第12話 復帰
今日から世話人としての仕事に復帰予定だったフラナは、朝に医務室で診察受けるよう指示されていた為に医務室へ行き、医師による診察も受けたが仕事復帰しても問題ないと診断を受けたので、ようやく竜舎へ行ける。
「ちゃんと、医師の診断は受けたな?」
医務室から出るとイルが待っていてくれたようだ。もっとも、医務室へ寄らずに仕事に来ないかチェックされていただけかもしれないが。
「はい、問題ないそうです」
二人はそのまま歩いて竜達の食事を取りに向かった。
「今回はご迷惑をおかけして、すみませんでした」
聞けば、竜舎で倒れていたフラナを発見したのがイルで、それで自室へ連れて帰って看病してくれたのだという。
「改めて訂正しておくが、俺は恋人はいない。くだらぬ噂には惑わされないように」
高熱で苦しんでいた中でも恋人の存在を気にしていたようなので、意識がはっきりしている今ちゃんと訂正しておきたかった。
「そして、…出来ればラン以外の竜には乗るな」
この言葉に関しては言う必要のない言葉だったのかもしれない。
「ランが拗ねるからな。あいつは、温厚な性格だが結構嫉妬深いし、すぐに拗ねるんだ」
今の言葉に嘘はないが、ランが拗ねるからというのが理由だけではないのも確かだ。
「はい!私もランさんに乗るの大好きです」
しかし、イルの気持ちにもランの気持ちもフラナには伝わってはいないような気がしてならない。
「…もしランさんの機嫌が直っていたら、また乗せてもらえますか?」
竜舎で倒れて以来ずっと苦しそうな顔ばかり見ていたから、いつものように話すフラナが新鮮で思わず見惚れてしまう。
「やっぱり、もう駄目ですか………」
すぐに返答がないのを否定とみなしたフラナは肩を落とした。
「あ、いや。いつでも行こう。ランも君を心配してた。君が姿を見せたら喜ぶよ」
その言葉を聞くとフラナは笑顔を浮かべた。その笑顔はイルに笑いかけたというよりも、ランにまた乗れる事が嬉しいのだろうが、イルの心を捕らえるには十分だった。
「…朝から俺、もう胸いっぱいです………」
途中から食堂へ向かう道を後ろから歩いていたマイルは二人の仲良さそうな姿に朝から胸やけを起こしていた。
「待望の世話人復活だ、喜べ」
副団長は、とぼとぼと歩くマイルを追い越して二人に合流した。
マイルの胸はいっぱいだったが、皆で竜達の食事を受け取り、竜舎へ行くと、食事の香りと、フラナの姿に竜達が一気にご機嫌になるのを、それぞれの相棒である騎士達は感じとってた。
「何だ、妙にはしゃいでるな」
アルクは黒竜の分の食事を受け取り、いつもより機嫌の良い黒竜に食事を渡した。
「皆さん、数日間お休み頂いて申し訳ありませんでした。今日から頑張ります」
フラナがいて、竜と竜騎士達がいて、いつもの光景がようやく戻ってきた。
「いきなり無理はするな。少しずつで良いんだ」
食事を運ぼうとするので、イルがランの分は持ち、ランに与える。
「お前もあまり拗ねるなよ」
これでランもようやく安心出来るだろう。
原因が自分にある事を自覚していたであろうランは普段よくいる場所ではなく、フラナが数日間療養していたイルの自室の方をずっと眺めていた。
「おはようございます、ランさん」
倒れる前に感じた拒否するような素振りは見えなくてフラナも安堵した。
「今日は竜達も寂しがってただろうから、スキンシップをメインにして掃除とか重労働はするなよ。アルク、お前も此処にいるならちゃんと見張っておいてくれ」
あれこれ小言を言いながら、イルは今日も食堂には寄らず、副団長が食堂で二人分の食事を取り持って行った。
「…過保護野郎」
初めての女性の世話人だからか、随分と甘い上司だ。とアルクは半ば呆れて眺めていた。
「おい、面倒だからお前今日はランと日光浴でもしとけよ」
どうせ、この後久々の仕事に張り切って倒れられでもしたら、イルが苛立って何で見張ってなかったんだって因縁つけられるのが目に見えてる。
「まずは皆さんの体調チェックからおこないます!お昼休憩にはランさんとお昼寝したいです」
どうせ俺の言う事を聞く奴じゃないって事、付き合いが自分よりも長いのだから、いい加減に気付けよとアルクは内心思った。
「やはり、今日は来たな」
少し遅めに竜舎を訪れたつもりだったが、まだ早い時間だっただろうか。
いつもこの時間であれば、竜舎には竜しかいなくなるのにイルが待っていた。
「あ…あの私…久々なので………」
結局今日はお昼寝をする時間がとれなかったので、夜はランの機嫌さえ良かったら一緒に寝ようと自室から出てきたのだった。
「本当は病み上がりで良くないんだろうが、今日だけは特別だ」
イルは苦笑いを浮かべながらも、何かを手渡してきた。
「俺達が野営する時に使う寝具だ。最近は日に日に寒くなってるからそれを使ってくれ」
さらに、イルはランタンに似た道具も手渡してきた。
「こちらは?」
ランタンには似ているが、少し異なっている形をしていて、大きさもランタンにしてはだいぶ大きいように感じる。
「炎竜に少しだけ火を貰ってくれ」
そう言われて、まだ起きていた炎竜に火を弱く吐いてもらうと、ランタンのような道具には火が灯った。それにイルはカバーを被せた。
「これも野営で使っている防寒用の道具だ。普通の火でも使えるが、炎竜の炎ならさらに暖かい」
イルが説明したとおり、カバーをしても炎の暖かさは周囲を優しく包んでいた。
炎竜が松明の灯りを灯すブレスを吐けるのなら、と相棒の騎士が試してみたところ、この道具に丁度良い位のブレスを吐いてくれて、それが普通の火よりも暖かい事が判明したばかりだった。
「こんなに用意して頂いてすみません」
自分が大人しく自室のベッドで寝ていれば不要だったであろう野営用の道具まで借りて申し訳ない気持ちになってきた。
「また風邪を引かれては困るからな。それに明日からしばらくは竜舎での寝泊まりは禁止だ」
イルに明るくそう言い切られてしまった。
「ほら、ランの側でこの寝具と、この暖房があればだいぶ暖かいだろう」
イルはフラナに寝具をかけて、暖房具をフラナの側に置いた。
「何から何まで有難うございます。…私いつもイル様に助けてもらったり、頂いてばかりですね」
久々の竜舎とランの温もりと、イルが用意してくれた寝具に包まれ、暖房具にも揺られてとても安心した。
「それなら俺もフラナ嬢には命を救われてる。だから、そのお返しだ」
竜の側にいれば、フラナはいつも笑顔だ。
「私で何か出来る事があれば何でもおっしゃってくださいね。そうだ、良かったら少し温まっていきませんか?」
フラナは突然何を言い出してるのだろうか。
「最近ずっとお忙しそうですから、少しゆっくりと休んで頂きたいな、と思っていたんです」
自分がかけた寝具を持ち上げているところを見ると、多少は大き目には出来てるとはいえ、一人用の寝具を二人で使えという事…だろうか。そうなれば、かなり密着するのはフラナは気にはならないのだろうか。
「…まだお仕事残ってますよね」
イルが葛藤している間にフラナは俯き、それまで寝る体勢に入っていたランが首を起こし、何やら文句ありげな顔でイルを見ている。というより睨んでいた。
「いや、休息も必要だ。少しだけお邪魔しよう」
野営をする時はランと一緒に寝ているので普段とたいした差はないのだが、其処にフラナがいるのであれば、天と地程の差があろう。
「ぜひ!ランさんとても暖かいですよね」
ランに騎乗している時は体は相当密着するのだから、そう考えればこの位はたいした事がないだろう。
「ランもいるし、暖かいな」
二人でランに身を預けて、寝具にくるまれ、暖房具が近くにあると、此処が外である事を忘れそうになる程に暖かい。
「フラナ嬢?」
少し離れていたフラナの体がイルに触れてきて、思わず声が出たが、どうやらフラナは寝てしまったようだ。
「…動けないな」
今日から仕事に復帰して疲れていたんだろう。それにしても、フラナの香りはどうしていつもこんなに落ち着くのだろう。初めて会った時から感じていた。今日会ったような気がしないような、ずっと前から知っていたかのような、そんな不思議な香りだ。
「嘘でしょ…」
翌朝、イルもフラナも来ないのを不審がりながらも竜達に食事を運んできたマイルの目に飛び込んできたのは、二人仲良くランにもたれて一つの寝具にくるまれている姿だった。
「え?竜舎で若い男女が夜を明かしたって事ですか?そ、そんなふしだらが許されて良いんですか???副団長っっっ!!」
もう帰ろうかな、と思う程のショックを受けながらマイルは一緒に食事を運んできた副団長に疑問を投げかける。
「少し落ち着け。イル!」
昨日は寝る前に団長室に寄っても不在だったので、昨日は早めに寝たのかと思い、私室やまして竜舎までは確認しなかった。
「団長!!もう朝ですよ!フラナも!」
副団長が遠くから名前を呼んでも起きないので、副団長は近くに行き、二人の名前を呼んだ。
「え?」
先に起きたのはイルの方だった。
「朝???」
今が朝かどうかはとにかくとして、フラナに誘われて寝具に入った所までは覚えてるが、まさかそのまま朝まで爆睡していたらしい。
「ら…ランの食事はフラナ嬢に頼んでくれ」
イルは混乱しながら副団長に伝言を頼み、走って竜舎から出て行った。
「おや、朝帰りですか、団長」
いつも名前で呼んでくるくせに今日にかぎって団長とか呼ぶアルクは嫌らしい笑顔を浮かべた。
「疲れが出て寝てしまっただけだ!」
誤解だけ解いて、また走って自室へ向かった。
「いくら疲れてたとはいえ、あのまま朝まで寝るなんて…」
最近野営はしてなかったから、久々にランの温もりを背中に感じて、フラナが預けてきた重みが安堵感を出し、寝具などの暖かさですっかり熟睡してしまったらしい。
頭を冷やす為に入浴を済ませ、団長室へ戻った。
「少しの休憩のはずが寝てしまっただけで、だんじて何もない!!」
副団長が団長室に入ってきた瞬間にイルは大声で弁明した。
「…いえ、別にあまりその事に関してとやかく言うつもりはありませんが…。団長として最低限の風紀は守って頂きたいなとは思います」
当然の小言だ。未婚の若い男女で竜舎とはいえ一晩を過ごすなんてどう誤解されても仕方がない。
「きちんと手順を踏めば問題ないかと。それに竜舎は竜達の住処ですので!」
副団長とて、イルがフラナに好意を抱いているのは気付いているし、フラナが構わないというのであれば、一度は諦めた結婚が現実味を帯びるのでめでたい事ではある。
だが、竜舎は逢引きをする場所ではない。
「分かってる。本当に少しのつもりが気付いたら朝だった………」
そもそも、少しのつもりであんなに密着してるのもいかがなものかと思うものの、イルが真面目な人柄だというのは知っていたので、これ以上は追及しないでおいた。
「ランさん、昨日はイルさんも一緒にいてくれたから、ご機嫌ですね」
イルが苦悩する中、フラナは久々に竜舎で寝られて大満足だった。
「私も居心地が良くて寝坊してしまいました…。それは反省です」
でも、しばらくは竜舎での寝泊まりは禁止されているので遅刻する事はないだろう。
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