第2話 竜の世話人
「団長、遅いお帰りでしたね」
ランが退屈そうだからと、イルがランに乗ってこの竜舎と呼ばれる竜達が集まる場所に戻ってきたのは想定より遅い時間だった。
「副団長、客人…というか新しい世話人を見つけたぞ」
出迎えてくれた副団長にフラナの荷物を渡して、ランの上に乗っているフラナを手で指しながらイルはフラナを紹介した。
「初めまして、フラナと申します。よろしくお願いします」
急いで竜から降りようとするが、馬よりもさらに高い竜の体から一人で降りるのが難しく、その場でフラナは挨拶をした。
その様子を見たイルが手助けをして、ようやくフラナはランから降りる事が出来た。
「団長、あの者の人定はされてるのですか?」
フラナは降りた後、ランに感謝の気持ちを述べながらあちこち触りまくっている。
「いや、遠い他国から来たという事と名前と、あと竜が見たくてこの国に来たという事くらいしか聞いてない」
そもそも名乗る際に、フルネームを名乗らないのは不自然だ。
着ている服装と、イルに押し付けられたおそらくフラナの物であろう鞄から察するに庶民ではなさそうなにも関わらずだ。
「…何より彼女は、あの通りランが懐いている」
視線の先にはランに笑顔でもたれかかっているフラナの姿があった。
「それだけじゃない、実は今日ランが暴走したんだ」
暴走とは、竜騎士と相棒になった竜は相棒にだけは忠実だが、戦闘の興奮が治まらない時や、それ以外でも突然理性を失ったかのように暴れる時があった。
一度そうなれば、相棒であってもいつのものようなコントロールは難しく、人が少なそうな場所へ何とか引っ張っていった所にフラナがいたのだ。
「そのランを正常に戻したのが彼女だ」
初対面でありながら、相棒ですら治める事が出来ない暴走を彼女が鎮めた。
イルはそう感じ取った。
「暴走は相棒でさえ止められないのに、相棒以外の人間が鎮めたなんてそんな話聞いた事がありません」
竜騎士が最も恐れている暴走を、相棒ですらない人間が止めたなんて、竜騎士の一人である副団長も聞いた事がなかった。
「聞けば、宿もなければ仕事を探しているというので連れてきたわけだ」
イルが言っている事が事実であれば、この国にとって大きな存在になる。
第一王子でもあるイルは、他国へ出かける時もある。それが戦を供わない外交であれば竜を連れて行かない事も多々あった。
相棒が留守の際の竜の世話は普段よりさらに繊細な対応が求められる。
それ故に、竜の世話という名誉に惹かれてやってきたものの、多くの人間が辞めてしまい、現在の竜の世話人は0人という厳しい現状が続いていた。
他の竜より相棒が王子である為、外出が多いランが懐いているのならばそれだけで採用したいのは勿論ではあるが、竜を見に一人でやってきたというのを信じて良いものかどうか。
「その竜は危険だ!」
副団長が悩んでいる間にフラナはランの元を離れて、よりによって黒竜に近付いていた。
「黒竜はこの騎士団の中でも一番の人嫌いなんだ」
色的にも威圧的なこの黒竜は、警戒心が強い竜の中でも一際人を嫌い、相棒の騎士以外が近付くと露骨に咆哮してきたり、一度世話人を怪我させるという事態も起こした事がある。
さらにこの黒竜の相棒は先の戦いで傷を負い療養中の為、さらに苛立ちが加速している日々なのだ。
「金色とはまた違った艶感と輝きですね」
噂に聞くのはいつだって金色の竜の話ばかり。まるで夜のようなこんな綺麗な色があるのかとフラナは感嘆した。
「フラナと申します。少し触れてもよろしいでしょうか?」
フラナは鱗の触り心地には違いはあるのかと、黒竜に問いかけた。
黒竜が頷いたように見えたのでフラナはそっと手を伸ばした。
其処へ走ってきたのがイルだった。
「黒竜さんどうかされましたか?」
黒竜は近付いてきたイルに対して威圧をかけたが、黒竜に触れているフラナに敵意を向けていなかった。
「ランだけではないというのか?」
今日は驚きの連続だ。竜の暴走を鎮められる人がいた事、さらには複数の竜に好まれる人がいる事。
「大丈夫ですよ、怖い事は何もありません」
フラナも自分には敵意を向けてないと感じたのか、なだめるように黒竜の体に両腕をつけて、身体を寄せた。
「団長、これはどういう事ですか?」
副団長も、ランがイル以外の人間を乗せている所を初めて見たというのに、さらに特に人間嫌いかつ相棒が長期不在で苛立っている状態の黒竜にまで心を開かせる現実を目の前にして驚き以外の言葉が出てこなかった。
結局、フラナはどの竜にも可愛いと言って興味を示して挨拶をして回り、今日この場にいる竜の全てが彼女を受け入れた。
そもそも相棒以外の竜に触れる人間などいないのだ。
竜騎士団長と言え、ラン以外の竜には触れないし、副団長も同じだ。
「つまり、俺達の嫁さん候補という事では???」
この騎士団では一番若い竜騎士が興奮しながら騎士団長達に話したのには、竜騎士団を束ねるこの国ならではの苦悩があったからだ。
「今日会ったばかりなのに何を言う!」
騎士団長は浮かれる兵士を一蹴したが、事は切実である。
竜は相棒以外の人には心を開かない。
そんな竜騎士の結婚相手に一番求められるもの。それは、相棒である竜に認められる事だ。
竜に認めてもらえないまま結婚に至り、竜が暴走し易くなり結婚相手を嚙み殺した。
という悲しい過去があるのだ。
そんな悲しい事が起こって以来、竜騎士にとって大切なのは竜が認めてくれる相手を探す事だった。
竜が認めてくれれば、必要な時であれば竜に乗せてくれたりする場合もあれば、軽く触れる事が出来る場合もある。
それは王子であろうとも騎士団長でも変わらぬ事であり、竜騎士となった者がこの国では王位継承権を持つのに、竜に認められる婚約者を探せないまま、竜騎士ではない他の王子の子供が跡継ぎになるケースも珍しくない。
つまり、此処にいる竜全てと仲良く出来るフラナは竜騎士にとっては、恋仲になれれば結婚への障害が全くない最良の女性であった。
「それに彼女には竜の世話を体験してもらい、大丈夫そうであれば此処に勤めてもらうつもりだ」
どの竜とも触れられる彼女はこの国とってはまるで救世主のような存在だが、重労働である仕事がほとんどなので、令嬢だったのであろう彼女に勤まるかは経験してみないと分からないだろう。
「なら、毎日会えるって事ですね!」
色々と言いたい事はあったが、此処まで理想的な世話人がいるとは、多少の怪しさがあっても採用としか言いようがなく副団長は疑念を抱きながらも、まずは一週間の見習いとして、それで本人が続けられそうなら正式に採用という流れになるだろう。
「そうか…毎日会えるのか」
副団長はそう呟いたイルの顔を見た。生まれてすぐにランと出会ったイルにとって、ランは弟である第二王子と共に家族のような存在だ。
それでも多くの者にとっては恐怖の対象であるランを受け入れてくれた人がいた事、まして暴走を鎮めたというのが事実であるのならば、当然彼女に対する好感度は高いに決まっている。
何度も婚約者候補の方に来てもらいランと対面したものの、結局ランが認める女性は現れずに、竜騎士ではない第二王子の方が先に結婚をする事となった。
竜騎士であり、第一王子でもあるイルがこの国を治める事に反対する者は皆無と言って良いが、跡継ぎは第二王子の子供になるのだろう。というのが、イル本人も周囲も内心思っている。
そんな状況に変化が訪れるのかはまだ分からないが、他の竜騎士達の中から誰か一人でも独身から卒業出来るのなら、それも良いだろうし、何より長年問題になっていた竜の世話人になってくれるかもしれない。それだけで副団長は充分だった。
念の為に不穏な動きはないかに注視するのは副団長の役割だろうが、演技や企みだけでは竜達は心を許すはずがないのだ。
これから忙しくなるが、フラナが世話人となってくれれば竜の世話人が長期不在という問題解決になる。
警戒しながらも、サポートに徹すると心に誓う副団長だった。
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