出て行ったとしたら。


「イル様?何かあったのですか??」

突然の問い掛けにフラナは不安そうにイルを見上げた。

「もしもの話だ。君、以前婚約者が決まった事で外を出る事を決意したと言っていたと聞いた。だから…俺達は君が此処にいれるように努めるつもりだ。それでも、もしも君が此処を去らなくてはならないと思ったのならば、何も言わずに出て行くのだけは止めてくれ」


フラナは少し前に覚えていないだろうと思って話してしまった事から、自分の素性がバレたのだと確信した。

「………イル様、私は確かに許されぬ行いで国を捨てました」

婚約が決まってすぐに結婚はしないと言いきれたら良かった。

けれど、今まで生きてきた全てをすぐに捨てようと決意する事はあの時のフラナには出来なかった。


「此処に国の者達がいつか来る日がこないとは言い切れないと思います」

婚約が決まってから毎日毎日自分はどうするべきなのか、どうしたら良いのか、ずっと考え続けてきた。

「その時は自分自身で話をつけます。その覚悟もして国を出たつもりです」


毎日毎日考えてフラナは決断をした。今まで生きてきた国や家族を捨てる決意と、万が一捕まった場合は罪人となるであろう事も覚悟して、ひたすらあの国から脱出してきたのだ。


「だから、それまで此処に私を置いてくれたら有難いです」

父宛てに手紙は残してきたが、それが父に読まれたのか、読んでくれたとしてもどう思ったのかそれを知る術はない。体面の為には切り捨てなければいけない事もあるだろう。


「………君の事を少し調べさせてもらったのは悪かった」

フラナの言い方から、自分達がフラナの過去を探ったというのがバレているだろうと、鈍いイルでも流石に感じたので、まずはそれを詫びた。

「だが、調べたのは君を追い出す為ではなく、君に長く此処にいて欲しいからという事だけは分かって欲しい」


交渉の余地があるのならば、交渉してでもフラナは此処にいてもらう。

彼女が王女であろうとも、彼女は国を捨てる道を選び、歩いて、今この国で世話人として働いているのだ。

「有難うございます。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」

全てを捨てて、この国に来た。この国はそれだけの価値があったのかとは口から言葉にはならなかった。


「…ランさん眠たそうです」

ランは他の竜とは違い、イルと生まれた時がほぼ一緒で、人と同じような生活をしてきたから、人のような生活スタイルで生きている。


「俺も今日は此処で寝ていくかな」

いつの間にか増えていた野営用の寝具をフラナに渡して、イルはフラナとは反対側に陣取って寝具を自分にかけた。


「今日はもう仕事大丈夫なんですか?」

いつもよりは早い時間帯だが、たまにはこんな日があっても良いだろう。

「ああ、大体は終わらせてきた」

それはちょっとだけ見栄が含まれていたが、一応区切りの良い所までは終わらせてから、フラナと話をしに来た。


「フラナ、俺達は君の味方だ。それは忘れないでくれ」

寝る前にフラナにそう声を掛けた。いつか、国の追手がくるかもしれないと恐怖を感じる日もあったのだろうか。

「有難うございます」


フラナがいつもランの側にいるのも、無意識の恐怖が根底にあって竜の側にいたいのかもしれない。

フラナ以外はランに人には触れないから、竜が近くにいれば安心できる。

「ランさん、おやすみなさい」


フラナの場合は竜が好き過ぎるだけのような気もするが、そんな心配なく過ごせるように手助けしていきたい。

そう思いながら、ランの温もりに睡魔が襲ってくる。

赤子の頃はランも小さかったから、イルのベッドで一緒に寝たりもした。

そのせいか、ランと一緒にいるとすぐに寝てしまうのだ。


…ランが小さかった頃をフラナにも見せる術があれば良かった。

今はこんなに大きくて勇ましい姿だが、生まれた頃はベッドに入る位の大きさで可愛かったんだと、幼少期を思い出しながらイルは眠りについた。

「イル様、おやすみなさい」

眠った様子を確認して、暖房具をイルの近くに移動してからフラナも目を閉じた。

夢みたいな今の時間がいつまで続くかは分からない。だからこそ、今を大切に生きていたい。

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