第6話 希望の咆哮
イルと部下達は窮地に陥っていた。
イルは竜騎士としての習慣からか、早馬の兵を逃がしてからは上へ上へと逃げる道を選んだ。当然、そんなイルを守ろうと部下達もついてきた。
「…ランがいれば」
気付けば、開けた場所まで出てこれたものの、竜がいない今、高さのある場所への移動は逃げる事も出来ずに自分達を追い詰めるだけでしかなかった。
「俺の事は良いから自分の命を救う事を考えろ!」
外交の為に訪れた国で、敬意を示す為にと竜も連れずに軽装で数人で訪れたイル達に対して城にいる兵士達を総動員したかのような人数に囲まれ、何とか一人逃げさせたものの、このままではイルを含めて皆の命がいつ消えてもおかしくなかった。
イルを庇っている兵士達は、イルを守ろうと必死の想いで何とか立っているような状態だった。
「…イル団長、どうかこちらをお使いください」
唯一盾を持ち、前線で守ってくれていた兵士がその盾をイルへと差し出した。
「盾の使い方など俺は知らない。だからそれはお前の命を守る為に使え」
イルとて竜騎士としての戦い方しか知らないわけではなく、騎士としての特訓も小さな頃から積み重ねてきた。
しかし、この盾を手放すという事は、これ以上自分では守り続ける事が出来ないと判断したからだろう。それを受け取る事は出来ない。
「お前達だけでも逃げろ」
早馬の妨害をそれ程にせずに逃がせたところから見て、狙いは竜騎士団長のイルの命だと思われた。
「あと、少し位は時間を稼げます。その間に貴方だけでもお逃げください」
盾を受け取らないイルに兵士は、その盾を再度イルに押し付けた。
「すまない、習性で上へと来てしまったが、この高さではランがいない今、逆効果だった」
誰も逃げられない道にイル自ら招いてしまったようなものだ。
「なら、私を緩衝材にしてください」
近くにいるもう一人の兵士に盾を預け、兵士はイルの腕を掴んだ。
他に道がないのであれば、此処から二人で飛び降りて兵士が下になる事で衝撃を和らげてイルが生還する以外に道はないと判断したのだ。
「待て!」
しかし、遠くで聞き覚えのある咆哮が聞こえた。
「皆、あと少し耐えろ!これは命令だ!!」
盾を預け、自らを盾にしようとした兵士から距離をとり、もう一度剣を握った。
まだイルも、部下達も生きている。ランならすぐに此処まで辿り着くはずだ。
あの大きな体で羽を羽ばたかせて。
城の上空でさらに咆哮が聞こえた。
身近に迫った竜に相手国の兵士達の勢いが止まった。
上空にいるのは、国にいるはずのイルの竜であろうという事は金色の竜であった事から誰にも理解が出来た。
相棒のピンチに竜が正常さを失うであろうことも。
「イル様!」
副団長がランの鎖を外して一人で来たのかと思ったが、フラナがランの上に一人で乗っていた。
「皆、ランの足に捕まれ!」
ランが黄金のブレスを吐き、相手国の兵士達がひるんでいる隙にイルはランに乗り、兵士達にも指示を出す。
「ラン、あの二人の顔は分かるな?非常事態だ。少しだけ許してくれ」
かなり興奮しているランに声を掛け、二人がランの足に手を掛けた事を確認して、ランを飛翔させた。
「フラナ、此処は戦場だ。何があってもこの手を離すな」
いつも優しく見守ってくれるイルはいなかった。この窮地を全員で逃げ出せるようにイルも全力なのだ。
「はい!」
フラナはそう返事をして、手綱はイルに任せてイルの背中に手を回して力を込めた。
ランの事は大好きだけれど、此処に来るまでは速さや風圧が怖かった。
それでも、イル達の元にランと共に行くんだという想いでランにその身を任せた。
こんな戦況だけれど、少し前の時よりフラナは怖くなかった。
「外交の為に城に入った途端に、この様な狼藉許されると思ってるのか?しかし今は、怪我人の手当てを急ぎたい。一旦休戦とするなら、このまま帰ろう」
部下達は今すぐにでも倒れそうなところを、ランが来て戦況が好転した事で何とか気力を持ち直してランにしがみついているが、今の怪我ではそれも長くは続かないだろう。
だが、二人を下ろせば真っ先に狙われるのは目に見えている。
「この俺の相棒が来ても尚、戦いを挑むというのならばこの竜の気が済むまで暴れてから帰るとするが、どうする?」
全てが片付くまで部下も含めた全員が無事でいられるのは難しいかもしれないが、此処で竜が暴れたら相手の兵士や城に大打撃を与えられる事も間違いない。
結局、一旦休戦とし、攻撃をしかけてきたのなら城も含めて何も残らない程に攻撃すると強く訴え、無事に全員が国に帰れても、今日の件にはしかるべく対処をすると再度伝えて、イル達はこの国からようやく帰り道を辿れる事となった。
「こちらを副団長より預かりました」
話がついたところで、フラナがイルに渡した物は相棒以外に人に触れられる事を良しとしない竜と、傷ついた竜騎士の為に作られた竜に巻く事で少し距離をとりながら運搬が出来る。という代物だ。
最も、ランのように比較的穏やかな性格の竜にしか意味はないが、これで二人が落下しないかをハラハラしながら見守る必要はなくなる。
「ラン、今からこれを巻いて、あの二人を運ぶ。あと少しだけ頼んだぞ」
フラナはランの上から布を垂らして、イルがそれを巻き付ける、少しだけ上に飛んでもらい、袋状になった部分に二人を乗せた。
「よく頑張ってくれた。後は俺達が責任もってお前達を連れて帰ろう」
二人共、まだ意識も手放さずにいたが、ようやく安心したのか、目を閉じた。
息をしているのを確認してからランの上に乗った。
「ラン、俺達の国に帰るぞ。ゆっくりな」
何度かランには負傷兵を運んでもらった事があるから今日も大丈夫だとは思うが、今は早く帰り、手当てをしてやりたかった。
「皆さんよくぞ無事で…」
副団長は、自分の役職も何もかも投げ出して助けに行きたい気持ちを抑えこんでいた。ただ皆の無事を願うだけの時間は地獄のように長かった。
しかし、イルもランも兵士達もフラナも無事で帰ってきた。
「団長も手当を…」
兵士達はすぐに医務室に連れて行ってもらったが、イルにも手当てが必要だった。
「俺は良い。それよりやる事が沢山ある」
今回の件、全員の命が助かったからといってこのまま何の沙汰無しとはならない。
「フラナ、悪いがランの事を頼んだ」
イルはフラナにランの事を頼むと、副団長と団長室へ行ってしまった。
「大変な一日でしたね」
ランに怪我がないか確認するが、見える範囲ではかすり傷一つおってなさそうだ。
「皆さんはいつもあんな場所で戦ってるんですね」
ランの咆哮も、血が沢山見える戦場も、直接見るのは初めてだった。
「皆さん無事で良かった」
黒竜が冬眠したばかりだったから、余計にイルに何かあったらランはどうなるだろうと心配していた。兵士達が重症ではあるが命だけでも助かって良かった。
「あ、大丈夫ですよ」
ランは手綱を引き、ぼろぼろになったフラナの手に気付き優しく舐めようとして気遣った。フラナはそっと手を袖で隠した。
「突然の事で手袋とか忘れていました」
竜騎士達は籠手などを装着して手綱を引いているが、フラナは初めて手綱を引いたのに素手で引き続けてしまったので手は傷だらけだ。
それでも兵士達の傷を見たらこんな傷は傷にも入らない。
「ランさん、今日は有難うございました」
この国に帰ってこれてとにかく安心した。それが偽りない本音だ。
だが、戦場や怪我人や、ランから落ちてもう駄目かと思った瞬間の事など考えると心臓の鼓動がいつもより早く感じる。
「…今日も一緒に寝させてくださいね」
いつもはランに乗る特訓をして、そのまま寝落ちしていたが、今日はいつもよりランに寄り添って眠りたかった。
明日になれば、他の竜騎士達も帰ってくる。そうすれば日常が戻ってくるはずだ。
「おやすみなさい」
いつもと違うランとイルの姿。竜騎士としての姿はいつもフラナに接してくれてる時とは別人のようだった。でも、今はランもこうしていつものランだ。
何も怖くはない。此処に皆で帰ってこれたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます