第6話

 面白そうでも、色あせてたら買う気は起きないし、ゲームで腹は膨れない。


「これ、たぶん本体なかったらできないし、それよりもゲームは生活の基盤整えて余裕出来てからだって」


「いやいや、本体(機械)はなくても、異世界はステータスオープンで自分だけ画面を見ることができる世界です。バッテリーも不要です。その画面でプレイできるので、元にいた世界より便利だと思います。他人に見られることもないので、いずれ成人されたらエロゲも楽しめますよ」


 下品に笑っている女神……可愛いのに、好みなのにと残念に思う剛だったが、好みの子が変態であることは、逆に希少価値なのではと思ったりしていた。ただ、いまはそれよりもこの押し売りを断ることが先決だった。


「何を言われても、まだおもちゃは買いません!」


 子どもへの教育をしてるのかと剛は悲しい気持ちになるが、女神も食い下がる。


「こちらの店舗は、Gがたまってもすぐにオープンしない気まぐれ営業だから、買い時は、今ですよ」


 グイグイ押し付け合いの問答をしている間に、閉店の音楽が流れてきた。


「24時間営業じゃないの?」


「神の世界は営業時間があるんです。ホワイトなので。仕事終わりに立ち寄ることができる営業時間なの」


『あと30秒で閉店します。退店は自動で処理されますので、最後の1秒までお楽しみください』


「……なんか、大丈夫なの?」


 この店が消えてなくなる時に自分は消えてしまわないのだろうかと不安になる。


「大丈夫よ、そういうところはファンタジー世界だから気にしなくても。それよりも、この魅力分かった?」


「って言われても……」


 一応パッケージ裏の説明を見ると、文字は読めないところもあるが、紹介画像を見る限り、自分が知ってるような作ったりいじったりできる機能のあるキットだという印象を持てる。


「まぁ、興味はあるけど」


「じゃ、じゃあ買うよね?」


「うーん、生活に余裕ができたらね。この色あせ具合から、まだ数年売れ残ってるだろうし」


「だめだめ、初回来店特典なんだから、このあとは倍の値段になるよ、今買わないと!」


「倍って言っても、アップグレードキットなんてそんなに高くないでしょう?」


「何言ってるの、人気タイトルだし、自由にできるんだから安くないよ?」


 そういって女神は値札表を見せた。剛の目は1秒に100回くらい瞬きしただろうか、トンデモ価格だった。


「10,000,000G????」


「それの50%オフだから5,000,000Gね……あ、この世界消費税はないので、5,000,000Gポッキリだから安心して」


「あほか! さっき獲得した金額全てじゃねぇか! 買わん買わん、ぜったい買わない!」


「ぜ~ったい買って! この店の売り上げは自動的に神への懐に入るから、さっきのバグっぽいのもこれで帳消しされるし。そうすると私の査定に響かないかもしれないし、売れ残りも処分できるから、一石三鳥じゃん?」


 女神は早口で自分だけのメリットを捲し立ててるが、結局、剛にとって良いのか悪いのかわからない。いや、あまりいい話じゃなさそうだ。


「まて! 完全のお前のことだけで押し売りでしかない!」


 棚に押し返すにも、火事場の馬鹿力なのか、とはいえ女神という神のパワーか、剛が本気で嫌がっても押し返されて棚に置くことができない。


「5,000,000G付与なんて、神の最高位議会がなんて言うかわからないから、ここで全て使い切って、ね? ね? ね?」


「ね? って言われても、できないことはできない……し? あれ?」


 二人の問答で気が付けば、店へ閉店して、影も形もなく、何もない部屋に放り出されていた。手元には【神々の野望ーアップグレードキットー】だけがある。


「……おい女神。これは万引きしたんじゃないよな?」


 貧乏暮らしだったとはいえ、罪を犯すような、人の道を外れるようなことはしていない。できるだけ合法で物事を進めるのが剛の信条だった。コンビニや中古ゲームショップの店長が万引きで頭を抱える姿を見てただけに、絶対やりたくない犯罪の一つが万引きだった。


「それは安心して、ギリギリまで買い物できるのは、自動で引き落としされる機能があるからなんだ」


「……ステータス、オープン」


 まさか自分の残高を確認するために、初めて異世界ワードを口にすると思ってなかった。こういうのは初めては恥ずかしくなりながら言ってみたいものだった。


「ぐっ……」


 そこにあっと5,000,000の数字が、ベラベラバレっと音が聞こえてくるくらい高速で0に近づいて減ってるのが見える。桁数が多く、閉店後の処理が追いついてないのだろうか。


 そして、0になった。


『チャリーン、毎度ありがとうございました。次回は1か月後に開店予定。またのお越しをお待ちしております』と機械の音声で情緒も無く、0になった。


 剛は深いため息をして、気持ちを落ち着かせた。そしてチラっと女神に目を向けると、「よっしゃ」と使い切らせたことでガッツポーズを決めている。「世界のパワーバランスが崩れなくて済んだ」とも言ってる。


「本当にこのソフトは使えるんだろうな?」


 購入したからには無駄にしたくないのは当たり前だが、女神の回答は煽るものだった。


「知らない、だって私ゲームやらないし」


 若手の神とはいえ、17歳で色々辛酸をなめてきているとはいえ高校生男子では格が違ったのか、不良債権をまんまと売りつけることができたと思っている。剛は騙されたと思った。


「おい、せめて、転移者が標準でもらえる100Gを出せ」


 歯ぎしりをして自制していたが、当面生きれるための資金を思い出したので、何とか言葉を絞り出せた。


「それは……無理だね。だって私はお金持ってないし」


 剛は堪忍袋の緒が切れ、女神に襲い掛かった。


「金がねぇなら、女神の羽衣とか売れるだろう! 脱げ! 服を置いて消えろ!」


「や! ちょっと女神を襲う人間なんてどんな天罰をうけるかわからないから、やめなさいって!」


「じゃあ、1,000Gを置いていけ、出せ!」


「だから出せないって、ってかどさくさで桁が上がってんじゃないの!」


 この空間に『転移まで、あと10秒、9秒』とカウントダウンが始まっていた。


 前途多難な異世界生活2回目が始まる。

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