第24話 王都への決意
「えっ?王都……ですか?」
いきなり出てきた王都という言葉に、びっくりしてしまう。
「そうだ。以前、王都で調律師について研究している学者が居ると、耳に挟んだことがある。その人物に聞けば、調律師の事を詳しく聞けるだろう。もしその学者に会えなくても、王都で探せばここよりもっと沢山の本がある。調律師の情報も色々と調べられるだろう」
王都……。
一度は行ってみたいと考えてはいた。
憧れもあったけど、自分のチカラの秘密を知ることが出来るかもしれない。
その事に、胸が高鳴る。
「行って……みたいです」
私は、辺境伯様を見て言った。
「私のこのチカラが何なのか、何のためにこのチカラがあるのかを、知りたいです」
私の言葉を聞いて、辺境伯様が優しく微笑んでくれる。
「そうか。ならば――」
辺境伯様が、引き出しから小さな箱を取り出した。
「これを持っていきなさい」
箱を開けると、中には美しいペンダントが入っていた。
銀の鎖の先に揺れるペンダントは、静かに存在感を放っていた。
ペンダントの周りには、深い海を閉じ込めたようなサファイヤが、光を受けて静かに輝いている。
そして中央には、ピアニッシモ辺境伯家の象徴たる紋章が刻まれていた。
……と、とてもじゃないけど、私のような田舎娘が持っていていいものじゃないと思う。
すごく高そうだし、もし無くしたりしたら大変だ……。
「こんな立派なもの……。私には、とてもじゃないですけど、受け取れません」
辺境伯様のご厚意だったけど、怖くなってとっさに拒否してしまう。
しかし、辺境伯様は厚意を断られたにも関わらず、優しく微笑みながら私の手を取ると、ペンダントをそっと手の平の上に置いた。
「アリア嬢。これは、ペンダント自体にもそれなりの価値はあるが、ピアニッシモ辺境伯家当主の後ろ盾があるという証になる。王都までの道中は当然だが、王都でも何か困った事があれば、これを見せるといい」
渡されたはいいが……本当に受け取ってしまっていいものかと悩んでしまう。
そんな私に、アレクがそっと助言してくれる。
「アリア。ホスタ殿のご厚意を受け取ってもいいんだ。お前からすると高価なネックレスに尻込みしているんだろうが、辺境伯家の後ろ盾の方がよっぽど価値があるものだ。気安く渡すモノではないし、これを断るのは失礼にあたる。庇護を与えた者に何かあれば、全力で守るという証で、光栄なものだ。アリアが胸を張って受け取っていいんだ」
そ、そうなんだ……。辺境伯様から後ろ盾を貰うって、凄いことなんだね。
「あ……ありがとうございます、辺境伯様。こんなに良くして頂いて……」
私はペンダントをそっと胸に当てて、辺境伯様にお礼を言う。
辺境伯様の心から、娘を心配する父親のような、そんな優しい音が聴こえてくる。
「気を付けて行ってくるのだぞ。そして、いつでもここに戻ってきたらいい。私も、セシリアも歓迎するよ。もうここは、君の帰る場所のひとつなのだから」
城の正門前で辺境伯様とセシリア様、そしてエドワードさん達が見送ってくれた。
辺境伯様のヴィオラとセシリア様のコルネットが、美しいけど少し哀愁のある二重奏を奏でていて――別れを惜しんでくれているのが、伝わってきちゃう……。
私もとても楽しかった。
皆さんがとっても優しくて、暖かくて……。この城に居る人たちを大好きになってしまった。
「アリア、もう行ってしまうのね……。もっとお喋りを楽しみたかったけれど、引き留めたくなるのは、私の我儘ね。また今度会いましょう。次はもっとたくさん話を聞かせて欲しいわ。王都の話が聞けるのを楽しみにしてるわね」
セシリア様が、目元を赤くしながら別れを惜しんでくれる。ああ……その言葉を聞いて、私も泣きそうになっちゃう。
でも、セシリア様も笑顔で別れようと、泣くのを我慢している。
私も笑顔でお別れしたい。がんばれ、私の涙腺!
「本当なら、王都まで送ってやりたいところだが、騎士を派遣するわけにもいかなくてね……。無事に王都に着いて、アリア嬢の目的が遂げられることを祈っているよ。アレク殿も、どうかご無事で。アリア嬢をよろしく頼む」
辺境伯様はそう言って、私とアレクに手を差し伸べて握手を交わしてくれる。
私達と握手を交わした後、彼はエドワードさんの方をちらりと見て「エドワード、例の物を」と手を伸ばす。
エドワードさんは恭しく頭を下げた後、懐から革の袋を取り出して、辺境伯様に差し出している。
あれは何の袋だろうか?私が不思議に思っていると、辺境伯様はエドワードさんから袋を受け取った。
そして、それを私に手渡してきて……。
「これはささやかだが、受け取って欲しい。今回の依頼に対する正当な報酬だ」
手渡された袋は、しっかりと重さを主張していて、じゃらりと金属のこすれる音が耳に刺さる。
あ、これはお礼のお金をいただけたんだな。王都までの路銀が心配だったから、これはありがたい。
あんな立派なペンダントを頂いて、こんなお金まで貰ってしまっていいんだろうか?なんて考えも浮かんでしまう。
けど、ここ数日の経験で、こういった厚意は素直に受け取った方がいいと学んだ。ここは、しっかりと辺境伯様にお礼を言って、素直に受け取ろうと思う。
「ありがとうございます。あんな立派なペンダントをいただいたのに、こんなお礼までいただいて――」
お礼を言いながら手元を見ると、少し開いた袋からちらっと中身が見えた。
その袋の中に金色の輝きが目に映った。
――――ヒュっと小さく息を呑む。
袋の中に入っていたのは、金貨だった。
……き、き、金貨なんですけど……こ、こんな枚数の金貨なんて初めて見たんですけど……。
チラッと見えただけでも、5枚以上ある。
え?お父さんの稼ぎが1年でだいたい50ルナ(銀貨)くらいだから、えぇっと……5ソル(金貨)?
――て事は、お父さんの1年の稼ぎより多いってこと!?
袋を持つ手が震える。
銅貨か銀貨だと思ったのに、まさか金貨なんて……。
あわわ……ど、ど、どうしよう。こんな大金をいただくなんて怖いけど、辺境伯様に返すのも不味いよね……?
思わず涙目の情けない顔でアレクの方をちらっと見てしまう。
彼は察してくれたようで、「大丈夫、受け取っておけ」とでも言う感じに、私を見ながら小さく頷いた。
そうだよね……ご厚意は、受け取るのが礼儀だもんね。
私は、金貨の重みに尻込みしながらも、精一杯の笑顔で辺境伯様にお礼を伝える。
「あ、ありがとうございます、辺境伯様。ペンダントもいただいたのに、こんなお金までいただいてしまって……」
「そんな事はない。アリア嬢にはこんなものでは返せない恩を受けたからね」
そう言うと、辺境伯様は私の方にすっと近づいて、耳元で小さな声で囁いてきた。
「本当はもっと渡したかったんだが、これ以上はアリア嬢の迷惑になると、エドワードに止められてしまってね」
ちらっとエドワードさんの方を見て、苦笑いを浮かべている。
辺境伯様のヴィオラが、いつもの温かい調べで響いているけど、ちょっと残念な気持ちのピッコロの調子が混じっている。
エドワードさん……。ナイスフォローです!
「アリア、私からはこれを贈らせて貰うわ」
辺境伯様と入れ替わりで前に出てきたセシリア様が、美しい装飾がされたペンを私に見せてくれる。
深い海の色を閉じ込めたような軸には、細やかな掘り込みで装飾が施されていて、持ち手のところにピアニッシモ辺境伯家の紋章があった。
「インクと便箋と封筒も用意してあるわ。これで、王都に着いてから手紙を送ってくれたら嬉しいわね。もちろん、娘を心配するアリアのお父様にもね」
セシリア様は私の手を取ると、ペンをそっと手の上に置いた。
そして、自分の手を乗せて包み込むように握りながら、優しく微笑む。
あぁ、なんて優しいひとなんだろう。
確かに、私が王都に行ったら、お父さんはずっと心配するよね。
わかってたつもりで、わかってなかった。無事を知らせるために手紙を書く。自分の事ばかりで、そんな事も頭に無かった。
教えてくれたセシリア様に感謝しなきゃ。
「ありがとうございます、セシリア様。王都に着いたら、すぐに手紙を書きますね。それと、うちのお父さんの事まで考えてくれて……」
私がうまく感謝の気持ちを伝えられずにいると。ふっと微笑んだセシリア様が、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「がんばってね」
耳元で囁いて離れていく。彼女の心から、明るくて柔らかいコルネットの音――友情と感謝を奏でてくれている。
「また会いましょうね、アリア。王都に無事に着いて、素敵な出会いがある事を祈っているわ」
「アリア嬢。キミならきっと大丈夫だ。ただ、無理だけはしないようにな」
親子揃って、親愛の音で包み込んでくれる。
この出会いに感謝を込めて、深々と頭を下げた。
「辺境伯様、セシリア様、そして皆さんも……ありがとうございました」
アレクが馬に跨って、こちらに手を伸ばす。
彼も、辺境伯様とセシリア様に感謝と別れを告げていた。
私の知らないところで、色々と動いてくれていたようだから、彼にも感謝しかない。
「さあ、行くぞ」
私はアレクの手を取って、引っ張り上げてもらう。
太陽の温かな日が差す中、馬はゆっくりと歩き出す。
ふと振り返ると、みんなが手を振ってくれていた。
セシリア様の笑顔。辺境伯様の優しい眼差し。従者の方々の温かい笑顔。
お城全体が、温かな心の音で満たされているよう。
そんな幸福感に包まれて、私は大きく手を振った。
「行ってきます!」
馬の歩みと共に、城が遠ざかっていく。
耳に聞こえてくるのは、リズミカルな蹄の音と風にそよぐ木の葉の音。
でも、みんなの温かな音は、まだ私の中に息づいていて――。
その幸せな余韻に、目を閉じて身を委ねた。
――同じ頃、メロディア村に一人の男がやって来た。
年の頃は30歳前後。
背は高くもなく低くもなく、太っているわけでも痩せているわけでもない。
特に特徴のない背格好。派手だが清潔感のある服に身を包み、何が楽しいのか、ニコニコと愛嬌を振りまくように笑顔で歩いている。
ペリドットのようなオリーブグリーンの瞳が、周囲を観察するようにせわしなく動く。
明るい茶色の髪は軽くウェーブしていて、こちらも手入れをされて清潔感がある。
怪しいけれど、どこか憎めないような雰囲気のある男が、メロディア村の入口で立ち止まる。
「ここが噂のメロディア村か」
入口の看板を確認すると、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべて歩き出した。
ここにアリアが居たら、すこし驚いただろう。
男の心から、軽快なトランペットのセッションが聴こえてくる。
その複雑な音色は即興的で、予測不可能。
明るいメロディの裏に、不安のビートが刻まれていた。
派手な服装なはずなのに、なぜかそこに居ても違和感がないその男が、長閑なメロディア村を歩きながら呟く。
「アリア・カンタービレ……人の心の音を聴く少女……」
ニコニコと笑みを浮かべながら荷馬車を引くその男の瞳が、キラリと光りを反射した。
「これは、ひと儲けの匂いがしますね……」
あくまでも自然体に振舞う男は、軽快なトランペットを吹き鳴らしながら、村の酒場へと消えていった――。
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