第15話 温もり
「え?フラナさん、団長を診てたんじゃないんですか?しばらくお休みなのかと思ってました」
食堂前でマイルと出会った。
「いえ、ランさんもですし、副団長さんもしばらく忙しいでしょうから」
特にランは他の人達からの食事では食べないと思われた。
イルが危篤なのだ。フラナが渡しても食べてくれるかも分からない。
「あ!そうでした。団長が良くなるまで、忙しくなるから食べないとかじゃないかぎり運搬とか頼まれたんでした…」
イルも副団長も最近はフラナが世話人になった事で、食事当番に来ない日も増えていたが、副団長はこれからはそんな時間をとるのはさらに難しいだろう。
「まぁ、政治とかに関しては、第二王子がやってくれてるので、そこは問題ないけど、竜騎士団の業務は今は副団長頼りになっちゃいますね…」
この国では、竜騎士となった王子がいれば王位継承権は第一位となるが、竜騎士団長としての活動がメインになる為に、政治などは王位継承権第二位となった竜騎士ではない王子がメインとしてやってきた。
「…そういえば、イル様以外の方は見た事ありませんね」
この城は竜騎士団としての城であり、竜騎士団長である第一王子イルが纏めている城で、竜騎士団としての働きや、警備等の要所である。
一方第二王子は此処ではない場所に城を構えて、国の政治の事を中心に動いていた。
「此処は城というより、兵士達中心の城なんですよ。勿論、第二王子の城にも護衛の兵士はいますが、あくまで護衛のみで他の任務にあたる事は滅多にありません」
他国から来たフラナにはまだまだ知らない事が沢山あるようだ。
「どうか食べてくれますように」
祈りながら、竜達の沢山の食事を今日はマイルが中心となり運んでくれた。
「ランさん、おはようございます。イル様はまだ寝てますが大丈夫です!」
努めて明るく振舞って、ランの近くに食事入りの容器を置いた。
「良かった、食べてくれました。ランさんも怪我してましたから、沢山食べて早く元気になってくださいね」
ランが食べているのを眺めながら、次は副団長の竜にも食事を近くへ持って行った。
「副団長さんはしばらく忙しいので、私で我慢してくださいね」
こちらも問題なく食べてくれたので安堵した。
食事の後片付けをした後は、竜達の怪我の具合の確認だ。
黒竜はアルクが側にいて、ケア含めてやってくれるから問題ないが、それ以外の竜達も大怪我という程の傷を受けた竜はいないが、皆それなりに傷を負っての帰還となった。
午前中は竜の手当てをして、お昼も食べてもらったら、安心したのか瞼が閉じそうになってきた。
「ランさん…少し疲れちゃいました」
ランが休んでいる所に行って、ランにそっともたれかかる。こちら側は怪我がないのは確認しているから問題ないはずだ。
「フラナさん寝てしまいましたね」
ランがよくいる場所にはいつからか、野営時用のアイテムが置かれるようになっていたので、マイルはそっと寝具をかけておいた。ランに怒られないか心配していたが、フラナに危害を加えないとは分かっているからか、多少の視線を感じる程度だった。
「イル様?」
誰かの声がした気がして、目を覚ますとそれは話し声ではなく訓練中の音だった。
「私…」
昼寝をしてから、だいぶ過ぎてしまっていたようだ。
「!ランさん私、イル様の様子を少しだけ見てきます」
お昼休憩が終わる前に行こうと思っていたのに、すっかりタイミングを逃してしまった。
ランに乗せてもらい、仕事中であろう副団長の時間を一瞬でも奪うのも申し訳ないが、どうせ自室へ行く時も通らなくてはならないので、団長室から窓へと入ろうとした。
「危ない!」
しかし、ほとんど寝ていない状態で昼寝をして、起きた直後に竜の上という不安定な場所にいた為、フラナはバランスを崩してしまい、それを立て直す為に手綱を掴む事も出来なかった。
「ランさん!!」
近くにいたマイルが落下しそうなフラナを受け止めようとした時に、ランがマイルへ牙を向けた。
「マイルさんを傷つけちゃ駄目です…」
普段のランならそこまで敵意を剥き出しにはしないが、今はランも通常の状態ではなかった。
「フラナさん大丈夫ですか?」
マイルを攻撃しそうだったのに気付いたフラナがランの前に体勢を変え、それを見たランはすぐに自分を止めたが、完全に静止するのには間に合わなかった。
「…大丈夫、かすり傷です」
地面に落下する事は避けられたが、顔に飛び乗ってきたような形となったフラナの腕には牙で傷がついて、血が溢れている。
「本当に大丈夫ですよ」
心配そうにフラナを見ているランにもそう言い聞かせた。こうして、顔の前に立っていれば、フラナを避けて他の人に危害を加える可能性が低いからだ。
「心配してくれてるんですね」
ランは自分が傷つけてしまった事を詫びるように傷口を必死で舐め始めた。
「マイル!何してる、早く救護班を呼んで来い!!」
驚きのあまりか、置物と化しているマイルに一部始終を見ていたアルクが声を掛けて、ようやくマイルは我に返った。
「待ってください!その必要はありません」
ランにより怪我をした事を隠したいのだとしても、これは仕方がないアクシデントであり、フラナの気持ちが許せば問題にはならない。
「そうやって庇っても無駄だ」
怪我していた手をアルクは握って確認した。
「どうなってる??」
しかし、視力が竜騎士団で一番良いアルクの目には、遠目でもはっきりと出血が見られたはずの腕に傷がない。
しかし、腕の部分の服が破れている事からこの手が何かの衝撃にあった事は確かだ。
「わ…分かりません。ランさんが舐めたら治っていきました。ランさんは回復も出来るのですか?」
それが出来るのなら、相棒であるイルの事を治さないわけもなく、フラナにも理解が出来なかった。
「それならイルはとっくに回復してるし、竜の唾液に治癒力があるなんて聞いた事がない」
アルクにもそう言いきられ、一応医務室に行き傷口の確認をしてもらう事になった。
しかし、何の傷もない腕を見せられ困惑させてしまっただけだった。
「ランさん、イル様の所に行ってきますね」
結局その後も小さなゴタゴタが続き、竜舎を出るのは夕食後になってしまった。
「失礼します」
まだ副団長がいるだろうから、ノックしてから声を掛けて部屋に入った。
副団長には、もう竜の薬の在庫が少ないと伝えてからイルの部屋に入った。
「…イル様、今日は色々あって疲れました」
まだ目を覚まさないが、息はちゃんとしている事を確認してから脇の椅子に座り、腕を明かりに照らすが、やはり傷口は見えないし、痛みも全くない。
「やっぱり、イル様がいないとランさんも不安定です。早く起きてください」
ランの上に二人で乗って散歩出来るのはいつの日だろうか。
それからフラナは、夜はイルの自室でイルの看病をして、朝から竜舎にいて、昼休憩だけ寝るような日々が続いた。
夜にほとんど寝てない事は誰の目で見ても明らかだった。
「あの…副団長なら食事の時だけ来てもらえますし、ランだって以前は俺達が食事渡してたんで、たまにはゆっくり休んだらどうですか?」
本来、こういう時に全体を見てフォローを出すのは副団長だったのだが、今はそれどころではないので、仕方なくマイルがそう声を掛けたがフラナは礼を言うだけだった。
普段なら、以前から知っている兵士達が近付いただけで攻撃しようなんてランの性格ならしないはずなのに今はナーバスになってるのだ。
だから、イルが起きるまでは少しでも自分がランに寄り添っていたい。
「………こんなに苦しめてすみません」
栄養や回復力を高める為に薬は毎日投与されているはずなのに、どうしてイルは目覚めないのだろうか。
「私の傷ではなくイル様の傷が癒せれば良かったのに…」
知らないうちに涙が零れていた。
翌日、医師の許可は取って、一時間だけイルをランの側に連れて行った。
竜騎士たるもの竜の側にいた方が治りが早いなどと言っていたアルクは、怪我の治りが早かったように思う。その際に使っていた簡易ベッドをそのまま流用した。
フラナの傷を治せたように、イルにもその力が加わればと思ったからだ。
「敵に狙われやすいという話もありますので、イル様連れて帰りますね」
しかし特に変化は見られなかったので、あまり近くに寄りたがらない医師達を見て、フラナはイルを抱えようと体に手を伸ばした。
「ランさん?」
しかし、ランはその手を阻むように顔を近づけてきた。
「…お気持ちは分かります。でも…イル様はまだ体調が回復しきってないんです」
それに敵意はなく、ただイルを連れて行かれたくなくて優しく邪魔しているにすぎなかった。
「ランさん、お願いです」
“ランは普段大人しいが、結構嫉妬深いんだ”
いつか、そう言っていたイルが頭に蘇った。
「じゃあ…ランさんに今乗る事は出来ないので、あの日みたいに少しだけ皆で休みましょう!」
フラナ一人でイルを運ぶ事は出来ないので、今無理に竜騎士達に運んでもらったらランがまた暴れないともかぎらない。
「動かすの手伝ってやるから、ラン止めておけよ」
フラナだけでベッドから動かせないだろうと、すっかり回復したアルクが手助けを買って出た。
少しでもランと距離が取れるように足元からアルクがイルを持ち上げ、何とかランの側にイルを移動する事が出来た。
その間に、炎竜のブレスで温められた暖房具をマイルが準備してくれていた。
「思い出しますね、あの日私はすぐに寝てしまいました」
寝具をイルに掛けて、フラナもその横に座ってもたれかかった。
「ランさん、今日は少しだけですよ」
また眠ってしまう前にランに言い聞かせて、そして今度こそイルを自室へ運ばなくてならない。
「…ラン」
久々に感じたようなが気がするランの温もり。そして、もう一つある温もり。これは誰だろうか。
「フラナ?」
そうだ、こんな時間を以前過ごしたような気がする。
「イル様!?」
ぼんやりとしていたイルの聴覚に聞き覚えのある声が届いた。やはり、隣の温もりはフラナだったのだ。
「良かった………」
…声はフラナの声だが、どうして泣いているような声なんだろう。
ランもやたらと顔を擦り付けてくるし、何だか外野もうるさい。
「何故泣いてる」
しかし、それより大切なのは、フラナが何故泣いてるのかだろう。
「…イル様が目を覚まされたからです」
涙を拭ったのに、どんどん目から涙が溢れてきて拭いきれない。
「どっかの団長が、女を泣かせてやがるな」
この下品で嫌味な物言いをしてくるような無礼者は一人しかいない。
「だから何故俺が目を覚ましたくらいで泣く必要があるんだ!」
アルクに向かって怒鳴りつけたが、同じく近くにいたマイルも泣いていたし、騒ぎを聞きつけてやってきた副団長も少しだけ涙腺が緩んでいた。
そして、あの日から昏睡状態だったことを告げられた。
「そうだったな、あの日魔物の襲撃にあって…、フラナ怪我はなかったのか?」
一番の重傷者が人の心配をするなと皆に一斉に怒られた。
「行ってしまったな…」
そんな会話をしてる間にフラナは走り去ってしまった。方向的に珍しく自室へ戻ったのだろうか。
「…良かった、本当に」
フラナは嬉し涙と、今まで張り詰めていたものからようやく解放されて涙が止まらなかった。
珍しく自室へ向かうフラナが涙していたのを見た城の者達には、短い間だけイルが亡くなったのではないかという噂が流れてしまう程だった。
一方、無事に数日間の昏睡から目が覚めたイルはまずは被害状況や、その後の事など副団長からベッドに横たわったままで報告を受けた。
「俺以外の竜騎士団の被害は軽微だが、街にはそれなりの被害が出たか」
街の復旧などは副団長が進めてくれていたが、竜達も怪我があり薬の不足もあり、しばらくは復興と薬の調達に追われる事になりそうだ。
「…明日でもフラナには礼を。貴方が倒れてから夜はずっと近くで看病をしてました」
副団長が不在だったのもあり、休む事なく世話人としての仕事にも邁進してくれていた。
「勿論だ。今日はゆっくり休んでもらおう」
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