第25話 父との約束
――辺境伯様達に見送られて、領都コーダを出発してから3日後。
私とアレクは無事、メロディア村に戻ってきた。
セシリア様やメイドの方達とのお喋りは楽しかったし、すごく良くしてもらって快適だったんだけど、この見慣れた風景にホッとする自分がいる。
我が家に近づいていくと、自然と顔が綻んでいくのが自分でもわかって……。
「お父さん、ただいま!」
家の裏手で薪割りをしていた父に、つい子供みたいに駆け寄ってしまった。
私の声に気付いた父が、驚いたように振り返る。
私に気付いた途端、いつもは
「アリア!無事で良かった……。おかえり」
父も私の方に駆け寄ってきて、力強く抱きしめてくれた。
父の心からどっしりとした低音のコントラバスが聴こえてきて、安心感で気が緩んでしまう。
セシリア様と辺境伯様の仲良しな様子を見ていたからね。
私もちょっとだけ……お父さんに甘えたくなったんだよね。
……本当にちょっとだけだけどね。
「大丈夫だったか?怪我とかは無いようだが、ひどい扱いを受けたりしなかったか?」
「うん、大丈夫だったよ。辺境伯様にも、娘さんのセシリア様にも、すごく良くしてもらっちゃった」
父が私の頭を撫でて、嬉しそうに「そうか」と一言つぶやくと、アレクの方に向き直った。
「アレク殿もありがとう。アリアの事をずっと守ってくれていたんだろう?本当に感謝する」
深々と頭を下げて、父がアレクに感謝を告げる。
アレクはそんな父を見て、少しだけ寂し気な音を奏でていて……。
「とんでもない。道中は平和そのものでしたし、アリアのおかげで、俺まで辺境伯様に歓待されてしまいましたよ」
寂し気な音が幻だったかのように振舞うアレクだったけど、私は、それを彼に聞くことは出来なかった。
代わりに、精一杯の笑顔と感謝を伝えようと思う。
「アレクさん、私のワガママに付き合ってくれてありがとうございました。おかげで、とても素敵な経験が出来たし、素敵な友人もできて……本当にありがとう!」
そんな私の心の内を見透かしたように、苦笑いでうなずくアレク。
「俺が決めた事だからな。お前の騎士になると決めたんだから、何処までも付いていくさ」
重厚なチェロを響かせて、アレクはそう言ってくれる。
確かに、私の騎士になると宣言してくれたけど、振り回していい免罪符ではないよね。
今回は辺境伯様の呼び出しだったから断れなかったけど、次の依頼があったら、きちんとアレクと相談しないと。
「さあ、長旅で疲れただろう。まずは家の中に入って、くつろいだ方が良い」
そう言って家の中に入るように手招きする父。
だけどアレクは、一度宿に戻って馬を休ませたいと言って、宿へと戻ってしまった。
父は再度感謝を伝えて、私と一緒にアレクを見送る。
アレクには、本当に助けられたなぁ……。
そう考えながら、久しぶりの我が家に入ると感じる木の温もりと、安心するいつもの匂い。
家を離れて10日に満たない程度だったけど、いつもの椅子に座った途端、体から力が抜けていく。
あ〜……もう動きたくない……。
テーブルに体を投げ出すようにして、突っ伏してしまう。
「疲れてるようだな。話を聞きたいところだが、今日はもう休んだ方がいい」
父が温かいお茶を淹れてくれて、休むように言ってくれる。
本当は色々聞きたいんだろうけど、私の体調を優先してくれるのはありがたい。
「お言葉に甘えて、ちょっと休んでくるね。荷物は後で片付けるから、そのままでいいかな?」
私はそう言って、荷物もそのままに部屋へと向かう。けど、やっぱり感謝を伝えておこうと思って振り返る。
「あ、そうだ……お父さん。今回、領都に行かせてくれてありがとう。私、今回の旅で、たくさん成長できた気がする」
コーダの街までの旅路も、お城での経験も、セシリア様との友情も。今回の旅は盛りだくさんだった。
振り返って思い出すと、ふっと口元がゆるんでくる。
「話したい事がたくさんあるんだ。いっぱい聞いてね」
「ああ、わかったよ。まずはおやすみ」
父の労わるようなコントラバスの音色に揺られて、夢の世界へと旅立ったのだった。
その日の夕方に目が覚めた私は、久しぶりに自分のベッドで寝たおかげか、だいぶ元気を取り戻していた。
お城のふかふかふわふわのベッドもすごく良かったけど、やっぱり自分のベッドが落ち着くね。
居間に顔を出すと、父が夕食の準備をしているところだった。
いい匂いがする。山菜の香りも混じっているから、今日のメニューは山菜たっぷりのシチューかな?
父は、匂いに釣られてフラフラと部屋から出てきた私に気付いたようで。
「起きたか。体調はどうだ?夕飯はシチューだが、煮込むのにまだ時間がかかる。もう少し休んでていいぞ」
いつもよりよく喋る父からは、コントラバスの他にピッコロの軽快なリズムが聴こえてくる。
ふふっ、私が帰ってきて、喜んでくれてるんだね。
あまり感情を出してくれないから、このチカラに目覚める前は知らなかった。
今も、心の音が聴こえてなかったら、ちょっと不機嫌かも?って考えたかもしれない。
心の音を聴けるようになって、たくさんいい事があった。
けれども、こうやって父の愛情を感じられるのが、一番良かった事かもしれない……。
「ぐっすり寝たから元気になったよ。それより、私も手伝おうか?」
「いや、いい」
おや、もうお喋りな父から、いつもの寡黙な父に戻っちゃったみたい。
でもこれも、心配と愛情の音を奏でているから、私の体調を心配した優しさだとわかるけどね。
以前だったら、ここまで父が心配性だったなんて、気づかなかったよ。
今も「座って待っていろ」なんて、一言だけしか言わないんだもん。
辺境伯様とセシリア様の親子ほどじゃないけどさ、うちの親子関係も下手したら
アレクもそうだった。なんで男の人って、ちゃんと言葉にして伝えてくれないんだろう?
そういえば、お母さんはどうだったんだろうか?
心の音が聴こえていなくても、父の言いたいことがわかってたのかな……?
つらつらと、益体のない事を考えていると、夕飯が出来たようだ。
テーブルに並ぶ父のお手製料理は、温かくて、安心する味で……。
二人で夕飯を食べながら、今回の旅の事を話した。
領都コーダに着くまでの出来事も、コーダに着いて、城壁の大きさに驚いた事。
ものすごく緊張した辺境伯様との初対面も、セシリア様との楽しかったお喋りの事も……。
夕飯を食べ終わって、後片付けをしている間も、居間に戻ってくつろいでいる間も、私はずっと父に話し続けていた。
娘の長話をちゃんと聞いてくれる父の心は、いつだって温かくて、安心できるコントラバスの音を響かせている。
この音から離れるのは寂しい。
もう少し聴いていたくて、私はお喋りを続けていた。
でも、もう外の空には2つの月が、中天で輝いていて……。
私が悩んでいても、あの美しい月はいつだって変わらずにそこにある。
親子の愛情も、変わらずに在り続けていくものだろうか……?
まだ私にはわからないけど、腹をくくることにした。
「お父さん……。私、王都に行ってみたい。このチカラ……。私が授かったこのチカラが何なのか、王都に行けばわかるかもしれないんだ」
こんなに好き勝手する娘を、父はどう思うんだろうか?
しかも、今度はこの領地を飛び出して、遥か遠い王都への旅路。
何を考えているんだと怒られるかもしれないし、呆れられるかもしれない……。
見放されることは無いと思うけど、父の反応が怖い。
「王都に……」
父はそうつぶやくと、腕を組んで俯きながら沈黙してしまう。
心の音は、相変わらず低音で低く響き渡っている。怒っている感じはしないけど、元々低音だった音がどんどん低くなっていく……。
もう、どんな音かわからなくなってしまった。
……これは、どんな気持ちなんだろう?なにか深く考え込んでいるんだろうけれど、待たされるこっちは生きた心地がしない。
せめて何か言って欲しいと思っていると、ふと父が顔をあげた。
「それは、王都じゃないと駄目なのか?」
父のコントラバスが、また聴こえるようになった。でも、その音には深い悲しみと、困惑が混じっている。
「うん。辺境伯様に教えてもらったんだけど、私のこのチカラは、500年前にいた【調律師】と呼ばれる人たちと同じなんだって。そして、王都にその調律師について研究している学者さんがいるそうなの。その人に相談すれば――」
「母さんは……」
父が、私の言葉を遮って、ぼそりと呟いた。
「……母さんなら、どうしただろうかと考えていた」
腕を組み、俯きながら、何かに堪えるように言葉を絞り出している。
「いつも笑顔で、前向きで、愛情深かった母さんなら、娘が離れていくのを寂しがって、行くなと言っただろうか?……いや、きっと、お前の背中を押しただろうな」
父が俯いていた顔を上げた。その目には、寂しさや哀愁なんかが写っていたと思う。
けれど、口元には笑みが浮かんでいて……。
低音のコントラバスに、温かなヴィオラの音が重なった。それは、辺境伯様がセシリア様の事を理解した時の音色のようで。
「行くなと言いたい気持ちもある。道中の危険もそうだし、都会には危険がたくさんあるだろうからな。でも、そんなのは言い訳だ。ただ、自分が寂しいだけで――」
父は、その
「お前も、もう17才だ。立派に育ってくれて、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ。そんなお前が望むなら、行っておいで。父として応援する」
「お父さん……ありがとう!」
心の中でたくさん葛藤していたのに、最後は私の事を信じてくれた。
自慢の娘だと言ってくれた。
なら、この気持ちに恥じない自分でいようと思う。
私は嬉しくて、父に抱きついた。
「ただし、行くときはアレク殿と一緒にだぞ」
「もちろん、わかってる」
その言葉を聞いて、父が優しく微笑んだ。
コントラバスが少しの寂しさと、誇りを奏でている。
月明かりの下、私たちは今までの思い出話をたくさんした。
離れがたい気持ち。これで良いんだという誇らしい気持ち。
父と心を通わせながら、いつまでも話は続いていた――。
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