第37話 私達とは違う

 シャルロットによって助け出されたアレスは、少しふらつきながらも両足で立った。二人は落ちていく神機デウス・エクス・マキナの手の上で身を寄せ合う。


「すまない、シャルロット。助かったよ」


「いえ、伴侶として当然の務めです」


「そうか、いや、そうだな……ああ! だったら俺も、伴侶としての務めを果たさないとな!」


 アレスは不安定な足場にも構わず、シャルロットを横抱きに抱え上げた。

 シャルロットは慣れた様子で大人しく横抱きにされ、アレスの首に腕を回した。


「皇帝は神機の顔面部分に居ると俺は睨んでいるのだけど、当たりかな?」


「当たりです。皇帝陛下は顔の中に」


「分かった! しっかり掴まっていてくれ!」


「はい」


 落下を続ける足場の上で、アレスは身を低く沈める。

 ぐっと両足に力を込めて、ありったけの力でもって飛び上がった。

 勢いよく垂直に飛び上がった身体は、あっという間に神機の視線と同じ高さまで飛び上がる。


 神機の巨大な顔面を前にして、アレスは空中で後方を蹴った。

 まるで背後に存在する見えない壁を蹴ったかのように、アレスの体は神機へ向かって飛んでいく。


 衝突までの僅かな時間で、アレスは自身の残った左の角に全ての力を集約させた。角は赤いオーラを纏い、オーラは一瞬で膨張して爆発する――!


 アレスを払うように神機は手首から先を失った腕を動かすが、素早い動きに追いつけずに振った腕は空を切る。

 爆ぜた赤い光を全身に纏うようにして、シャルロットを抱えたアレスは神機の顔面に真正面からぶつかった。


 衝突の瞬間、どぉんと耳を劈く爆発音と神機の顔から煙が上がる。

 後方によろめきながらも何とか耐えた神機は、そのまま動きを停止させてしまった。

 その光景を地上から見上げていたジャーマンとカーラは思わず笑っていた。


「アレスの奴、やるじゃねェか! 負けてらんねェなァ! 戦線を立て直す! 火蜥蜴部隊は前に出て、他種族の救援に当たれェ!」


「アタシ達も負けてらんないね! 行くよ、ジャーマン!」


「おうよォ!」


 槍を携えた二人は勢いよく敵陣に向かって駆け出した。




 対する帝国軍の兵士達は、初めて目にする異界の住人達に臆することなく武器を構え続けていた。

 魔導コアにより強化された剣は通常の剣よりも殺傷力は高く、一突きで命を奪うことも可能な代物と化している。銃の弾丸はより早く跳び、着弾した相手の内部で弾けるというおぞましい強化を施され、盾もその強度を何倍にも跳ね上げていた。


 魔導コアによる強化を受けた武器のみならず、それを扱う兵士達もまたジャーマン達からすれば厄介な相手だった。

 統率の取れた鍛え抜かれた兵という一点においては、圧倒的に異界の軍勢に勝るものであった。


「臆するな! 異界の生物と言えども斬って撃たれれば死ぬ! 隊列を崩さず、いつも通りに対処するんだ!」


 隊長格から檄が飛び、兵士達からは揃った返事が飛ぶ。

 突き出された剣の先は異界の生物の胸元を突き、血飛沫を上げる。


 放たれた弾丸は異界の生物のはらわたを飛び散らせる。

 鋭い爪から繰り出される斬撃を盾で防ぎ、帝国兵達もまた必死に戦線を押し進めていた。




 地上で一進一退の攻防が続くことも知らないまま、アレスはシャルロットを抱えて神機の内部に飛び込んだ。

 機械の欠片が散乱し、砕けた瓦礫が大小転がっている。


 アレスが突き破った分厚い顔面の向こう側は、まるで広間のようだった。

 中央に硬質な玉座を模した椅子が一つ置かれ、そこに男が腰を掛けている。

 アレスはその男こそが皇帝であるのだと瞬時に気が付き、シャルロットを背後に隠す。

 腰から下げていた剣を抜いて、その切っ先をアルカイオスへ向けた。


 アルカイオスは臆する様子もなく立ち上がると、丸腰のままアレスとの距離を詰める。

 不敵に笑んだその顔は、喜びに満ちていた。

 剣を突き出せば切り裂かれるという距離で足を止め、アルカイオスはアレスの真正面に立った。


「見事だ。神機の内部にまで到達できたのは、貴様が初めてだ。歓迎する。名を名乗ると良い」


「アレス。君達が異界と呼ぶ大地、トルキアの王だ」


「異界の王が何故、侵略行為に及んだか」


「シャルロットの為だ!」


「ハッ、その女は蛇だぞ。しかもとびきりの毒を持った毒蛇だ」


 ひどい言い様であっても、シャルロットは黙ったままでいた。

 事実であるという自覚がそうさせた。

 口を閉ざすシャルロットを背に庇いながら、アレスは声を荒げた。


「だからなんだ! 俺は彼女を愛している。愛しているから彼女を救う!」


「クっ、はははっ! これはまた……っ、シャルロット、貴様、本当に愉快なものを見つけたな?」


 アルカイオスはアレス越しにシャルロットに視線を送る。

 アレスの背後に居ても感じるアルカイオスの嘲笑のこもる視線を受けて、シャルロットは口を開いた。


「アレス様は本気です。この御方は、わたくし達とはまるで違う御方なのです」


「そうであろう。清濁併せ呑む。余にもお前にも出来ぬことよ」


「はい。アレス様は、それが出来る御方。……だから、ここまで来てくださった」


「ならば、異界の王に敬意を評さねばならぬ。さて、褒美はどうしようか。ああ、余の命が欲しかったのだな?」


 向けられた剣先を見て、アルカイオスが笑う。

 剣を握る手に力を込めて、アレスは息を飲んだ。


 静かにアルカイオスは腰に下げた剣を引き抜く。

 すっと引き抜かれた剣の刃は美しく、清廉な輝きを放つ。

 その剣の刃を、アルカイオスは、自分自身の首筋にあてがい――。


「っ!?」


 アレスの目の前で鮮血が飛び散る。

 衣服を血で染めるアルカイオスは一歩二歩と後退りながら、声を上げて笑う。

 その光景の異質さにアレスは恐怖を感じ、身動きの一つも取れなくなった。


「はっ、ははっ、シャルロット、お前にも、褒美をやろう。受け止れ。お前の好む、滅びだ」


 アルカイオスは刃に手を添えて、ぐっと押し込んだ。

 口からくぐもった空気の抜けた音が響き、アルカイオスは膝を地に着けてその身を伏せた。


 ぴくりとも動かないアルカイオスを見下ろして、アレスとシャルロットはただただ黙り込む。

 床に血だまりが広がっていく。

 爪先にまで血が流れ、思わずアレスが一歩引いた途端。


 アルカイオスの流した血が、発光を始めた。

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