アーチャー③
近くの森でブーンと羽音がしてきたら、それはフェアリーである。
「セシルさん、フェアリーです! 逃げましょう!」
注意を促すけど、セシルさんは動かない。
ハイライトの消えた目で森の一点を見つめている。
「セシルさん!」
「……新人さん、婚姻飛翔って知ってる?」
「は?」
「ミツバチがね、夏になる前頃にやるの。結婚飛行とも言ってね。適齢期になった女王バチが雄バチと一緒に飛ぶのね」
セシルさんは喋りながら背中の弓を手に取り、矢をつがえる。
「セシルさん、何する気ですか、逃げないと!」
「女王バチはね、飛翔しながら複数の雄バチと交尾するの」
羽音が迫る。
セシルさんは弓をキリリと引き絞った。
「逆ハー許すまじ!」
「何言ってんの!?」
放たれた矢は狙い違わずフェアリーの女王を射抜いたらしい。
言葉で説明はできないが、『手ごたえあり!』という反応をセシルさんから感じた。
「と、とにかく逃げますよ!」
ダッシュする俺、並走するセシルさん。
なんか前にも似たようなことあったな。
うしろから怒ったフェアリーの大群が追ってくるウワーンという音がする。
「やってやった! 逆ハー女を成敗してやったわ!」
「何言ってるんですか! 逆ハーじゃないでしょ、あれは! 魔物の、ていうか昆虫の生態に文句つけてどうするんですか!」
「人間っぽい見た目した女が複数の異性を侍らせてたら、それは逆ハーよ!」
無茶苦茶だ!
論破したいけど、話が通じる気がしない!
「だからっていきなり喧嘩売らなくても! 怒らせちゃったじゃないですか!」
「喧嘩上等! 私は逆ハー女を成敗するためなら、いつでも命をかける用意があるわ!」
「かけるなら自分の命だけにして! 俺の命までかけないで!」
「安心しなさい、新人さん。私だって冒険者よ。フェアリーごときに負けはしないわ」
「魔法で一気に吹き飛ばすとか?」
エバちゃんみたいに。
「それはないけど」
ないんかい!
「だけど私には弓がある!」
セシルさんはくるりと向きを変えた。
いつの間にか弓に矢をつがえている。
迫りくるフェアリーの群に向かい、弓を引き絞るセシルさん。
「セシルさん!?」
俺は気づいて止まろうとしたが、車は急に止まれない。
慣性の法則で、俺の脚はしばらく行き過ぎてから止まった。
森の出口はすぐそこ。
後方10メートル地点には仁王立ちで弓を構えるセシルさん。
その先に雲霞のごとく群れ飛ぶ怒れるフェアリー。
あ、これダメかも。
助けられないかも。
フェアリーの毒針攻撃に散るセシルさんと一人だけ助かる俺……そんなイメージが脳裏をよぎる、その時。
矢が光った。
眩しい。
なんで矢が光るの?
ちょっと意味がわからない。
何が起きてるのか、誰か教えて?
「
セシルさんが高らかに宣言するのが聞こえた。
技名?
技名を叫んでるの?
放たれた矢が空中で二つに分かれ四つに分かれ……無数に増えていく。
光を放ちながら。
花火みたいだな、と思っていると。
ドカン!
爆発した。
更に重なるように。
爆発、また爆発。
ドカン!ドカン!ドカドカドカドカドカドカ……!
誘爆?
連鎖式に増えていく爆発音。
腹に振動が響く。
セシルさん、あなた本物の花火打ち上げましたか…?
桜の木が衝撃に耐えきれず、メリメリと裂けて倒れた。
小枝や木の葉が爆風に乗って飛んでくる。
破壊だ。
エルフによる森林破壊だ。
爆風に髪をなびかせて立つセシルさんの後ろ姿は逆光を浴びて壮絶に美しかった。
「滅びろ、逆ハー!」
エルフ怖えー。
※
『地雷エルフ』セシル
職業:アーチャー
器用度:最高
視力:5.0
遠距離攻撃:強い
近接攻撃:普通
使用武器:弓矢、スリング、ショートソード
習得スキル:『
雇用料金:50ストーン/日
性格:恋に恋する夢見る乙女。地雷を踏まれたら逆上する。逆ハーは魔物であろうと許さない。
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