第38話 はじまる破滅

 流れた血から、青白い光が放たれる。


「なん、なんだ……?」


 目の前の出来事に理解が追い付かず、アレスは呆然と呟いた。

 しかしシャルロットは違った。

 青褪めた顔色で発光する血を凝視して、急いでアレスの腕を取った。


「いけません。皇帝陛下の血により、神機に用いた特殊魔導コアが暴走を始めます……っ」


「暴走? ……分かった。今はとにかく逃げよう!」


 向き合って頷きあい、二人は開けた穴に向かい駆け出す。

 しかし二人の行く手を阻むように、神機はその体を大きく揺らした。

 立っていることすら困難なほどの揺れに、アレスとシャルロットは膝を着く。


 次第に揺れは激しくなり、轟々と大きな音を響かせた。

 ぱらぱらと天井から破片が落ちて来て、アレスはシャルロットを自身の胸元に抱え込むようにして庇う。


 一際強い振動の後、天井の一部が崩落して二人の足元に大きな欠片が落ちてきた。

 ゴッ、と強打する鈍い音が響き、シャルロットはたまらずアレスを見上げた。

 頭部から血を流している様子に目を見開く。


「アレス様!?」


「大丈夫さ、これくらい。それよりも一体、何が起こっているんだ……!」


「分かりません。魔導コアの暴走を目にするのは、私も初めてです……」


「そうか……。安心してくれ、シャルロット! 何があっても、必ず君だけは守る!」


 シャルロットを抱くアレスの腕に力が籠る。

 けれどもシャルロットは不安げな顔のまま、アレスの顔を見上げた。


(アルカイオス様が死した今、私の望む帝国の滅びは成された。だというのに、どうしてでしょうか。私は今、不安でならない……っ)


 ぐらりと足元が大きく揺れる。

 音を立てて床が崩れ、二人は立ち上がることすら出来ずに体を宙に浮かせた。


 シャルロットは咄嗟に胸元に手を置いて、宝剣カリバーンを手に持つ。

 剣先を下に向け、剣に纏わせた魔力で衝突の衝撃を和らげようとしたのだ。


(落下が早い、衝撃を和らげるに十分な魔力の収束が間に合いません……!)


 目前に床が迫る。

 眉根を寄せるシャルロットの手に、アレスの手が重なった。

 重なった手を介して、アレスの力がシャルロットに流れ込む。


 シャルロットの魔力は一気に膨れ上がり、剣先に衝撃を和らげるに十分な力が集まった。剣に集まった魔力はバチバチと音を立てて爆ぜる。

 床を破壊しながら、二人の体は爆風によりふわりと宙を舞った。


 瓦礫と閃光と衝撃の中、シャルロットは剣を必死に握り締める。

 自身の身の安全のためではない。

 アレスを無事に外へ連れ出したい。その一心だった。





 大きく震える神機を見上げ、誰もが口々に恐怖を口にした。

 城で出来ている体はぼろぼろと朽ちて落ち、破片を巻き散らす。

 地に立つ両足は震え、どぉんと音を立てて地に膝を着いた。


「神機が……膝を着いただと!?」


「皇帝陛下! 皇帝陛下はご無事なのか!」


 帝国兵の間に動揺が広がり手が止まる。

 その隙を逃さないとばかりにジャーマンが槍を振るい、帝国兵をなぎ倒した。


「何だか知らねェが、アレスがやったようだなァ!?」


 ジャーマンの言葉に頷いて、カーラもまた槍を突き出す。

 帝国兵を貫きながら、頭上の神機を見上げた。


「そうみたいだけど……嫌な予感がするよ。一回退こう!」


「分かった。退却だァ! 引けェ!」


 ジャーマンの言葉に従い、次々と異界の戦士たちが後退する。


「逃すなーッ! 撃てェーッ!」


 後退する異界の戦士達に向かい、帝国兵は銃を構えた。

 槍の突きよりも矢よりも早い弾丸は、彼等にとっては一番の天敵と言えた。

 容赦なく発射される弾丸の雨の中、ジャーマン達は必死に後退していく。


「くそっ、くそ! 異界の化け物共め……っ、死ねーっ!」


 帝国兵の一人怒りを露わにして、銃のトリガーを引く。


 放たれた弾丸は異界の戦士達の間をすり抜け一直線に飛び、カーラの背中に直撃した。

 カーラは低く呻き、唐突に襲った焼けるような痛みについ槍を落としてしまう。


「カーラ! この野郎! よくもやりやがったなァ!?」


 痛みに蹲るカーラを見て、ジャーマンは怒りの声を上げた。

 後退していく異界の戦士の間をすり抜け、弾丸を放った帝国兵に駆け寄る。

 ジャーマンに一瞬で目の前に迫られて、帝国兵は声も無くただただ目を見開いた。


 しゅっと鋭い音を立てて、槍が振り抜かれる。

 帝国兵は成す術もなく、首から鮮血を巻き散らしながらその場に倒れ伏した。

 なんの感慨も無く帝国兵を見下ろして、ジャーマンは踵を返して急いでカーラの元へ戻ろうとした。


 その時だった。


 神機からぐわんぐわんと今までにない轟音が響く。

 ハッとして見上げたジャーマンの目に移り込んだのは、崩壊した神機の体から溢れた巨大な青白い光だった。その眩しさに目を細めた瞬間に、ジャーマンの世界は終わりを告げた。


 膨張した光が蠢き、一瞬でぎゅっと収縮する。

 それが一呼吸の後に爆ぜて、文字通り全てを飲み込んだ。

 光は地面に巨大な魔方陣を描き、皇帝アルカイオスが命と引き換えに放つ滅びの大魔術を発動する。


「ジャーマンッ!!」


「カー……ラ」


 視界の全てが青に染まる中、音も掻き消された世界で二人は必死に手を伸ばす。

 指先が触れ合うかという刹那、二人の姿は世界から消されてしまう。


 世界から消されたのは二人だけではない。

 周囲の兵士達もまた一瞬で姿を消してしまった。


 まるで最初から存在していなかったかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る