第3話 ヒトと妖怪

明くる朝、金槌の音が結菜を起こした。


朝10時、父と業者の方々が集ってこの家の修復活動が始まっている。私は昨日の帰りをよく覚えていない。コタローと再会したあと、どこか懐かしい気持ちに包まれて暗闇の底へ落ちていく感覚だけが残っている。


   あれは夢だったのか。


◻︎


「城守さん! 城守行信きもりゆきのぶさん!」


そう父の名を叫ぶ、老いぼれつつも張りのある声が聞こえた。


「あ、相楽さん! 来てくださったんですね、ありがとうございます。」


相楽十蔵さがらじゅうぞう、鏡水村の村長である。


そして彼ともう一人、傍に立っている少年。


「おや、その子は?」


「これは〜わたくしの孫、国康です………おい、自己紹介せんか!」


「……相楽国康です」


ふてくされた声色で、その子と私はちらりと目線が合った。私は咄嗟に目を逸らし隠れたため、彼の表情はわからない。


「へえ〜、娘と同い年なんですか〜。国康くん、学校が始まったら、結菜と仲良くしてね」


私は声だけを聞いていた、だから彼の返答など知るよしもない。ああ、もうじき学校が始まるんだ……


◻︎


3月末、数週間後には鏡水村立小学校に転入することが決まっている。わくわくと不安な気持ちで胸の中が波立っている。


昼時、ずっと奏でていた修復の音色が止まり、業者の方々や相楽さん二人、父とで昼食をとっている。


「父子二人でこれからたいへんでしょう?」


「まあ仕方ありませんよ、これからは二人でここで暮らさなくちゃいけませんから…」


父は悲しげな表情で語る。母、萌菜もなを亡くして、父の仕事の都合上引っ越ししなくてはならなかったから。


私はそんな輪より少し離れた石の上で、それを俯瞰するようにおにぎりを食べる。そうすると、何か近づいてくる。少年だ。


「なあ、なんで一緒に食べないん?」


「…べ、別にいいでしょ…」


そう私は言うと、彼は何も言わず私の隣に座り、持ってきたおにぎり二つを並べた。そのひとつを手に取り、何も言わず口にした。


「………」


その静の空間は続き、二人の間を春の風が吹く。そして、少し時間が経ってから……


「学校来たら、色々案内してやるからよ、絶対休むなよ!」


そう彼は顔を赤らめて言い、おにぎり一個を食べ切り、元の輪へ戻っていった。私の隣には、彼の置いたおにぎりひとつ残っている。


◻︎


さて作業を再開し、夕暮れ。今日だけでもかなり家は修復された。畳は綺麗に、穴が空いていた屋根は綺麗に……


相楽さんらも帰り、業者の方々も帰り、また家に二人。私は暗い中、よく見える星々を眺めている。


その様子をこっそりと大樹のうえで、見守る影。


萌菜もな、お前の娘なんだろ…彼女は…」


木の影に腰をかけながら、懐かしげに呟くコタロー。


◻︎


鏡水村北西部、闇に包まれる原始林の奥にそれはひっそりとあった。木々に覆い被され、今にも押し潰されそうな御屋敷。その中に、とある美しい女性がいた。


「ああ、なんて運命なんでしょ。我が子が産み落としたが再びこの地に舞い戻ろうとは……」


ぼこぼこにやられた人狼ブラザーズらはその女性の前に倒れている。その女性が肉体を切り取り、溢れ出た血を垂らす。


彼らは目の色が赤くなり、クイツクス……クイツクス……と何度も不気味に唸りだす。


「あなたたちには、ひとつ我がを持ってきなさい。さすれば、あなたたちの命は補償してあげましょう……」


そう命じると、グルル…と彼らは応じ、外へ出ていった。


「ヒトと妖が混じることなど…ありはせんのよ……萌菜」


密かに歯車は狂い始めていく------








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