第13話 襲撃

 今日の竜舎には緊張感が走っていた。お昼までは比較的和やかに過ごしていたが、午後になってから街での見張り任務にあたっていた兵士の一人から、街に魔物が現れ、人を襲っているとの報を受け、状況は一変した。


「先発隊の報が帰ってこないな…」

魔物の中には飛翔するタイプのものも多く、女性が攫われているとも聞く。

飛んでいる魔物相手には竜騎士でないと戦うのは難しい事から竜騎士からも先発隊として出陣していったが、続報は何も届いていなかった。


「俺が竜と一緒に確認しに行きますか?」

魔物の数が報告よりも多く、苦戦しており報告に戻るだけの余力がないのかもしれない。

これ以上被害が拡大する前にと、マイルがイルに尋ねた時だった。


「え?」

ランが突然咆哮した。その声に竜舎にいた多くの者がランの方を向いた。

しかし、ランはフラナの後方に迫っていた魔物に威嚇をしたのだ。

「フラナ!?」

魔物はランの威嚇にも怯む事なく、竜舎に潜入して、フラナを咥えて飛んで行ってしまった。


「落ち着け!」

ランはそれを見て追いかけようと飛び立ち、鎖が引っ張られた。それをイルは外した。

「お前が行ってどうすんだ!」

イルはランに飛び乗りフラナを追いかけて行ってしまった。


アルクも走って黒竜の鎖を外して黒竜に乗った。

「緊急事態の合図を出せ、そして副団長を呼んでこい」

イルやマイル達は先発隊の進展次第ですぐに増援に行けるように竜舎で待機していたが、副団長は城内で今回の作戦の統括をしていた。


「って、アルクさんも行かない方が良いのでは?」

騎乗許可はおりたらしいが、まだ竜騎士としての任務にあたるにはリハビリ等を経てからという事のはずだが、マイルよりも先に追いかけて行ってしまった。



「イル!竜で攻撃すれば嬢ちゃんが危険だ。俺があいつを打つから強化と援護にまわれ」

魔物は竜よりも格段に小さく、単純な力の差だけで言えば竜が圧倒しているであろう。しかし、フラナを咥えている状態では竜での攻撃は困難だ。

そして、サイズが違うが故に竜よりも飛翔スピードが速い。


先発隊が苦戦していると思われるのは、女性が攫われている様子との報告があったから、無暗に攻撃出来ないのと、それを追いかけても速さで追いつけないからかもしれない。


「ラン、フラナを安全に助ける為だ。強化を頼む」

ランは攻撃する為のブレスの他に、強化を行える珍しい特徴を持っていた。

イルの剣に強化をかければ、イルの剣はまるで魔法で強化がされたかのように輝き、魔物のような硬い肉体にもその刃が届く。

「今、助ける」


ランの強化のブレスがアルクを包むと、アルクの弓は光に包まれていた。

イル達はアルクに近付く魔物達を倒しながら、アルクが弓を射る事に集中させた。

ランの光のブレスが回りの魔物を焼き払う中、アルクの弓がフラナを咥えた魔物を捕らえた。


「フラナ!」

アルクの弓が魔物に命中したのを確認すると、すぐにランとフラナの元に向かった。

「無事か?無事だな!?」

魔物は力つき、地面に急降下していったが、フラナはランとイルに助けられて無事だ。


「イル様、助けに来てくださったんですね」

礼を言いながら、二人で乗る時の定位置にランの上で移動し終えた時だった。

黒竜の激しい咆哮がイル達の耳を塞ぎ、そして黒いブレスが視界を一瞬奪った。


「嘘だろ、どうなってる…」

黒竜の黒色のブレスが晴れた時、其処はまるで魔物の巣窟にでも迷い込んだかのような数の魔物達がいた。

ランはすぐにイルの剣とアルクの弓にも再び強化を施した。


女性を中心に攫われて、そうなれば竜達が追いかけてくる事まで想定された罠だったとしたら先発隊の竜騎士達は既に魔物の群れに襲われてしまったのかもしれない。

「…アルク、まだ弓は引けそうか?」

ランと黒竜がブレスを吐いて戦ってくれている中でイルがアルクに今の状態を問いた。


「あの医師が過保護なだけで俺はとっくに戦える」

アルクはすぐにそう即答した。実際、怪我そのものは大体癒えていた。

だが、長い期間気を失っていた為に体力や筋力は相当落ちている。それが現実でもあった。

しかし、この魔物の群れをそのままにして逃げるわけにはいかない。


「どうしてこんな…」

フラナは魔物を近くで見た事さえあまりなかったが、ランが随分と怖い声で鳴いたと思ったら、もう次の瞬間には咥えられて宙に浮いていた。

ランとイルを助けに行った時より、さらなる恐怖と危機に襲われていたが、今は二人が来てくれたおかげで命の危機からは一旦逃げる事が出来た。


しかし状況は好転したとも言えなかった。竜が強いとは言っても、これ程大量の魔物相手に勝てるものなのか、フラナには図りきれなかった。

アルクはようやく騎乗の許可が出たばかりで訓練に参加する程に回復してるわけではなく心配が募る。


振り落とされないようにイルに必死に捕まりながら、腰につけていたバッグから万が一の時の為に人間嫌いの竜に人を運んでもらう為に開発された縄を出して握りしめた。


「マイルさん達は…」

かなりの時間此処で魔物の群れ達と戦っているような気がするが、戦闘中というのは時間の流れが遅いのだろうか。

副団長を呼びに行ったとしても、すぐに出撃出来るように竜と共に準備していたマイルであればすぐに来る事が出来そうなのに、マイルの姿が見えないままなのは、竜舎や街の襲撃が酷いのではないかと不安ばかりが頭をよぎった。


「!イル様!?」

早くこの戦闘が終わるように。早く応援が来るように。そう祈っていたフラナの目には、魔物の突撃にあって、血が吹き出ている瞬間がまるでスローモーションかのように映し出されていた。


「ランさん、止まってください!!」

そのまま落下してしまいそうだったイルを必死で抑えているが、意識を失ったらしいイルを女性のフラナが支えられるのはあと僅かだった。


「馬鹿野郎」

アルクも一際速い魔物がイルに向かう瞬間を見た。不意をつかれたわけではなかったので、避けれたはずだが、それではフラナが危険だと判断したのだろう。

「それを貸せ!カル、足止めしてくれ」


黒竜はブレスを吐く時にあまり振動を起こさない。それは、弓を使うアルクと、そして今ランに縛りつけている作業にも向いていた。

「ランさん、少し耐えてください。イル様の為です」

アルクが接近しているので、ランを宥めながらイルを持ち続けて、アルクが鮮やかに紐でランに縛る手腕に見惚れていた。


「…お前は一人でもランと飛べるんだったな?」

竜が相棒以外を乗せるだけでも驚愕なのに、フラナは以前イルの危機にランに一人で乗って助けに行った事があるのだという。


「多分、大丈夫だと思います」

しかし戦闘の指示の出し方はフラナには分からず、だいぶ減ってきたとはいえこの数では逃げるのも難しそうだった。


「イルとランを連れて引き返せ」

そんな状況の中でアルクの言葉はフラナには予想外の言葉だった。

「でも、今の状況で引き返せるとは思えません」

フラナがランに一人でも乗れるのであれば、ランと協力して戦う事は出来るだろうが、此処で戦闘が長引けばイルの命が危険に晒される。


「戻らなければ、イルが助からない」

ランに巻き付けながら軽く診たが、傷は浅くはなかった。少しでも早い治療が必要だ。

「お前が竜騎士じゃないにしても、誰の命が重要かは理解できるだろ?俺とカルで退避を援護するから、お前達は戻るんだ」


医療の知識はなくても、イルの出血具合と意識消失してる状態からして少しでも早い治療が必要な事は理解できる。ただ、こんな魔物達の中に二人を置いていく事が正しいのか即座に判断する事は難しかった。


「…誰かにイル様を預けてきます。それで、すぐに戻ってきます。だから、私達を逃がしてください。そして、私達が戻ってくるまで時間稼ぎをしていてくださいますか?」

何が正しい判断かは分からない。戦闘の事は全く分からない世話人のフラナにはこの決断は重すぎたのだ。


「約束は出来ないが、善処する」

けれど人には決断をしなければならない時がある。

先程も、フラナが攫われたからランが追いかけようとして、それでイルもやってきてくれたのだろう。

今もフラナに害が及ばないように避けれたのに避けなかったのかもしれない。

この場に二人を巻き込んだのが自分であるのならば、重い決断をしなくてはならないだろう。


「ランさん、イル様が大変です。全速で帰りましょう。退路はアルクさん達が援護してくださいます」

涙を零してしまいたいけれど、今大変なのは自分ではなく、戦っている竜騎士の皆なのだから、フラナが泣く事なんて許されない。泣いている暇があるのなら、ランに振り落とされないように手綱を強く引かなくてはならない。

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