第26話 胡散臭い行商人

 時は少し遡って――アリア達が領都コーダを出発した頃。


 メロディア村にある唯一の酒場に、見慣れない客がやってきた。

 木造りのカウンターに陽光が差し込んで、昼下がりの空気を金色に染めている。


 

「エールをひとつ」


 手短に注文した男は運ばれてきたエールを受け取ると、さりげなく周囲を見渡した。


 

「和やかでいいところですね、この村は」


 店主に話しかけながら、周りの村人にも聞こえるような絶妙なトーンで声を張る。


 

「ああ、いい村だろ?特に目立った特産品なんかは無いが、土が良いんだ。ここで育った麦も野菜も味は保証するぜ」


 店主がちょっと誇らしげに胸を張りながら、カウンターに座る男に応える。


 

「ほう!土が栄養満点なんですね!ここいらは山も近いし、水も豊富ですもんね。それは、エールが旨いわけだ!」


 男は上機嫌にエールを飲み干して、カウンターにグラスを置く音を響かせた。


 

「もう一杯!」


 その様子を見ていた村の男たちが、興味深げに近づいてくる。


 

「旅人さん、いい飲みっぷりじゃねえか!この村のエールは旨いだろう?」

 

「いやぁ、こんなに旨いエールには滅多に出会えませんよ。喉越しも良くて、すっきりしている。井戸水で冷やしているんですかね?しっかり冷えていて、それがまたいい塩梅ですねぇ」


 豪快に笑いながら話しかけてきた厳つい村人に、人懐っこい笑顔を浮かべながら男が返す。


 

「兄ちゃん、わかってるじゃねえか!なあマスター?」

 

「ああ、そんなに褒めてもらえると嬉しいねぇ。兄さんは商人なのかい?この国の人間じゃないだろう、東方の国から来たのかい?」


 店主も上機嫌で男の世間話に乗ってくる。


 

「ええ、行商で各地を回って売り歩いていますね。東方商業都市国家から来てるんで、珍しいものもありますよ?もう残りも少ないですけど、香辛料なんかも扱ってます」


 男はまるで舞台俳優のような芝居がかった調子で、身振り手振りを交えながら話している。酒場に居る全員に語りかける声は、不思議と騒がしい室内でもよく響いた。


 

「東方の商人がこんなとこまで来るのは珍しいな。何か目当てのものでもあったか?」

 

「目当ての物というより、噂で聞いた人に会ってみたいと思いましてね。それで、この村に寄らせてもらったんですよ」

 

「噂の人間って、アリアのことかい?」


 店主も厳つい村人も、噂の人物と聞いて、一人の少女を思い浮かべた。


 

「そうです!そのアリア・カンタービレさんの噂を聞きまして、是非一度お話を聞かせてもらいたいと思ったんですよ」


 いつの間にか集まってきていた村人達が、そわそわと騒めきだす。

 嫌な感じじゃなく、目を輝かせて、誰かに自慢したくて仕方がないといった雰囲気をありありと出してきている。

 その中の厳つい村人が豪快に笑いながら、男の背中をバシバシと力強く叩く。


 

「やっぱりそうか!俺ぁ、グスタフっていうんだが、アリアには俺も助けられたんだよ。いやぁ、アリアの評判もどんどん広がってるな!」


 背中を叩かれて咳き込みながらも、男は嬉しそうに笑顔を振りまいている。

 グスタフの言葉を皮切りに、周りの村人達も騒ぎだす。


 

「そうそう。あの子はとても良い子でね。昔は大人しかったんだが、今では人助けであちこちを飛び回ってるよ」

 

「隣の村では大活躍だったそうだぞ。地主が直接お礼に来てたよな」

 

「いつの間にか大きくなってよぉ、あの娘の母親に似てきて、美人になったよな」

 

「そういえば、ここ何日かアリアを見かけないけど、また何処かへ行ってんのか?」

 

「この前、ご領主様の馬車が来てただろう?アリアはご領主様に呼ばれて、コーダに行ってるよ」


 村人達は男の存在を忘れたように、アリアの話で盛り上がる。

 しかし、男は騒がしい村人達の言葉を、目をギラつかせて聞いていた。


 

「ほう!ここのご領主様に呼ばれたんですね!それはなんとも凄い事だ!アリアさんの噂は本当なんですね」


 その言葉を聞いて、グスタフは機嫌良く喋りだす。


 

「おうとも!アリアのチカラは本物だ。そういや、あんたの名前はなんていうんだ?いつまでも『あんた』じゃ話しにくいぜ」


 グスタフがそう言うと、待ってましたとばかりに男は立ち上がり、芝居がかった仕草で一礼する。


 

「これは失礼。僕はヴィヴァーチェ・リコといいまして、東方商業都市国家から来た、しがない商人です。僕、アリアさんの話を聞きたくてここまで来たんですけど、もっとアリアさんの話を教えてもらってもいいですか?」


 両手を広げ、舞台俳優のように大袈裟な身振りで村人達に問いかけるヴィヴァーチェ。

 その言葉を聞いて、店主もグスタフも他の村人達も、口々にアリアの活躍を語りだす。辺境の田舎で、こういった話題は一番の娯楽だ。


 みんな村の外の人間にアリアの事を話したくて仕方がなかったのだ。それを聞いているヴィヴァーチェも聞き上手な様子で「それは凄い!」とか「ほうほう、それで?」などと、相槌を入れながら話を引き出している。

 愛想よく話を聞いているヴィヴァーチェが、ふと小さく呟いた。


 

「……これは、大金が稼げるかもしれない」


 笑顔の裏で、オリーブグリーンの瞳が鋭く光る。


 

「うん?なんか言ったか?」

 

「いいえ、何も」


 誰にも気付かれないうちに、人懐っこい笑顔に戻る。

 その後も酒場に居る村人達と酒を酌み交わし、語り合い、ついにはアリアが帰ってきた時に、紹介してもらう約束まで取り付けていた。


 ――計算通り。ヴィヴァーチェは、ニヤリと密かにほくそ笑んだ。


 笑顔の裏で、彼は焦っていた。

 なにせ、借金がある。

 50ソル――金貨50枚もの途方もない借金が。


 アリアの評判を聞いて、良い儲け話になると思って飛んできたのだ。

 正直、半信半疑だったが、村人達の話を聞く限りは期待していいのかもしれない。


 この少女の力を上手く使えば、きっと大金が稼げる。

 いや、待て。まずは、本当に力があるのか確かめないと。

 このままじゃ本当にまずい。

 いつ、借金取りが押しかけてくるかわからないのだ。


 

「アリア・カンタービレ……頼むぞ、本物であってくれ……」




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