第32話 夏コミ~Side黒~(後編)
オリジナルのエロ同人コーナーに移動する。
ここが、俺たちの戦場。
プロレベルの作品がずらり。
表紙が美しい。装丁も綺麗。
手に取って見る。ページをめくる。
……レベル、高すぎる。
コマ割り、演出、作画。すべてが、俺たちより上。
でも、落ち込んでる場合じゃない。
観察する。市場調査が目的。
売れてるサークルの特徴をメモする。
白石がスケッチブックを開いて、ポップのデザインを描き写してる。真剣な顔。
……白石、集中してるな。
俺もメモを取る。
ポップ。A4サイズ、カラー。キャッチコピーが大きい。キャラクターのイラスト。値段が見やすい位置に。SNSのアカウント。QRコード。
値段。500円~800円が多い。ほとんど500円か600円。
配置。表紙を立てかける。サンプル見本を開いて置く。お釣りを準備。値札を大きく。
「……見て、蓮。このポップ」
白石が言う。
「遠くからでも目に入るわね。人混みの中でも、ここにサークルがあるってわかる」
「……確かに」
俺も頷く。
白石がスマホでQRコードを読み取ってる。
「蓮、見て」
画面を見せてくる。サークルのSNSアカウント。フォロワー3万人。
「1ヶ月前からラフ公開して、2週間前に表紙、1週間前にサンプル。3日前にスペース番号告知して、当日の朝に挨拶……すごい。計画的に読者の期待を高めてる」
……なるほど。
これだ。俺たちに足りなかったのは。
作品を作るだけじゃダメ。知ってもらう努力をしないと。
白石は作画で手一杯だ。ネーム担当の俺のほうが余裕がある。
……これは、俺の仕事だ。
「あたしたちも、ちゃんとやらないと。次のコミティアまでに」
「……ああ。広報は俺に任せろ」
「広報?」
「SNS、宣伝、スケジュール管理。全部俺がやる」
「でも、あんただってネームで忙しいでしょ」
「ネームは締め切りまでに終わらせればいい。広報は毎日やることがある。白石は作画に集中しろ」
白石が少し驚いた顔をする。
「……本当にいいの?」
「俺たちはチームだろ。役割分担だ」
白石が、少し笑った。
「……ありがと」
「表紙ができたら送れ。投稿タイミングは俺が決める」
「うん」
「1週間前から毎日何かしら上げる。3日前にリマインド。当日にスペース番号告知。ポップも俺が原案作る」
「……わかった」
会場を見渡す。まだまだ見きれていないサークルがたくさんある。
「広いわね……全部回るの無理そう」
「……手分けするか」
俺が提案する。
「俺はこっち側を見てくる。白石は向こう」
「3時に、入口で待ち合わせ」
「……わかった」
白石と別れる。
一人になる。
……さっきは白石がいたから、なんとなく見づらかったけど。
足が自然と、二次創作エリアに向かう。
R18コーナー。
……市場調査だ。
手に取って見る。ページをめくる。
構図。演出。表情の描き方。
……すごい。勉強になる。
うん。勉強になる。純粋に、技術的な観点で見てる。
……本当だ。
ページをめくる。
女の子が感じてる顔。潤んだ目。開いた唇。
……うまい。表情の描き方が。
心拍数が上がってるのは、プロの技術に感動してるからだ。
気づいたら、買ってた。
次のサークル。表紙の女の子がかわいい。巨乳。
手に取る。ページをめくる。
……おっぱいの描き方がすごい。柔らかさが伝わってくる。
これは参考になる。白石に見せ……いや、見せなくていい。俺が研究すればいい。
買おう。
次。年上のお姉さんもの。
表紙から色気が溢れてる。誘ってる目。余裕のある笑み。
……年上ヒロインは王道だ。包容力。リード。甘やかし。年下男子を翻弄する姿は、ある種の母性の変形とも言える。
いや、母性とは違う。姉属性とも違う。年上の「女」としての魅力。経験値の差から来る余裕。それでいて、ふとした瞬間に見せる可愛さ。
……ギャップ萌え。なるほど。勉強になる。買おう。
次。後輩もの。
上目遣い。「先輩」という呼び方。慕ってくる純粋さ。
……後輩ヒロインもまた王道。年上お姉さんとは真逆のベクトル。守ってあげたくなる。導いてあげたくなる。そして、その純粋な好意に絆される。
健気さ。一途さ。先輩のために頑張る姿。
……これは庇護欲を刺激する。人間の本能に訴えかける属性だ。買おう。
次。幼馴染もの。
……幼馴染。最も身近な異性。家族のような距離感。でも、家族じゃない。
「昔から一緒にいた」という事実。積み重ねた時間。共有した思い出。それが恋愛感情に変わる瞬間。
……いつから意識し始めたのか。ずっと隣にいたのに、急に異性として見えてしまう。その戸惑い。葛藤。
関係が変わることへの恐怖。でも、このままじゃいられない。
……なるほど。幼馴染ものの本質は「変化」だ。買おう。
次。先生もの。
……いや、これ現実でやったら即逮捕だろ。児童福祉法違反。下手したら淫行条例も。懲戒免職。社会的に終わる。
でも、だからこそフィクションで需要がある。現実では絶対にできないからこそ、創作で消費される。これは社会の安全弁として機能してるとも言える。
……なるほど。買おう。
次。巫女さんもの。
……神社でこれは。建造物侵入罪と公然わいせつ罪の併合罪では。神職の方に見つかったら通報される。というか神様に見られてる。
でも、エロい。背徳感がいい。禁忌を犯す興奮というのは人間の本能に根ざしたものであり、これを創作で表現することには文化的な意義が……。
許されてる。売れてる。買おう。
次。サキュバスもの。
……なるほど。これは法律的には問題ない。相手は人間じゃないから。むしろ被害者は男の方だ。精気を吸われてる。サキュバスは捕食者であり、これはある意味でホラーとも言える。
買おう。
次。女騎士もの。
……勉強になる。女騎士が敗北して捕虜になる。「くっ、殺せ」からの展開。いわゆるクッコロ。
使い古されたテンプレだ。何百回と描かれてきた展開だ。
なのに、なぜこんなにも……また見たいと思ってしまうのか。
人類の業だ。
買おう。
ふと、隣のエリアが目に入る。
獣耳。しっぽ。毛皮。
……ケモナー、というやつか。
ちょっと覗いてみる。
……すごい熱気だ。専門のファンがいる。
表紙を見る。狼の獣人。猫の獣人。狐の獣人。獣耳と尻尾だけの、ほぼ人間に近いやつ。全身毛皮の、かなり獣寄りのやつ。
……四つ足?
四つ足で興奮できる人がいるのか。
いるんだ。たくさん。列ができてる。
……世界は広い。
俺の知らない性癖が、こんなにもある。
そしてそれぞれに、熱狂的なファンがいる。
……同人って、深い。
元のエリアに戻る。
気づいたら、紙袋がパンパンになってた。
やばい。歯止めが効かない。
……市場調査だから。プロの技術を研究するためだから。
誰に言い訳してるんだ、俺は。
いや、言い訳じゃない。事実だ。
……半分くらいは。
オリジナルのエロ同人コーナーにも寄る。
ここは完全に市場調査。競合分析。
……うん。競合分析。
表紙を見る。どれもエロい。レベルが高い。
手に取る。ページをめくる。
シチュエーションがいい。絵もうまい。エロい。
……買おう。
次。これもいい。買おう。
次。これも……。
気づいたら、紙袋がもう一つ増えてた。
財布が軽い。でも後悔はない。
……市場調査だから。
3時。入口で白石と合流。
白石も紙袋を抱えてた。
「……あんた随分買ったわね」
「……お前もな」
お互いの紙袋を見て、苦笑する。
「……市場調査だから」
「……そうだな、市場調査」
夕方。ビッグサイトを出る。
疲れた。でも、充実してる。
リュックにはメモがぎっしり。そして、紙袋。
「……すごい勉強になったな」
「……そうね」
「ポップ、ちゃんと作らないと」
白石が言う。
「あたしが描くわ。A4サイズ、カラー。キャッチコピーも考える」
「……ああ」
「SNSもちゃんとやりましょう。Pixivに表紙とサンプル上げる」
「……俺も、なろうに書いておく」
「『コミティア参加します』って」
白石が笑う。
「いいわね。サークル『黒白』」
……次のコミティアで、結果を出す。
4冊じゃなくて、もっと。
りんかい線に乗る。
電車は空いてる。座席に座る。
白石と並んで座る。
白石が眠そうにしてる。
「……疲れたか?」
「……ちょっとね」
白石の目が閉じていく。
……寝そうだな。
しばらくして。
白石の頭が、俺の肩に。
……!
寝てる。
白石の頭が、俺の肩に寄りかかってる。
動けない。
起こすべきか?
でも、起こしたら……なんか、気まずい。
そのままにしておく。
白石の髪の匂い。シャンプーの香り。
……いい匂い。
体温が伝わってくる。温かい。
近い。
……なんで、こんなにドキドキするんだ。
白石は完全に寝てる。気づいてない。
俺だけが、意識してる。
窓の外を見る。夕焼けの空。
……今日は、いい一日だったな。
市場調査、成果があった。
ポップの作り方、わかった。
SNS戦略も、わかった。
次のコミティアで、結果を出す。
そして。
……白石と、一緒に。
白石の寝顔を見る。穏やかな顔。
……白石と、一緒に作った本。
次は、もっと売りたい。
たくさんの人に、読んでもらいたい。
駅に着く。
「……白石」
起こす。
「着いたぞ」
「……ん」
白石が目を開ける。
「……ごめん、寝ちゃった」
「……いや、いい」
白石は気づいてない。
俺の肩に寄りかかってたこと。
……言わなくていいか。
駅で別れる。
「……今日はありがとう」
「……ああ」
「市場調査、成果あったわね」
「……そうだな」
「次のコミティア、頑張りましょう」
「……ああ。それと」
白石が足を止める。
「コミティアで結果出せたら、冬コミ、出そう」
白石が目を丸くする。
「……本気?」
「まだ4ヶ月ある」
白石が少し考える。そして、笑った。
「……そうね。目標は高い方がいい」
白石が改札を通っていく。
俺も反対方向へ。
帰り道。
さっきの感覚が、まだ残ってる。
白石の髪の匂い。体温。近さ。
……なんで、あんなにドキドキしたんだ。
市場調査に来ただけなのに。
……よくわからない。
でも、嫌じゃなかった。
むしろ……。
首を振る。
考えすぎだ。
家に着く。
紙袋を見る。同人誌がぎっしり。
……まあ、俺は隠す必要ないか。
母さんは俺が同人活動してること知ってるし。
玄関を開ける。
「おかえり、蓮」
「……ただいま」
「あら、何買ってきたの?」
母さんが紙袋を見る。
「……同人誌。市場調査」
「ふーん。勉強に支障がないようにね」
「……わかってる」
「夕飯、できてるわよ」
「……ああ」
自室に戻る。
紙袋を机の上に置く。
……市場調査の成果。
スマホを見る。白石からメッセージ。
『今日はありがとう
すごい勉強になった
次のコミティア、絶対結果出そうね』
『ああ
ポップとSNS、ちゃんとやろう』
『うん』
……白石と一緒なら、大丈夫。
次は、4冊じゃない。
もっと、たくさんの人に読んでもらう。
決意を新たにする。
でも、心のどこかで。
さっきの感覚が、ずっと残ってる。
白石の温もり。
……なんなんだ、これ。
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ライバル優等生とエロ漫画描いたら恋に落ちた @hoshimi_etoile
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