第16話 光の彩り
「フラナ、少し時間良いか?」
竜舎にいる竜騎士の姿が減って来た頃にイルはやって来た。
「…はい」
ランの側にいた方が良いかと二人はランにもたれかかって、灯りを点けた。
「俺が意識を失ってた時、世話人としての仕事をしながら夜からは看病していてくれたそうだな。有難う。世話になったな」
フラナは言葉につまり、ただ首を横に振った。
昨日ランにこうして二人でもたれかかって少ししたら、イルがランの名前を呼んで、フラナの名前を呼んだ。
無事に目を覚ましたのは心から嬉しかったのに、それからイルを見ると胸が締め付けられて苦しくて涙が溢れてしまいそうになる。
「それと、ランが君に怪我を…」
少しだけ感傷に浸っていたフラナはイルの言葉を止めた。
「違います!あれは私の不注意が原因で、事故だったんです。この通り、傷痕一つ残ってません」
思わず怪我した腕をイルに見せた。
「傷が残ってないのはランが治癒?とやらをしたからだろう。治ったとしても、その時の痛みはあっただろうし、そういう事があった事実は変わらない。ランが申し訳なかった。ランの相棒として謝罪したい。全て俺の未熟が招いた事だ。許して欲しい」
この竜騎士団にいる竜達の中でも、最も穏やかな性格とされるランが事故であったとしても、仲間を傷つけようとした事、それを庇う為に世話人が怪我した事に変わりはなかった。
「頭を上げてください。先程も言った通り、そもそも私の不注意が起こした事故だったんです」
今までもこうした怪我を伴う事があり、その度に世話人は辞めていってしまった。
「いや、全ては俺が団長という身でありながら、敵の攻撃に耐えられなかったのが始まりだ」
その後もフラナは世話人としての仕事を続けてくれたが、それは団長不在という緊急事態や、その原因に自分が関係しているという罪悪感からではなかったかと思う。
「違います、私を庇ったんですよね。こちらこそ申し訳ありませんでした」
フラナはずっと怖かった。自分を庇ったイルがこのまま遠くへ旅立ってしまう事が、とてつもなく怖かったのだ。
「…それは、俺が団長としてでもなく、勿論王子としてではなく、ただ一人の人としてフラナを失いたくなかっただけだ。」
あの日、イルが倒れていった瞬間が脳裏に焼き付いて離れない。
「これからは私を庇ったりしないでください」
団長だからではない、王子だからではない、ただただあの瞬間のような光景をもう二度と見たくない。
仕事から帰って、まだ息をしているかと恐れながら息を確認する日々には戻りたくない。
「…あの行動は団長としても王子としても褒められた事ではない事は分かっている。自分の今の立場を忘れた事はない。それでも…一人の人として間違っていたとは思っていない。だが、皆にはこれ以上迷惑かけないよう俺自身が強くなると、それだけは約束する」
戦いに行くなと言えるはずもない、いつでも真っすぐなこの人が自分がお願いした所で本質的な部分を変えてくれるはずもない。
分かっていても、そうして欲しいと思い、口に出さずにはいられないのは何故なんだろう。
「俺の事、ランの事、本当に迷惑をかけた。もし…以前と気持ちに変わりがなければ、これからもよろしく頼む」
ランは今一度頭を下げた。フラナには一人の女性として、一人しかいない世話人としてこれからも此処にいて欲しい。
「………それでも、どうしても嫌だと思うのであれば誰かに相談してくれ」
今まで世話人はそれの繰り返しだった。
イルに相談されても引き止めてしまいそうだから、相談は他の者にしてくれた方が良いと思った。
「しません!私こそ、足を引っ張ってばかりです。私はこれからも此処で世話人として働きたいです」
フラナはランに抱きついて、此処から離れないと意思表示するように見せた。
「…本当に怖くはないか?」
無理をしてるのでなければそれで良い。直接相談されたら引き止めてしまうだろうが、彼女の幸せを願ってるのも本当の事だ。
「怖くありません、それより早く…イル様と二人でランさんに乗りたいです」
フラナに抱きつかれてランも満更でもなさそうにしている。
「…少しだけ散歩に行くか?」
フラナがいてくれたとはいえ、随分とランにも心配をかけた。此処にいる全員に息抜きが必要だ。
「もう騎乗の許可は降りたのですか?それに、もう夜で視界が…」
フラナが戸惑っている間にイルはランに乗った。アルクにはあれこれ言ってた手前があるが、少しなら問題ないだろう。
「戦闘になれば夜も朝も関係ない。どうした?やっぱり怖いのか?」
差し伸べた手をとらないフラナにイルはわざとそう言った。
「ランさんが怖いわけじゃありません!!」
フラナは誤解を解きたくて、すぐにイルの手を取った。
「………ちなみに俺もずっといました」
緊急時でもないのに、昨日数日間の昏睡から目を覚ましたばかりのイルが騎乗するのはいかがなものかと思いつつ、飛び上がった二人をただ下から眺めていたマイルだった。
「…あんまり帰ってこないなら副団長には報告だな」
多分、飛びだってすぐに報告した方が良い案件だとは思うが、ランも相棒が瀕死で、フラナに怪我させた件もあった。
イルは重症を負い、目が覚めたら仕事は山積み。
フラナは世話人としての仕事と看病。
と、心身共に疲労が続いた皆には息抜きが必要だと思うので、見ない振りをして、一旦しまった剣を抜いた。
最近、人からも魔物からも狙われていると感じている。この半年の間で、アルクとイルが戦線から離れる程の怪我を負って、竜騎士団の中でも一際強い竜と騎士である二人が其処まで追い詰められる事態が続いているというのが異常な事態だ。
「俺も強くなるぞ!」
フラナとの恋は実りそうにないと半ば思いながらも、諦めきれない気持ちを剣に乗せて、マイルは三人の帰還を待った。
「ラン、あまり飛ばすなよ」
イルも病み上がりで、フラナも昨日は少し眠れたかもしれないが、ここ数日で疲労は蓄積されているであろう。ゆっくり少しだけ空の散歩を楽しむ位が望ましいだろう。
「…こうして、またランさんに乗れて嬉しいです」
ランには乗りたいけど、一人で乗るよりも二人で乗る方が何倍も嬉しい。
「私、あの日ランさんと会えて良かったです」
フラナの言葉にさらにランにはゆっくり飛んでもらった。
「俺達が初めて会った日の事か?」
フラナはあまり自分の事を話さないから、きちんと聞いておきたいと思った。
「私がまだ東の国にいた時に、一度だけ黄金の竜が迷い込んできたんです。竜を見たのはそれが初めてでした」
それまでフラナはまるで人形のように生きてきた。何が楽しくて何が嬉しくて何が嫌なのか、あまり分からないような所があった。
「黄金の竜は蛇行していて、魔物の竜が襲ってきたと国の人達は恐れて、竜を攻撃しようとしてました。でも、黄金の竜の背に黄金の髪の毛の方がいたのが見えたので、私は皆を止めようとしました」
フラナの話を聞いていて、とある国を通りかかった時に、ランが暴走した事があったのをランは思い出していた。
それまでランは暴走する事がなかったので、これが暴走かと慌てた記憶があった。
「でも、竜達は誰も攻撃する事なく飛び立っていったのです」
あの時、城の砲台から攻撃をされる寸前だった。だが、そんな場所に似つかわしくない女性が砲台の前に立ち、攻撃を止めてくれたのだ。
「あの時の少女は君だったのか?」
そのおかげでランは攻撃される前に我を取り返して、素早く射程範囲から逃げる事が出来たのだ。
「…覚えていたのですか?」
イルがその事を覚えていた事にフラナは驚いている様子だった。
「砲台の前に立ち塞がって攻撃を遅らせてくれた少女がいた」
あの時、ランの暴走が治まったのもフラナが近くにいたからだったのだろうか。
「…俺は随分前から君に救われていたのだな」
もし彼女がいなければ、砲台が命中したからといってランがどうにかなるわけではないにしても、暴走してる状態で攻撃されればさらに攻撃性は増しただろうし、ランは無事でもイルがどうなっていたかは分からない。
「救われたのは私です。あの時、竜を初めて見て、それで私の世界は変わったんです」
それまで白黒の世界をただ生きてきただけのようだったフラナの世界は光輝く竜を見て、人生が初めて彩りを持ったのだ。
まるで魔法にかけられたかのようにフラナの気持ちは昂り、ずっとこれを探していたのだと思った。
「だから今此処に私はいます。そして、これからもそうありたいです」
その日は眠れなくて、次の日は図書館で竜の書物を探したが、竜に関して書かれた書物はほとんどなく、あっても最強の竜としての恐怖の図しかなかった。
「随分遠くから来たのだな」
あの国がフラナの故郷であれば、ランで飛んでも数日かかるような遠い国だ。
「でも、道中もとても楽しかったです」
初めての一人旅。家族に対するうしろめたさはあったが、それでも竜にまた会えるかもしれないという楽しみが勝っていたまま、あの日イルに出会ったのだ。
「ようこそ、シュペールへ。これからもよろしく頼む」
初めての出会いではなかったらしい、あの日の再会。それから全て始まった。
そして、またここから始まる
「マイル!この事は内密に頼むぞ」
少しではなかった散歩は、三人にとって良い息抜きと、過去の自分達を知る良い機会となった。
「多分、ばれてる気はするけど、誰にも言わないようにします」
振り続けた剣を終い込んだマイルが、そろそろ探しに行くか、報告するか悩んでいた頃にようやく三人は帰ってきた。
「今日もランと寝るのか?風邪だけは引かないようにな」
そう別れを告げて、イルは団長室へ戻った。
「副団長、フラナは令嬢でないかもしれない」
団長室に入るなり、副団長に本題を話した。
「…どういう事ですか?」
イルは先程、フラナから聞いた話を副団長に説明した。
「ランが初めて暴走したという時の話ですよね」
遠くまで遠征して、その日ずっと機嫌の悪かったランがイルを乗せたまま飛び去って、他の竜騎士達とはぐれてしまった。
「あの日、暴走したランを城内から攻撃しようとしていたのを止めたのがフラナだったようだ」
命がけで止めてくれた事は有難いが、どうしてフラナは城内に居合わせたのだろうか。
「城の砲台から撃とうとしていたのを、その国の令嬢がたまたま居合わせて阻止したというのは無理があるだろう」
国で何か催し等があり、令嬢が城にいたという事はあるだろうが、城内の砲台の場所まで把握している事もないし、令嬢が止めに入った所で竜に襲われそうになっている緊急事態であれば、躊躇せず撃たれてもおかしくない状況だった。
「セリュー国の関係者という事ですか?」
遠い他国で初めての暴走で記憶が曖昧な部分はあるが、使用人が着るような服装ではなかったとは、うっすらと覚えている。
「その可能性が高いだろうな。…念のために最近家出した者がいないか探りを入れてくれ」
フラナの過去について、本人が話さないのであればあまり調べたくはないが、どういった形で家を出てきたのかは気になっていた。
この国で世話人として働いてる事を知らせておいた方が良いのではないかと思う気持ちもある。
しかし、それは本人の意向や、どういう家族関係だったかにもよるので、今の段階では何とも言えない。
「…それは軽い調査で宜しいのですか?」
雇用契約にある身なので、後にトラブルにならないように軽く探るだけで良いのか、結婚等を前提とした入念な探りなのかで、随分違いがある。
「いや、本人も俺が覚えてるとは思わずに話した事だ。フラナの耳には入らないように、あくまで噂程度の話でも良い。軽く調べてみてくれ」
副団長は明日、手頃な者を手配すると答えた。
普段の立ち振る舞いからそれなりの身分であるとは思っていたが、セリュー国と言えば、国の周囲を大きな壁で囲み堅牢さで有名な国だ。
城にもかなりの砲台が設置してあると聞く。
その国の関係者だったとすれば、此処にいるのが相手国の耳に入れば何かが起きても不思議ではなかった。早急に調べる必要はありそうだ。
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