第7話 買い物
「副団長、ちょっと良いか?」
イルが他国での襲撃にあい、どうにか帰還してから数日。
これから相手国にどう対応していくか、黒竜の件もあわせて、隣国から狙われてるとも言えるような状況が続いている事から、竜騎士団以外の戦力補給が急務となり、忙しい日々が続いていた。
「勿論です」
団長と副団長は話し合いが増えて竜舎に姿を見せる事も減っていた。
「…じょ、女性はどういった所に出かけたいものなんだ?」
てっきり、戦力補給等の話がくるものだと思ってたのにイルの質問は副団長の考えているものとは全く違うものだった。しかし、イル本人は真剣そのものだった。
「………それは女性によって違うのではないでしょうか」
そもそも、イルは誰を誘うつもりなのだろうか。と言っても誘う相手なんて一人しかいなそうなものだが。
「いや、フラナには命を救われたし、最近はランの世話も任せっきりで、彼女は休みの日でも竜舎にいるだろ。それで、礼も兼ねて何処か行きたい場所に行こうかと思ったんだが…」
フラナは何度言っても休暇の日も竜舎にやってきて、一日中竜舎で過ごしている。
他にする事もないし、竜の側にいる方が楽しいのだという。
「…彼女でしたら、何処かへ出かけるよりも竜舎にいる方が喜びそうな気もします」
彼女と同年代の女性であれば、お茶や買い物など行きたい場所は沢山あるだろうが、フラナがはたして、その様な行為に意味を感じるのか、竜舎で笑顔を浮かべて朝から晩まで過ごしているフラナしか知らないので、想像がつかなかった。
「やはり、そうか…そうだよな」
当初こそ、竜が好きなどと竜騎士団に取り入りやすい話題からこの国に入り込む作戦かと思ったが、作戦であればあそこまでする必要はないし、流石に演技で命まで賭けて一人でランに乗って助けに行く必要もないだろう。
「しかし、何度注意しても休暇をとってくれていないのも事実ですから、きちんとした休暇をとって頂く為にも一度お誘いしてみるのはありかと」
落ち込むイルに、そう声を掛けると分かりやすくイルは笑顔になった。
「それもそうだな!誘うだけ誘ってみよう」
善は急げとでも言うように、イルは走って副団長の元から去っていった。
実際に毎日世話人がいるような状況は有難い話ではあるが、フラナが病気等になって仕事に来れなくなった時に困るのは竜達なのだ。
世話人が一人しかいない現状では、やはり竜騎士団自らもある程度竜の世話に携わっていくべきだと副団長は思っていた。
「フラナ嬢」
一応昼休憩の時間にフラナに声を掛けた。と言ってもフラナは休憩中でも竜の側にいるのだが。
「イル様、何だかお久しぶりですね」
そう言われれば、こうしてきちんとした会話をするのは他国で襲撃されたあの日以来かもしれない。
「フラナ嬢は何処か行きたい所はないか?お茶…とか、買い物とか何処でも良い」
考えてみれば、忙しかったとはいえまだきちんとお礼らしいお礼さえ言ってないような気がして、つい声量が大きくなる。
「行きたい所ですか?………………、あ、私手袋が売っているお店に行きたいです」
行きたい場所を聞かれ、長い時間考えてからフラナが出した答えは、手袋が欲しいというものだった。
「ならば、明日の休暇で探しに行こう。街にはあまり行った事がないだろ?案内する」
鬼気迫る圧をかけながらそう切り出され、案内までは不要だし、別にそんなに急いで買わなくても良いと思いながら、フラナはお願いします。と頭を下げる他なかった。
「フラナさん遅いなぁ」
いつも早くから来るフラナを待っても姿を見せないので、マイルは先に竜舎へと行く事にした。
「フラナは今日は休みだと昨日念を押しただろう」
一人で竜達の食事を運ぶマイルを、副団長は後ろから押して手助けしながら歩いた。
「え?でも、いつも休暇でも来てくれるじゃないですか?体調悪いとか??俺、見てきましょうか???」
明らかにフラナの部屋に行きたい気持ちが前に出てるのが見え見えだ。
「フラナなら、今日は朝食後は団長とお出掛けだ。だから今日は竜舎へ来るのは禁止だと昨日強く言ってきかせた」
どうせギリギリの時間まで竜舎にいそうだが、女性の支度とは時間がかかるものだし、丁度良い機会なので竜舎への一日立ち入り禁止を言っておいたのだ。
「え!?フラナさん、団長とデートって事ですかぁ!?!?!?」
マイルはその足を止めて大きな声で叫ぶが、副団長は気にせずに後ろから荷台を押す手と足を止めなかった。
「お、俺轢かれてます…」
マイルの上をそのまま乗りあげて副団長は歩いた。
「竜達が待ってるぞ、早くしろ。ただえさえフラナがいないんだ。皆機嫌悪いのに、さらに機嫌が悪くなるぞ」
そう言われて、マイルもすぐに荷台を掴んで小走りした。
「副団長さんが、わざわざ人まで手配してくれたんですけど、こんな格好で失礼します」
イルはフラナと顔を合わせたのと同時に、団長と出かけるというのにドレスの用意もない事を詫びられた。
聞けば、初めて会った時に着ていた服しかドレスと呼べるものは持参してなかったというのだ。
初めて会った時はそれ程大きさもない鞄一つしか持っていなかったから当然と言えば、当然だ。
そんな荷物事情であれば、手袋以外にも必要な物は沢山あるだろう。
女性は買い物が好きだろうから、お礼に服など必要なものを買い揃えれば少しは礼の代わりになるだろうとイルは考えた。
「この店なら女性用の装飾品も沢山取り扱ってるはずだ」
まずは本人が欲しがってる手袋を購入するのが第一だろう。
と判断して、イルは城からは一番近い女性用の服から装飾品まで幅広く取り扱っていると聞いた店を案内した。
「あの…すみません…この様なお店には取り扱いがないかと………」
中に入らずとも分かる立派な店の佇まいにフラナは立ち止まってしまった。
「そんなに特殊な手袋なのか?急がないのであれば取り寄せとかも対応してもらえるとは思うが…」
正直、女性とこうして歩く事自体に慣れていないイルには、手袋にそんなに種類がある事さえ理解出来ていなかった。
「あの…私が欲しい手袋は竜騎士の皆さんが普段の演習とかでお使いになってるような手袋でして………」
フラナは騎士達が使っているような装備を何処で購入するのかをまるで分っていなかったのだ。
「グローブの事か?自分達と同じような素材なら、城に戻れば在庫がある」
しかし、お洒落とは程遠いグローブを彼女が何に使うのだろう。
「小さいサイズはないから、必要なら小さいサイズを頼もう。しかし、何の用途で使うんだ?」
フラナの小さな手を見て、その手に包帯が巻かれている事に今更気付いた。
「…そんな経験はもうないとは思うんですが万が一の為に手綱を引く時用に持っておきたいなと………」
思い返せば、ランを連れて来た時のフラナは素手だった。普段より気が立っていたであろうランの手綱を素手で引けば当然無傷ではすまなかっただろう。
「あの時、怪我をしていたのか!?」
イルは包帯を解いた。
「あ!かすり傷なので大丈夫です」
そう言い訳されたが、イルが包帯を解けばフラナの手の平は無数の擦り傷がついていた。
この状態で日々の世話をしていれば、水仕事をする度に染みたりしていただろう。
かなり深い傷もある。
「どうして、医務室に行ってくれなかったんだ。まずは薬屋だ!」
フラナの手を引っ張って、城とも取引がある薬屋へ急いだ。
「あの、本当にかすり傷なんです…」
フラナはそう言うが、手の甲は綺麗なのに手綱を引いた手の平は肌の色が分からない程に、赤く滲んでいた。
「この傷に効く薬をくれ!」
丁度店長がいたので、フラナの手を見せて、店長に薬を選んでもらう事にした。
「これは結構えぐれてますね…」
店長は複数ある傷薬から一番効果がありそうなものを選び、フラナに渡した。
「こちらを朝、昼、晩とつけて、痛みが酷い時はこちらを」
いつの傷かは医師ではないので分からないが、今まで放置したまま仕事を続けてきたのを物語っているような手だった。
「水仕事は避けた方が良いですが、彼女の仕事は?」
女性の仕事にはどうしても水仕事が多いから何かで怪我をして、水仕事で悪化した形だろうか。
「竜の世話人だ。撥水効果のあるグローブを使ってもらうようにする。助かった、有難う」
代金をイルが払うとフラナが払うと言って割り込んでくる。
「そもそも、その傷は自分の不甲斐なさが生んだものだろう。自分が払う」
イルはそう言って料金を払うと、店内の隅を借りて買ったばかりの薬を塗った。
「あの…自分でやれるので大丈夫です」
しかしイルは無言のまま薬を塗って、解いた包帯を巻き直した。
「小さなサイズはすぐに注文する。届くまでは、大きいだろうが自分達が使ってるグローブを使ってくれ」
仕事が立て込んでいたとはいえ、礼も言わないまま、怪我にさえ気付かないとは、あまりにも自分が不甲斐なかった。
「気付かなくてすまなかった。しかし、痛みがある時、調子が悪い時はきちんと言って欲しい。自分にでも、他に言い易い奴がいるのなら誰でも良いから声を上げてくれ」
一旦、薬を自分の懐にしまって、ふとこの後はどうするかと立ち止まった。
「逆に気を使わせてすみませんでした。以後は気をつけます」
重症の兵士達を見たから、自分の傷なんてかすり傷だと思って特に治療も何もせず放置してしまった。
「いや、悪いのは自分の方だから気にしないでくれ」
気まずい雰囲気が流れる中、フラナが露店に目を止めた。
「竜の形のアクセサリーなんてあるんですね!」
竜の形のアクセサリーを初めて見たフラナは思わずしゃがみこんだ。
「此処では普通だけどな」
この国ではアクセサリーに限らず、装飾の中で一番代表的な物は竜であり、安価な物から高級な物まで竜がモチーフにされた物は多い。
「私が住んでいた所ではシンプルなデザインの物ばかりで、竜のデザインなんてありませんでした」
先程から露天商からの視線がイルに突き刺さっていた。
当然、イルが誰であるかは分かっているが、分かっているからこそ、若い女性と二人で歩いて、女性が興味を示せば、それは商人なら商いのチャンスだと思うだろう。
「…此処の店は好きな色の石を組み合わせてくれる。何色が良いんだ?」
本当はもっと高価な物を贈りたかったが、フラナはあまり買い物欲がなさそうなので本人が興味を示したのであれば、それを贈るのが一番だろう。
「色…ですか?」
突然好きな色と聞かれても、ぱっと思いつく色がなかった。
「…自分の瞳とか髪の色とか、…す、好きな人に関係する色とか選ぶそうだぞ」
今よりもっと若い頃に、早く大人になって、此処でアクセサリーを女性にプレゼントしてくれってよく揶揄われていたのだ。
「!じゃあ、金色?黄色でお願いします」
イルの言葉にフラナは即答で黄色をオーダーした。
「ランさんと同じ色にします」
…一瞬でも自分の髪の色かと思った自分を慰めてやりたい。
「旦那もようやく大人になったんだなぁ」
いつもなら、多少の時間を要して完成となるが、話を聞きながら黄色の石を取り付けていたので、すぐに露天商は竜のネックレスをイルに渡した。
「あ、私が…」
また自分で払うとか言いそうなので、すぐに代金を支払い、ネックレスを受け取った。
「こんな店の安物だが、良かったら助けに来てくれた礼に受け取ってくれ」
視線が露天商だけでなくあちこちの店、通行人から突き刺さってるが、イルはフラナの細い首にネックレスをかけた。
「何から何まですみません、有難うございます」
その場が大きくなった第一王子の成長に微笑む中、嵐は突然やって来た。
「ラン!?」
上空には何故かランが飛んでいる。
「此処に降りたら大変だ」
此処には店や家が沢山並んでおり、とても竜が降りられるような場所はない。
フラナの手を再び掴んで、高地へと走った。
「団長すみません!ランが暴れてしまって…」
ランからだいぶ遅れて副団長と竜も追いかけてきていた。
「どうしたんだ?」
竜が降りれる位の広さがある高地まで来て、ランも其処へ降り立った。
「二人でずるいって?」
人同士の会話のように言葉が分かるばけではないが、表情等で何となく竜の考えてる事は分かるのが相棒というものだ。
「こら、暴れるなって」
どうやらだいぶ拗ねているようだ。
「私も、私と買い物に行くよりランさんと過ごして欲しいなって思ってました」
必死な想いでイルのピンチに駆けつけたけど、それ以降イルは忙しくてランとの時間がほとんどなくて、そんな時にフラナもいなくなり、しかも二人一緒でいる事にランは我慢ならなかったのだ。
「なら三人で出かけるか?」
そうランに声を掛けると、ランは嬉しそうだ。
「そんなわけで、ランと散歩に行くのはどうだ?」
昨日買い物に誘われた時はランの事もあり、正直複雑だった。
「はい、ぜひ私も連れて行ってください」
でも今なら心から喜んで一緒に行きたいと言える。
「俺達は少し遊んでから帰る。あ、フラナ用のグローブを早急に注文してくれ」
そう副団長に伝えるとイルとフラナを乗せたランは空中高く飛び上がった。
街の上空を飛べば、イル達に気付いた街の人々は空高く飛ぶイル達に手を大きく振る。
この国にとって竜は宝だ。
だからこうして遠目でも竜が見れる事を喜ぶ。きっと今日は良い日になると。
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