第4話 冬眠
「フラナ嬢はどうだ?」
団長室で書類仕事を片付けながら、副団長に最近のフラナの事を尋ねる。
ランはフラナに任せて良いという安心感からか、最近は少し竜騎士としての仕事は休みがちだった。
「食事に、竜舎の掃除、鱗等のケアや、その他全てやって頂いてます。彼女だと、どの竜も友好的なので竜騎士団発足以来と思われる平穏さで毎日過ごせています」
気性の荒い竜や、相棒不在時のトラブルで竜舎は幾度となく破壊という道を辿っている。
それが最近は多少の破損さえ報告が回ってこない。
「特に黒竜の件は、彼女が来てくれて一番助かっています」
ただえさえ人間嫌いの黒竜に相棒の長期不在と重なり、何かとトラブルも多かったが、最近は全くトラブルが起きていない。
「彼女も特に気にかけてくれてるみたいです。夜にランと寝てるのはどうかと思いますが…」
フラナが此処に来て、一人部屋もあるがほとんど部屋には帰っていない様子で、着替えや入浴といった用事をすませるとすぐに竜舎に戻っているようだ。
寝具の類も使用した形跡がないと報告があがっている。
「ベッドもあるからベッドで寝るようには言ったんだがな…」
夕食がすめば、竜の世話人としての仕事は終わりなので、あとは自由に過ごして良いと何度も言っているが、フラナは竜舎へとすぐに向かうようだ。
「ランもこれだけ会ってないと文句を言ってきそうだが、何も言ってこない。少しだけ複雑だ」
竜は個体差があるものの、相棒への執着は低くない。
仕事ばかりに時間を割いていると、暴れたり、泣いたり、イルは団長室と竜舎の距離が近いのもあり、ランにブレスでも吐かれたかと思う位の叫び声を浴びせられ、急いで竜舎に向かった事もある。
「?ラン…?」
そんな話をしていたからかランの声が聞こえた気がする。
「フ、フラナ嬢!?」
窓に視線を移すとそこにはフラナがいた。どうやらランの上に乗っているらしい。
「どうしたんだ?」
慌てて窓を開けてフラナを受け止める。
「お仕事中に申し訳ありません。黒竜さんの様子がおかしいのです」
そう言われて、抱きかかえたフラナを床に静かに置いて、イルは窓からそのままランに飛び乗った。
「行儀が悪いと何度も注意しているのに…」
副団長はため息をつきながら、フラナと城内を徒歩で移動して竜舎へと向かった。
「俺がこんなに近くに寄っても何も反応しない」
フラナと副団長が竜舎へ着くと、イルが黒竜の近くにいるが黒竜はまるで寝てるかのように体を丸めたままでイルを攻撃もしなければ威嚇さえしない。
「朝は食事をしていたのですが、今見たらこんな状態で寝ているとも様子が違うような気がして…」
それで慌ててランにお願いして、最短ルートでイルに知らせたというわけだった。
「…これは、冬眠ですね」
副団長も黒竜に近付くが、黒竜は反応を示さない。さらには触れても反応を示さない。
いくら深い眠りについている時でも相棒とフラナ以外にはありえない事だ。
「冬眠…ですか?」
熊などの一部の動物が季節により冬眠する習性があるのは知っていたが、竜も冬眠するのだとフラナは知らなかった。
「相棒が亡くなったり、長期不在になると、こういう状態になる事がたまにあるんです」
それ程数が多いわけではないが、この国では竜とその相棒は竜騎士として戦うのが仕事なので、戦死するものもいる。
そんな時、戦死した相棒の隣でまるで眠りについたように動かなくなる竜がいた。と、記録に残されている。
「相棒の騎士さんが戻られたら、目を覚ますんですか?」
冬眠の報告数が少数のため、今の段階でどうなると仮定をするのは難しかった。
「…相棒が近くにいないのに、人前で冬眠する例は初めてです。きっと貴方がいるからですね」
遠い昔、とある氷竜の相棒が怪我により長期離脱を余儀なくされ、竜が姿を消した事があった。
騎士は怪我が治ってすぐに竜を探しに行ったが、氷竜は氷山に一体化するように眠りについており、騎士は春まで休暇の度に尋ねた。
氷竜とはいえ、もう亡くなってしまったのかと思われたが、春の雪解けと共にようやく直接体に触れられるようになった竜に触れたら、氷竜は目を覚ましたとの記録が残っている。
それが、この国の文献に残されている初めての冬眠の記録だ。それから、この様な事例は冬眠と呼ばれる事になった。
「まだ、相棒の騎士さんの怪我は治らないのですか?」
フラナの問いに二人は押し黙った。竜の世話人が新しく入り、黒竜も落ち着いている。と手紙で連絡はしてあるが冬眠した事は秘密にしておくのが良いだろう。
「彼は、この城に竜騎士として黒竜と共に残り、他の竜騎士達は出かけている時だった。その時に彼は唯一残った竜騎士として戦い、沢山の国民達の命を守った」
城からの報せを受けて、戻れる者が戻った時、黒竜も傷を負い、相棒の騎士は瀕死の状態だった。医師からは、この先どうなるか分からないと言われている。
「冬眠の件は伏せた上で、安否を確認してくれ」
イルがそう副団長に命令したのは、黒竜と相棒のように離れて治療をしていた場合で、相棒が還らぬ人となった場合に、竜へ直接報告する前に冬眠化していたり、姿を消す事があった。
「…フラナ嬢が来て、黒竜も少しは穏やかな日々を過ごしていると思ったのだがな」
会いに行く時間が減っても以前と違って文句を言ってこないランのように、フラナが癒しになっているとは思っていたが、相棒が元気ですぐ側にいてさらにフラナがいるのと、相棒不在の状態では全く状況が違っていた。
「それ程、竜と相棒の絆は深いんですね」
フラナは黒竜に身を預けた。朝までは反応を返してくれたのに、今は何も返してはくれない。
普段寝ている時とも違い、微かな息遣いは感じても今にも止まってしまいそうな微かな呼吸だ。
「フラナ嬢、残念だが相棒はまだしばらく此処には帰ってこれない。だから黒竜をどうするかはこれから決める」
竜騎士ならば目が覚めたならば、まずは竜の心配をするものだ。
歩ける位に回復すればすぐに会いに行く。それさえ出来ない状態が続ているのだ。
「今はランと散歩にでも行かないか?」
黒竜が冬眠して、このまま竜舎に置いておくか、何処かへ移動するか。その際の手段をどうするか考える事は沢山あるが、黒竜が目を覚ます事も相棒の状態が好転するのにも時間が必要だ。
「はい、ぜひお願いします」
ランに乗る為にと差し出された手をとったのは、これでもう何度目か。
悲しい事も、この金色の背に乗ると、少しだけ癒される。
それを知っているから、一人で乗っても良いのにこうして自分を誘ってくれているのであろう、この騎士団長にどれだけ救われた事だろう。
副団長が出した遣いからは、怪我の状態に大きな変化はないとの事だった。
相棒の意識が回復するのには時間がかかると黒竜は判断して冬眠を選んだのかもしれない。
竜騎士として数多の竜を抱えてきたこの国でさえ、まだまだ竜には解明されていない不思議が沢山ある。
フラナから、状態を日々確認する為にも竜舎にこのまま黒竜を置いて欲しいと要望もあり、冬眠に入った竜は人が近付いても問題ないが、あの重量を動かすのは騎士達でも困難な為、このまま黒竜は竜舎に置いて、フラナを筆頭に日々状態を確認してもらう事となった。
「お二人がまた出会える日が来る事を祈ってます。それまで、私が全力でお世話します」
竜舎には冬眠した竜に相棒がいつ会いに来ても良いように、綺麗に整えられた黒竜が相棒の騎士とよく羽を休めていたお気に入りの場所で眠っていた。
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