第36話 神槍対神機
激しく迸る赤き閃光の中、アレスは声にならない声を上げていた。
ドラコの背から飛び降りたアレスは、頭から神機デウス・エクス・マキナに向かって飛び込んだ。
アレスはバチバチと音がするほどの稲光を放つ神槍グラン・ギニョルを両手で持つ。急速に落ちていく体に掛かる圧に眉をしかめ、奥歯をきつく食いしばる。
手放さないように強く握り締めた槍を、神機の頭部に向けて突き出した。
『前衛を吹き飛ばした槍か。良い。打ち込んでみよ』
神機の左肩の鎧が変形する。
蛇腹状の肩パーツの端と端が合わさり、巨大な円盤を形作る。
中央に黄金色の円盤がはめ込まれ、盾としての姿を露わにした。
神機は盾を素早く頭上に構え、両足で地面を踏みしめる。
アレスは目の前に現れた盾に構うことなく、槍を突き出し続ける。
声を出すことすら出来ぬほどに意識を槍にだけ集中させて、力の全てを解き放つ――!
「盾ごと貫くッ!」
『やってみせよ! 我が盾、そう易々と貫けると思うな!』
槍の先端と盾が衝突し、一瞬の沈黙ののちに衝撃波を生み出す。
空気が爆ぜるような轟音を上げて、巨大な十字の閃光が槍と盾の衝突面から放たれる。
二つの巨大な力の衝突は大気を揺らし、上空を飛ぶ魔導艇とドラゴン達の足を止めさせた。
「クソが! 退けェ! 巻き込まれンぞォー!」
上空で魔導艇に噛み付いていたヴァイオレンが声を荒げる。
魔導艇と交戦していたドラゴン達は皆一様にその翼を大きく広げて、さらに上空高くへ飛んで逃げる。
神槍と神機の衝突による衝撃波に巻き込まれ、数体のドラゴンがきりもみしながら地に落ちていった。
「チクショウ! こんな話は聞いてねェぞ! クソッたれがぁーッ!」
一体残らずドラゴン達は生存し、人間の領土を奪うはずだった。
ヴァイオレンは思い描いていた未来とズレが生じ始めたことに、苛立ちを隠せなくなっていた。
ヴァイオレンの叫びはアレスには届かない。
あまりにも大きな音と光に晒されて、視覚と聴覚は機能をしていない状態にあった。衝突の衝撃に身体中が痛むが、手は槍を力強く握ったままだ。
(相手は想像よりもずっと強固だ……! 力を出さなければ……もっと、もっと!)
アレスは大きく目を見開いで、槍を更に力一杯に前へ突き出す。
「う、ぉおおぉおーーッ!!」
雄叫びとともに槍が盾にめり込んでいく。
メキメキと盾が破られようとしている音を神機越しに耳にして、アルカイオスは大声で笑った。
「我が盾を破るか! 面白い! こんなに胸が躍るのは初めてだッ!!」
犬歯を剥き出しにして笑う様は、まさに狂乱と言える有様だった。
アルカイオスは盾を構えたまま、剣を持つ手を動かした。
側面からアレスを突こうと、肩を引いた刹那。
剣を持つ手に衝撃が走った。
大剣は吹き飛ばされ、地に刺さる。
見れば腕から手にかけて、天を穿つように焼け焦げた跡が幾つもついており、アルカイオスは成程と笑った。
「怪物がいたか」
光線の飛んできた先に目には、怪物リヴァイアサンがその身を空中に浮かばせてアルカイオスを睨んでいた。
リヴァイアサンの足元では、ファラが息を切らせて三叉の鉾を構えている。額には大粒の汗が滲み、ファラの疲労のほどがうかがえた。
獣の咆哮にも似た声を上げ、リヴァイアサンは溶けるように姿を消す。
リヴァイアサンの消滅を見届けて正面を向くと、盾が神槍に押されていることに気がついた。
アルカイオスは口角を吊り上げて笑いながら、神機の腰を落とし、両足で力強く踏ん張る。
「はははははっ!!」
「――ッ!!」
狂乱の笑い声と、声にならない叫び声が混ざり合う。
キィンと一際甲高い音が響き、一拍置いて再び強烈な閃光が盾と槍の間から溢れた。
神槍は盾を貫き、盾は神槍の先端を折った。
両者は粉々に砕け、眩い光の粒子になって消えていく。
千々に散らばる欠片たちが雨粒のように地に降り注いでいった。
「相打ちか……!」
神槍が砕けたことに眉根を寄せて、アレスはその身を宙に舞わせる。
重力に引かれて地に向かって落ちていくだけの体を、神機の巨大な手が捕まえた。鷲掴むようにして神機の指が握り込まれ、アレスは圧迫感に呻き声を上げた。
「落ちて潰れて終いなど、つまらぬだろう? 異界の侵略者よ。同じ潰れるにしても、我が手で潰す方が愉快だ」
「ぐぅっ……!」
握り込まれ、めきめきとアレスの体が悲鳴を上げる。
苦悶の表情を浮かべながらも、アレスは神機の顔面を睨みつけた。
「ははっ、良い気迫だ。だが、もう死ぬが良い」
涼しい顔をしたまま、アルカイオスはアレスを圧し潰さんと神機の指に力を込める。
その刹那、空から降ってきた人影にアルカイオスは目を奪われた。
手に握られた宝剣カリバーンは眩く光り、ふわりと漆黒のドレスが舞う。
「シャルロット……っ!」
アレスが苦し気に名を呼ぶのと同時に、シャルロットは大剣を振り下ろした。
目にも止まらぬ速さで振り下ろされた剣は、切っ先の煌めきだけを残す。
その煌めきはアレスを掴む神機の手首に一筋の線を描く。
とんと軽い足取りで、シャルロットがアレスの傍らに立った。
一拍置いて、ばきばきと大きな音が響く。
神機の手と手首がずれていき、切断面が露わになっていく。
切り離された手と手首の断面を目にしたアルカイオスは、目を見開いて高らかに笑った。
「流石だな、シャルロット! お前のように美しい断面ではないか!」
「恐れ入ります」
力が抜けた神機の手の中からアレスを引き摺りだしながら、シャルロットは神機の顔をまっすぐに見つめた。
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