アーチャー②

 エルフの里なんてない。


 そう言って目からハイライトを消してしまったセシルさん。

 なんか重たい過去とかあるんだろうか。

 触れないほうがいいよね……って、じ~っとこっち見てるんですけど、瞬きもせずに!

 その視線の圧はアレですか、質問をしろってことですか!?

 水を向けろと、踏み込んだ質問をされて仕方なくといった体で喋りたいと、そういう理解でよろしいでしょうか!


 なんか怖いけど、圧に負けた。


「あのー、それは戦争で滅んだとかそういう……?」

「違うの」


 違うのか。


「じゃ魔物に蹂躙されたとか」

「それも違うの」


 じゃあ何なんだ。

 疫病か、災害か?


「元々なかったの」

「は?」

「この世界、元々エルフなんかいなかったのよ」



 ※



 それからセシルさんはせきを切ったように喋りだした。

 それはもう怒涛の勢いで。


「そんなの転生する時言われなかったら、わからないじゃない。エルフの少女になりたいって言ったらあっさり通ったから、エルフの両親の元に生まれるんだと思ったのに!」

「両親いなかったんですか」

「親も兄弟も親戚も、なんにもなしよ。そもそも歴史上、この世界にはエルフもドワーフも存在しなくて、今いる亜人は全部地球からの転生者だと知った時の私の気持ちがわかる?」


 わかんないけど。

 まあショックだったんだろうなあ。


「孤児院で育ててもらったけど、他は皆種族が人間で! 私だけ『あー、エルフ選んだんだねー、亜人系美少女キャラやりたかったんだねー』って痛い子扱いされた悔しさ恥ずかしさ! 厨二病扱いされると知ってたら選ばなかったわよ私だって!」


 黒歴史か。


「知ってる? 転生者のほとんどが種族人間なのよ。なんで亜人選ばないのよ!皆エルフになればいいじゃない!」

「いや性別変えたくないし、男エルフはちょっと」


 魔法と弓は強そうだけど、筋力乏しそうだし。

 体格貧弱なのはちょっと。


「皆そう言うのよ」


 セシルさんは恨めしそうな目をしている。


「男エルフに需要はないとか言って。エルフ自体少ないのに、そのほとんどが女性なのよ。これがどういうことだかわかる?」

「えーと、わ、わかりません」

「同族から相手見つけようとしたら、既婚者ばっかりなのよぉ〜!」


 セシルさんは天に向かって絶叫した。


「それも一夫多妻よ! 奥さん6人くらいいるのよ! 中には人間の女も混じってたりするし。なんで人間の女がエルフの男にちょっかい出すのよ! 人間の男なんかいっぱいいるんだから同族同士で結ばれればいいじゃない!」

「はあ、それならセシルさんも人間の男と付き合えばいいのでは?」


 そこら辺にいるじゃん。

 バートラムさんとか。

 グレアムさんとダニエルさんはやめとけと思うけど。


「ダメなのよ!」


 悲痛な叫び。


「私は美しい人が好きなの! 人間の男性って美しくない!」


 ひでー言われよう。


「もっとこう、三次元ではありえないような究極に美しい人と恋をしたいの! だからエルフになったのに!」

「はあ、そうですか」


 なんだかもう、どうでもよくなってきた。

 エルフの神秘性がどこかへ消えちゃったよ。

 凡人が話しかけてはいけない神秘的美人さんは、中身が残念な人だった。


 いや、そういうのは良くないな。

 こっちが勝手に外見で期待して勝手に幻滅しただけなんだ。

 セシルさんはセシルさん。

 丁寧に物事を教えてくれる親切な人。

 ただ、色々と鬱屈した物を抱えていそうだ。

 これ以上イメージ壊れる前に帰ろう。


「セシルさん、スリングもだいぶん慣れてきたので、ここまでにしようと思います。今日はありがとうございました」


 そう言って切り上げようとした時。


 ブーンと羽音が聞こえてきた。




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