第3話 世話人の仕事

 「すみません、お仕事というのはどのような事をすればよろしいのでしょうか?」

一通り竜達に挨拶をすませてきたフラナは世話人の仕事内容についてイルに尋ねた。

「竜の食事の運搬や片付け、あとは体を洗ったり、この竜舎の掃除などが主になるが、今日は疲れただろうから明日から少しずつ覚えていってくれれば良い」

イルには団長としての仕事に王子としての仕事もある。

案内は副団長に任せてイルは自身の仕事に戻っていった。


「こちらが竜の世話人用の部屋です。現在は他に世話人がいないのでお一人で過ごせます」

竜に関わる事はこの国の中ではステータスが高いので、竜の世話人もこの城で働く者達の中では高待遇の為、部屋もそれなりの広さがあった。


しかし、フラナはあまり内装には目もくれずに荷物を置くと、明日の仕事開始時間と、他に今日やるべき事がないのかを確認された。

夕食の時間までは何もないとの事を告げると、フラナは再び竜に会いに行くと言って出て行ってしまった。


「ランさん今日は背中に乗せてくれて有難うございました」

再び竜舎に行くと、フラナはランに言葉を掛けた。金色の美しい竜。昨日までは、おどぎ話の中の生き物のようだった竜が今こうして目の前にいるのだ。

「私は皆さんに会いたくて此処にきました。明日からもよろしくお願いしますね」




「団長、フラナの事でお伝えしたい事が」

仕事に追われて夕食が終わらない団長に夕食を届けに来て、さらに気がかりな事を副団長は伝えに来た。

「どうした?風呂付の部屋は使用人達の中では珍しいが、やはり不満が?」

副団長に促されて、一旦休憩をとることにし、話ながら夕食を口に入れた。

「いえ、部屋に案内して、明日の仕事開始時間と、今日一日の事を聞かれたので夕食の時間をお伝えして、それ以外は自由にして良いと言ったらそのまま竜に会いに行くと言っておられました」


イルは副団長の報告を受けて竜舎の方を見た。団長室の窓から竜舎は見える位置にあるのですぐに竜舎を確認出来た。

「灯りが点いてる」

夜に竜達が戻るような事がなければ、特に灯りはつけていないが今は灯りが灯されていた。


「夕食の時刻を過ぎても団長もフラナも来なかったので、こちらにいるのかと思ったのですが」

竜の帰還があれば竜騎士団長であるイルに報告がないはずがないので、竜の帰還ではなく灯りが点いている。

そして、自分以外にもう一人夕食の場に姿を見せなかった者がいる。


「…フラナの分の夕食は残ってるか?」

となれば、あの灯りはフラナが点けたものかもしれない。

副団長がフラナの分の夕食を取りに行っている間に急いで夕食をすませると、副団長が持ってきた食事を受け取り、イルは竜舎へ向かった。


「フラナ嬢!」

フラナはランがよく好んでいる場所に座っているランにくるまれて、眠っているのか目を閉じていた。

「イル団長どうされたのですか?」

眠っていたわけではなかったのか、フラナはすぐに返事を返した。


「食事の時間は副団長から聞いていただろう」

イルはフラナへ夕食を差し出した。

「すみません、竜の皆さんがとても暖かくて一緒にいるうちに時間を忘れてました」

お辞儀をしながらフラナは夕食を受け取り礼を述べると、またランの元へ戻った。

「随分、懐いているのだな」

野宿をする時など竜騎士達にとって竜は良い寝床であり、暖房でもあった。


それと同時に竜は相棒以外の人を嫌うが故に、他の竜騎士や兵士達とはある程度の距離を取る必要があったりと不便な部分もあった。

それがフラナは身を預ける程に懐くとは今日までとても信じられなかった。

「此処にいる竜さん達は皆とっても優しいです」

竜舎の地面に座り、食事をとりながらもフラナはランに身を預けている。


「灯りは自分で?」

令嬢が自分で火を点けるのは道具もないのに大変だっただろうな、と問いかけてみた。

「それは、炎竜さんにちょっとだけ火をくださいって言ったら火を吐いてくれました」

火を吐く竜なんて、他の国々の人からすれば一番想像し易いタイプの竜だろうが、その火がまさか松明にまで利用されてるなんて想像もしてないだろう。

実際、騎士団長を務めるイルですらそんな小さい火を吐ける事を知らなかった。


フラナが食べ終わるまで軽く談笑をして、食器の返却場所が分からないフラナに案内がてら二人で歩いた。

竜騎士にとって相棒である竜に気を許してもらえる、竜にも気を許されている。それがこんなに心地良い事もイルは今日まで知らなかった。

それはつまり此処にいる竜騎士全員にとって安心出来る存在であるという事を意味示している。


部屋まで送り届けて、団長室へ戻ると副団長もまだ仕事をしていた。

「…フラナに求められると松明を灯す程度の弱い火も吹くらしいぞ」

難しい顔をしている副団長に気晴らしになればと、先程の話を投げかけた。

「それも驚きですが、相棒以外の人間の希望を聞く竜がいる事に驚きました」

松明もろとも燃やしてしまいそうな竜が小さい炎を吐けるというのも新事実だが、相棒以外の人からの要望で火を吐くなんて、副団長も聞いた事がなかった。

驚きの連続で話したい事は山ほどあったが、団長にも副団長にも仕事が山ほどあったので、二人は夜遅くまで仕事をこなした。




「フラナ嬢、少し早いが仕事の件で来た」

昨日は夜遅くまで仕事をした甲斐あって、今日は無事に休暇をとる事が出来た。

ちなみに同じ時間帯まで仕事をしていた副団長は今日も仕事だ。

「フラナ嬢…?」

強めに再度扉をノックしたが、何も応答はなかった。女性の部屋を無断で開けるのも躊躇われて、もしかしてと思い竜舎へ足を運んだ。


「フラナ嬢!?」

予想通りフラナは竜舎にいた。しかもまた、ランの隣で…これは昨日の夕食を運んだ時とは違い明らかに寝ている様子だ。

「!お、おはようございます」

イルの声でフラナは飛び起きた。


「もしかして、昨日此処で夜を明かしたのか?」

野宿なんてしなくてすむのならば騎士達でもしたくないのに、フラナは自ら野宿をしていたのだ。

「すみません、気持ち良くて寝てしまったみたいで…」

昨日はいつもより竜達が静かだった理由が分かった気がした。


「あ、いや別に怒ってるわけではない。折角ベッドがあるのでそちらで寝た方が疲れがとれる」

そう言いながらイルは服をフラナに手渡した。

「こちらは?」

イルがフラナに渡した服は、竜の世話人が着る制服だった。

「竜の世話人は今まで男性しかいなかったから、サイズが大きいだろうが簡単に直してはもらった。近日中に注文するからしばらくはこれでしのいでくれ」

女性であればスカートの方が着慣れているだろうが、仕事内容的にも、スカートよりズボンタイプの方が良さそうなので、後でサイズ確認をして注文するとして、今は一番小さいサイズを直してもらったものを着てもらうしかない。

「これに着替えたら厨房に集合だ」



「お待たせしました!」

フラナは制服に着替えて厨房へとやって来た。

「竜達の食事は職人達が用意してくれている。これを受け取ったら竜舎へ運ぶ」

しかし竜のサイズがサイズなだけに食事もかなりの重量だ。今日はイル自らが食事を運ぶ。

「普段も竜騎士達が交代で運ぶのは手伝ってくれるはずだ」

竜それぞれで好みも違うので、それを熟知した料理人達が準備し、竜騎士達が運び、自分の相棒の竜に食事を与える。

しかし、休暇の日や用事でいない時間帯など相棒がいない時を中心に竜の世話人が食事のサポートする。のが理想だ。


「団長!すみません、今日は休暇なのに」

竜舎に集まっていた副団長や竜騎士達がイル自ら食事を運んでいるの見て、皆が集まってきた。

「いや、最近忙しくてランとの時間も少なかったからな」

イルはラン用の食器を抱えた。

「ラン用のはこの黄色の食器に入っている」

見分けが付きやすいように、金色のランは黄色。黒竜は黒色。炎竜は赤色。など竜の鱗の色をベースに色分けがされているのも竜の世話人が間違えないようにするための配慮だ。


「ラン、おはよう。朝の食事だ」

ランに挨拶をして、頭を撫でたりしながら食事を出す。

自分のやり方を見せて、フラナにやり方を覚えてもらえればと考えたのだ。


「フラナ嬢、竜達は食事の時は攻撃的になり易いから気をつけるんだ」

しばらく休暇中の黒竜用の黒色の食器をフラナが抱えたので、周囲の騎士達にも緊張が走った。

わざわざ入れ物を色分けしてまで、間違いを減らす努力をしているのも、食べ物の好みにうるさいタイプの竜に他の竜用の食事を与えようとして竜舎の一部が破壊された事例もあったからである。


「黒竜さん、おはようございます」

イルは簡単に持っていたが、女性のフラナにとって竜用の食事は重さが大変だった。

零さないよう、落とさないように力の限界を振り絞って黒竜の元へ置いた。

周囲がいつでも臨戦態勢に入れるように警戒する中、黒竜は重量の為にふらつきながらフラナが置いた食事を食べていた。


「良かった、私からでも食べてくれますね」

フラナは自分が運んだ朝食を食べてくれて喜び、イル達竜騎士の皆は一際狂暴かつ相棒のいない黒竜の食事という今まで罰ゲーム状態で交代でやっていた恐怖の食事タイムが消えた事に安堵し、皆も自分達の相棒に食事を与えた。


「皆さん、軽々と持っていって凄いです」

フラナはこれからは重い物も持てるように鍛えていかなければと皆の手際を見て思うのだった。

「ご協力ありがとうございました」

食事が終わり、食器を運びながらフラナは礼を告げた。


「いや、もう地獄の黒竜への食事タイムがなくなっただけ、俺達の負担はなくなったみたいなものです!」

いつも調子の良い若者竜騎士のマイルは今日も積極的にフラナに話しかけていく。

竜達に食事を与え、食器類を回収し、返却してから竜騎士達の食事が始まる。

竜の世話人もいた時は騎士達と共に食事をしていた。

お昼も、夕食もそうやって過ごすのが、竜の世話人の大きな仕事の一つだ。

重労働かつ、竜達に怯えながらの業務だが、フラナにとっては竜達への怯えはないようなので、重労働の方が問題になりそうだ。


「力以外では何も問題ないな。イルとの仲も良好だし、昼と夜は黒竜とランの分もよろしく頼む」

皆で朝食を囲み終えた後、イルがランに乗り散歩に出るという。

「飛び上がる所を見てても良いですか?」

竜舎に戻ったフラナはランに跨るイルに声を掛けた。


「良かったら、一緒に行くか?」

笑顔でランとイルを見ていたフラナは、イルの言葉にさらに笑顔に花が咲いた。

「…でもまだ仕事が」

食事の仕方は先程学んだばかりだが、これ以外に何をするのかまだ教えてもらっていなかった。

「俺が良いと言えば大丈夫だ」

竜を愛しながらも仕事を全うしようとするフラナにイルも笑顔を浮かべながら、手を差し出した。


「やっぱり、団長もフラナさんの事良いなって思ってんのかなぁ…」

団長と竜の世話人となったフラナがランと飛びだって行くのを見てマイルは呟いた。

「竜騎士として、自分の相棒と相性が良いのはそれだけで好印象だ」

それにイルは団長として、第一王子として沢山の婚約者候補と顔合わせを重ねて、難しいという結論になったのだ。

まだ恋愛感情というものが芽生えるには早過ぎるとしても、印象は良いに決まっていた。


「でも、フラナさんが誰を好きになるかは分かりませんからね!」

若者マイルは夢を見続けている。マイルよりだいぶ年を重ねた副団長は、黒竜の相棒不在という穴をフラナが埋めてくれそうで安堵したという気持ちの方が大きかった。

いつ竜舎破壊!という報告があがってくるのかと、気を病んでいる日々だった。

「けどなぁ、金色の竜に金色の髪の竜騎士団長とかズルぃんだよなぁ」

まだ日が明るい時にイルがランに乗ると、朝日に照らされて姿が見えなくなる時がある。

でも今はフラナの黒色の髪がランの飛んでいる場所を教えてくれていた。

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