第5話 緊急事態
「今日は皆さん不在で寂しいです」
フラナは何も反応してくれなくなった黒竜に異変がないか確認しながら、声を掛けた。
いつも大きな竜達が沢山いるこの竜舎も今日は随分と広さを感じる。
「ランさんがいてくれて良かったです」
冬眠中の黒竜はともかく、今日はランと副団長の竜以外は皆、任務等に出かけていた。
こんなに竜が少ない事はフラナにとっては初めての経験で寂しさを感じてしまう。
「今日はもう少し落ち着いたら、少し散歩しましょうね」
良かった事と言えば、イルは王子として外交上の仕事の為に、ランを置いて行ったので、こうしてランがいる事だ。
いつも大変な食事の運搬もランと副団長の竜の分のみだから、副団長が運び、フラナはランに、副団長は自身の相棒に食事を渡すだけですんで、今日はいつもより時間があった。
竜達も少ないこんな日は、普段は手が回らない大掃除をするのが良い。などと、お昼を済ませて休憩をとりながら、フラナは午後からどうするかをぼんやりと考えていた。
「大変です!」
息を切らしながら一人の兵士が竜舎へやって来た。竜騎士ではない兵士だが、イルと共に出かけて行くのを朝に見送ったばかりだった。
「どうした?」
副団長がすぐに駆け寄り事情を聞いた。
「団長が…団長が攻撃されてます!」
聞けば、外交の為だからとランも連れて行かずに少人数で隣国を訪れたイル一行に対して、手厚く受け入れられたかと思えば、城内に入った途端に完全武装した兵士達に囲まれてしまい、友好の印を見せる為に軽装で向かった数名での守りは厳しく、この兵士は馬を操る事に長けた兵士であった為に、急ぎ国へ戻りこの件を報告しろとの命を受けて、命からがら何とか愛馬に乗り自国まで戻ってきたのだ。
「此処までよく辿り着いてくれた。すぐに向かうから安心してくれ」
副団長は傷を負いながらも無事に戻ってきた兵士に礼を告げ、衛生班に手当てをするように伝えた。
「副団長、急いで行かれないのですか?」
竜の世話人である自分が口を出す事ではないとは分かった上で、それでも言わずにはいられなかったのは、副団長が先ほどの兵士にはすぐに向かうと告げた割に動きが見られなかったからだ。
「…先程の話では、多数の兵士に囲まれているようです。他の竜騎士が出かけている今、どうするのが最善なのか考えているところです」
この国で一番早い馬とも称えられている先程の兵士を連れ帰った馬も傷を負い、もう走らせる事は出来ない。
その他にも馬はいるが、他国と違い竜騎士を主な戦力としているこの国では、逆に竜騎士以外の兵士や馬の数はそれ程多くはなかった。
「副団長の竜ならば、すぐに行けるのでは…」
何故、副団長と竜が元気なのに二人で団長を助けに行かないのか、それが一番の疑問だった。
「………この国では、竜騎士と竜は必ず一人ずつはこの城に留まる事とされています」
竜によって国力を得て今の地位を築きあげてきたこの国は、竜が国から一匹もいなくなる事を好まない。竜によって守られていると信じてきたし、実際にそうであったからだ。
「…それは、王子の命が賭かっていたとしてもですか!?」
国々よってルールがあるのは理解出来るが、そのルールとは第一王子の命が消えそうになっても守らないとならない程に厳格なものなのだろうか。
「何よりも大切にされてきた教えです。黒竜達もその教えにより竜騎士と共に残り、その責務をその身を犠牲にしてまで成し遂げた」
竜騎士団の力は強力だが、逆に言えば竜騎士団達がいなければ、それ程戦力はないとも言える。だからこそ、他国は竜騎士達の動向を常に気にしている。
それを分かっているからこそ、どんな状況であっても、竜とその相棒である騎士は一組は城に残す。それが絶対的ルールなのだ。
「団長を助けられても、この国が占拠されれば全て終わりです」
既に隣国同志で同盟が組まれていて、最後の竜が助けに向かうのを近隣国が見張っているかもしれない。
副団長が竜に乗り助けに向かった瞬間に攻めこまれるかもしれない。
「…ならば、私をランさんと共に行かせてください」
副団長なんて立場にいなければ、きっと副団長だって報せがきたらすぐに竜に跨っていたかもしれない。
でも副団長として、彼はこの国を守る使命を帯びて此処にいるのだ。
「ランと行く?」
副団長がその使命を背負って此処に留まり、他の竜騎士達の援助も得られないのであれば、道は一つしかない。
「ランさんをイル様の元へ連れて行ければ戦況は変わるのではないでしょうか?」
フラナは戦況を変える事は出来ない。しかし、ランに乗ってイルの元へ行く事は出来るかもしれない。
「それは危険すぎます」
ランには一度一人で乗せてもらえた。黒竜が冬眠についてしまった日に急いでるから乗せて欲しいと頼んだら、イルはいなくても乗せてくれた。
「竜は相棒の危機に敏感でいつもより興奮しています。いつもよりスピードを出されては、貴方の力では竜の上に乗り続けられないと思います」
以前ランに乗っているのは見た事があるが、それはあくまで竜舎からイルの部屋の窓までの僅かな距離だった。
それと速度を出した状態の竜の上に乗り続けるのでは難易度が違い過ぎると副団長は判断した。
「私、毎日ランさんに乗れるように特訓してきました。お願いです。行かせてください」
フラナは冬眠してしまった黒竜を見た。何かを察して目を閉ざしてしまった黒い竜。
「ランさんに黒竜さんのようになって欲しくありません。それにこの国にとって、金色の竜と金色の髪の王子は宝なのでは?」
遠いフラナがいた国にまで渡ってきたおとぎ話みたいな本当の話。
「私はどうなってもかまいません。だから、行かせてください」
フラナは副団長に深くお辞儀をした。
フラナが竜に振り落とされてしまえば、今までの関係性から見ても、どうなるか検討がつかない。
興奮したままイルの元へ行き、間に合わなければそれこそ、どんな惨状になるのか考えたくもなかった。
「今までお世話になりました」
答えを述べてくれない副団長にフラナはもう一度頭を下げると、ランの元へ走った。
「フラナ…!」
特訓の成果か、少しだけ苦戦しながらも一人でランの上にフラナは乗った。
「…ラン、どうかあの人を助けてくれ」
ランを繋ぐ特殊な鎖を外しながら副団長はランに声を掛けた。
「有難うございます」
フラナは鎖を外してくれた副団長に声を掛けると飛び立っていった。
「ご武運を…」
ランだけならきっとイルの元へ辿り着けるだろう。
問題はランの速さにフラナがついていけるか、だ。
「もしもの時は頼んだぞ」
もしもの場合を想定し、自身の竜の鎖も外して備えながら二人を見送った。
「ランさん、今だけどうかお願いしますね」
副団長が心配していた通り、ランが飛んだ途端に感じた事のない圧がかかってきて、すぐに落ちてしまいそうになっていた。
以前ランに乗った事はあったが、その時はイルが前にいて手綱をとりながら風圧からも守られていたし、緊急時でもなかったので、ゆっくり飛んでいたので、多少力を入れていれば振り落とされそうになる事もなかった。
しかし今は相棒の命の危機にランも冷静な状態ではない。ゆっくり飛んで欲しいと言えばスピードを落としてくれるかもしれないが、今の状況ではフラナの言う事を聞く余裕はないかもしれない。
なにより時間をかけても、イル達が生きている間に辿り着けなければ意味がないのだ。
「!!」
毎日のようにランと自由に飛び回れる日を夢見て特訓してきたが、その中身は一人で乗れるように、そして長い時間乗り続けていられるように、を中心にしており、手綱を引く練習はしていなかった。
日頃から鍛えられている騎士と違い、竜の食事の時くらいしか重い物を持たないフラナでは想像以上の風圧に手綱を握り続ける事が出来なかった。
「イル様、ごめんなさい」
自分はイルの元へは辿り着けそうにないのを竜の背から落下しながら、フラナは最後にそう心の中でイルに詫びた。
「?ランさん!?」
しかし、地面に叩きつけられて人生を終えるかと思ったフラナだったが、落ちたフラナをその背でランが助けてくれたようだ。
「急いでるのにごめんなさい」
フラナは一瞬だけ迷ったが、すぐに手綱を掴み、首元にしがみ付いた。
「あとはランさんにお任せします」
イルのように優雅に手綱を引きながら風圧に耐える事は自分には出来ないと判断して、進行方向は全てランに任せ、首に密着する事で風圧を少しでも緩和出来ないかと考えたのだ。
「もう少しだけ耐えていてください…」
ランはフラナがしっかりと自分に捕まったのを確認してから、先程よりもさらにスピードを上げた。
全ては相棒であるイルの元へ向かう為に、金色の竜は今日は黒色の乙女を乗せて、その翼を羽ばたかせた。
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