第18話 笛の音

 今日は比較的時間がある日だったので、お昼も過ぎ、夕方と呼ぶにはまだ早い頃、フラナはランの隣で少しだけ休息をとった。

しかし休息をとったのも束の間、竜舎にも響いた緊急事態を知らせる笛の音でフラナはすぐに立ち上がった。


「敵襲だ!全員戦闘体勢をとれ、非戦闘員は城内に入れ!!」

見張り台にいたアルクが大声で全体に指示を出す。

「イル様も副団長さんもいない時に、また…」

フラナがランが警戒している方を見ると、其処には以前押し寄せてきた魔物達の姿があった。


「何してる!早く城内に入れ!!」

黒竜に乗って竜舎に降りてきたアルクが、イルが不在の今、自分がランに騎乗した方が良いか悩んでいたフラナに再度指示を出した。

「お前は戦闘員じゃないだろ、早く入れ!」

再度、そう喝を入れられフラナは城内へと急いだ。


「マイル、お前は街の様子を見て来い。街も襲われてたら、そのまま対応にあたれ」

生憎、今日は団長も副団長も第二王子のいる城へ行っており、副団長だけは警戒の為に先行して竜に騎乗して行ったが、イルはランを連れてはいない。戻ってくるのにはそれなりの時間がかかる。


「でも此処は…」

団長と副団長を欠いた今の竜騎士団であの大群の魔物を撃墜出来るのかマイルでも不安を感じるものだった。

「街を放置するわけにもいかない。此処だけ襲われてるのならすぐに戻ってくれば良い」


前回も竜舎に多くの魔物が現れたが、街にもそれなりの被害が出ていた。

「分かりました」

ここで迷っている間に街の人がまた攫われたりするかもしれない。本来、一人で行く事自体が危険な状態でもあるが、そんな事を言っていたら竜騎士団なんて勤まらない。

覚悟を決めてマイルは街の方の被害の確認へと向かった。


「…あんなに沢山」

マイルが竜と共に街の方へ飛んで行くのが見えた。機動力に優れているマイルが街の被害を確認する役に選ばれたのだろうが、はたしてあの魔物の数を追い払う事が出来るのだろうか。

祈るしか出来ない自分を悔やみながら、戦況を見守っていた時に動く影が見えた。


「あの方は?」

非戦闘員は城内に入るようにと言われていたのに、何故か中庭に人影があった。

何かを探しているかのようにも見える。

あの中庭は竜舎にも少しだけ近く、客に見せるようの造りでもない為、寝具などの大きな洗濯類を干すのにも使われている場所だ。


「今はこの様な状況ですから、中に入りましょう」

慌てて何かを探している様子の女性にフラナは声を掛けた。

「…亡くなった息子の形見を先ほどの騒ぎで落としてしまったようで………」

女性はパニックに陥っている様子だった。


前回、フラナを攫ったり、街の人達も多く攫ったのと同一であろう魔物もいたので、このままでは危険だろうとフラナも探し物を手伝う事にした。

「これではないですか?」

フラナは息子が最後に握りしめていたというハンカチらしき物を拾い、女性に渡した。

「これです!有難うございます」


探し物を無事に見つけて、早く城内へと促そうとした所だった。

一匹の魔物が二人に襲いかかってきた。

「ランさん!」

思わずそう黄金の竜の名前を呼んでいた。

二人が襲われそうになるのを見ていた竜騎士がランの鎖を外した。


「!来てくれたんですね、有難うございます」

二人を襲おうとしていた魔物にランはブレスを放ち、魔物は二人に辿り着く前に意識を失った。

「早く、城内へ」

まずは女性が無事に城内へ行けるように促した。魔物達が一斉に襲ってくるような状況にならなければランが守ってくれるだろう。


「フラナ!第二王子の城へ行け」

フラナにアルクはグローブを放り投げてきた。

「ランだったら何度も行ってる。お前が道を知らなくても行けるはずだ。お前が行って、二人を連れ戻してこい」


マイルがすぐに戻ってこない所を見ると街にも被害が出ていたのであろう。

街の被害の程が分からないが、これ以上竜騎士を街に行かせる程の余力はなかった。

「分かりました。二人が来るまでどうかお願いします」

グローブをしてから、ランにどうにか一人で乗る事が出来た。万が一の為にと、さらに特訓を続けてきた甲斐があった。


「お前達をフォローしてる余裕はない。とにかく落とされない程度に急げ!」

非戦闘員であるフラナをこの状態で竜に乗せる事も、その際に遠くへ行くまで援護射撃もしてやりたいが、生憎そんな余裕は何処にもなかった。

「今、団長と副団長が戻ってくる。それまで耐えろ!」

ランなら、多少の攻撃には耐えてくれるはずだと信じて、今は目の前の敵に集中するのみだ。


「ランさん、イル様を迎えに行きます。なるべく速めにお願いします」

フラナが何も言わずともランは何処かへ向かっていて、振り落とされないように手綱を持つので必死だ。

第二王子の城が何処にあるのかも把握していないフラナはこの方角で合っているのかさえ判断がつかない。

でもこの非常事態で、竜が向かうのは相棒の騎士の元だろうと信じるしかない。



「ラン?」

後発隊として、ランを供わずに馬車で来たイルの耳にランの声が聞こえたような気がした。

「お話中失礼します!イル団長の竜が向かってきてます!!」

そう思った次には、主に兵力の増強について意見を交わしていた場に兵士が報告を知らせた。


「何かあったのか?」

ランが一人で来たのか、フラナが乗っているのかは分からないが此処が襲われてるわけでもないのにランが勝手にやって来るはずがない。


「ラン!」

副団長の竜が羽根を休めているこの城の竜舎に、イルは走って来た。

ランと何度も此処に来てるから、この城に来たなら必ず此処へ来るはずだ。

「イル様!」

ランにはフラナが乗ってやってきたようだ。

「また魔物の襲来です。かなりの数です。非戦闘員は城内に避難しました。マイルさんが街に偵察に行きましたが、私がいる間には戻ってきませんでした。二人をお連れするように言われて迎えに来ました」


そう聞いて、イルはすぐにランに乗った。

「副団長にも、すぐに戻るように伝えろ。あと、俺は竜舎へ向かうから街の方を頼むとな!」

近くにいた兵士に伝達を頼み、ラン達は飛び上がった。

「フラナ、飛ばすぞ。しっかり掴まっていろ」

フラナは今度は手綱ではなく、イルを必死で掴んだ。


「話の途中ですが、一旦失礼します」

荷物などはイルが乗って来た馬車に任せる事にして、副団長もすぐに街へと向かう。

「…あれが、新しく来た竜の世話人か」

竜騎士ではない第二王子からすると相棒以外の世話人が、ランに乗れるというのは驚いたが、聞けばランに世話人が一人で乗って、イルの城から此処までやって来たというのだからさらに驚きだ。


この国に生まれ、まして第二王子として生まれたからには竜騎士になりたい、という気持ちを抱く事もあったが、今に至って相棒となる竜と巡り合えてはいない。

成人年齢に達した時、竜騎士となる道は諦めて、竜騎士団長となっていた兄を政治で支えようと決断して、今この城にいる自分からすると、竜から見る景色はどんなだろうと思わずにはいられない。


「此処に魔物が来た様子はないが、皆も警戒を強めてくれ」

以前、魔物の襲来があった時も此処には被害がなかった。それはただの偶然なのか、何か狙いがあるのか。こうも続くとなると、其処を明らかにしていかなくてはならないだろう。

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