第23話 調律師の謎

 ダイニングに着くと、辺境伯様とアレクが歓談しているのが見えた。


 昨日は楽しくお酒を飲んだんだろうね。

 二人の距離が近づいていて、友人のような気やすさが感じられる。

 辺境伯様のヴィオラとアレクのチェロが、仲良く心地よいデュオを奏でていて、なんだか楽しそう。


 

「アレク様、こちらにいらしてたんですね。この時間に挨拶となってしまい、申し訳ございません。何か不便はございませんでしたか?」


 セシリア様は、まずはアレクに挨拶をしていた。

 アレクもその挨拶を受けて、にこやかに返事をする。


 

「お気遣いありがとうございます。皆さんによくしていただいて、なんの不便もありませんでしたよ。昨夜は、ホスタ殿と良い時間を過ごさせていただきました」

 

 いつの間にか辺境伯様の事を名前呼びになっている。

 ホスタ殿、だって。

 なんにせよ、仲良くなったのは良いことだよね。


 

「辺境伯様、アレクさん、こんにちは」


 私も二人に笑顔で挨拶をする。

 辺境伯様が手を繋いでいる私達を見て、ちょっと驚いた後にすごく優しい顔でニコニコしだした。


 

「アリア嬢、セシリアととても仲良くなってくれたようだね、ありがとう。セシリアが居たから大丈夫だと思うが、何か不便はなかったかな?」

 

 辺境伯様のヴィオラが、オーケストラのように高らかに響いている。

 いやはや、本当にこの人はセシリア様が大好きなんだね。


 

「不便なんて、一つもありません。皆様がたくさん気を遣ってくれて、ゆっくりと過ごさせてもらいました。あれからずっとセシリア様とお喋りして、とても楽しく過ごさせてもらっています」

 

 私も心からの感謝を伝えたいと、100%の笑顔で返してみた。

 すると、辺境伯様は好々爺のように目尻を下げて、うんうんと頷いている。


 

「お父様、お昼を皆で一緒にいただくのでしょう?私、お喋りし過ぎてお腹がペコペコですわ。アリア、私の席はあそこだから、隣にいらっしゃい」


 セシリア様が、私を連れて行ってくれる。

 大きなテーブルの上座に辺境伯様が座っていて、辺境伯様から見て左手側にアレクが座っている。

 セシリア様は反対の右手側の席に着座した。

 ちなみに、私はセシリア様の隣の席だ。


 上座から皆を見渡したあと、マナーを知らない私に合わせてくれたんだろう。辺境伯様は、敢えて気楽な感じで話し出した。


 

「それでは、皆で昼食をいただくとしよう。アレク殿、アリア嬢、遠慮なく食べて欲しい」

 

 それを合図に、昼食が運ばれてくる。

 とても美味しそうな昼食をいただいてる間も、ずっとセシリア様とのお喋りは続いていて。

 辺境伯様もアレクも、会話に入り込む隙間も無かった。

 辺境伯様からは、ちょっと困惑した心の音が聴こえてくる。


 アレクに至っては……呆れたと言わんばかりの音。


 ごめんね?でも今は聴こえないフリさせて欲しい。どうにもお喋りが止まらないんです。

 開き直った私は、それらを聴かなかったフリをして、セシリア様とのお喋りに花を咲かせた。

 やがて、昼食が終わったタイミングで、辺境伯様が改まって話を振ってきた。


 

「アリア嬢、君のそのチカラ……。その能力について、伝えたい事がある。この後、書斎まで一緒に来てもらっても良いだろうか?」


 私の、このチカラの事……?

 それを教えて貰えるなら、ありがたい!

 

「このチカラの事、何かわかるんですか!?ぜひ、知りたいです!」

 

 前のめりになっちゃうのは、仕方ないと思う。

 自分でもよくわかっていないんだもの。


 今までは、皆の幸せに役立ててたから良かったけど……。

 もし、何かの手違いで、相手に悪い事が起きないとも限らない。


 心の底では、ずっとそれに怯えていた。


 

「お父様、それは本当ですの?私も、今までアリアのようなチカラは聞いたことはありませんでしたよ?」

 

「確実に"コレ"とは言えないが、おそらく間違いないと思っている。後は、書斎に移動してから説明しよう」

 

 辺境伯様は、ほぼ確信しているようだ。

 皆で書斎まで移動する。


 すると、スッとアレクが私に近づいて耳打ちしてきた。


 

「アリア、昨夜にホスタ殿と話したが、ほぼ間違いない情報だ。悪い話ではないから、そんなに怖い顔をしなくてもいい」

 

 ……私、そんな怖い顔してたのかな?

 まぁ、悪い予想が頭をよぎったりしてるから、顔が強張っているのは自覚してたけど……。


 

「まぁ、アレク様。淑女に向かって"怖い顔"なんて、紳士が言うことではございませんよ。アリア、お父様の言葉が足りなくて心配させたわね、ごめんなさい」

 

 そう言って、私の手をぎゅっと包み込むように握ってくれる。

 あぁ、セシリア様が素敵。

 アレクも心配してくれたんだろうけどね。


 

「……まぁ、伝わったならいいさ。とにかく、あまり気負いすぎるな」

 

「ありがとう。アレクさんも心配してくれたんですね」


 アレクは、ちょっと面白くなさそうに口を尖らせていたけど、お礼を言うと、ふっと笑って離れていった。


 書斎に到着すると、辺境伯様とセシリア様が隣り合って座り、対面の席を勧められる。

 綺麗に洗ってもらった服なので、遠慮なく座らせてもらう。メイドさん達のお茶のセッティングが終わるのを静かに待ってる間も、どんな話しが出てくるのか、ずっとドキドキしている。

 香り高い紅茶を口に含んで喉を湿らせたあと、辺境伯様は静かに口を開いた。


 

「アリア嬢。君のその不思議なチカラ……。それは、もしかすると『調律師』と呼ばれる能力かもしれない」

 

「調律師……ですか?」


 初めて聞く言葉に、首を傾げてしまう。


 

「ああ……。遥か昔、人の心の音を聴き、人々の心を調律する者達がいたとわれている」


 辺境伯様がちらっとエドワードさんに視線を送る。

 すると、沢山の本が並ぶ書棚から、一冊の本を取り出して辺境伯様に渡した。


 

「調律師達は、人の争いを調停し、人々の心に平和と安寧をもたらしたという。しかし……」


 辺境伯様はおもむろに本のページをめくり、書いてある内容を読み始めた。


 

「約500年前に『大静寂グレートサイレンス』と呼ばれた出来事が起きたとされている。詳細は不明だが、その時を境に、調律師は世界から姿を消したと伝えられている」


 そう言うと、ページを指差して見せてくれる。

 そこには確かに、『大静寂』の事が書かれていた。

 続く文章には、調律師は神の怒りに触れて『純音プリモ・ノート』が消え去ったと書かれている。


 

「神の怒りって……。昔の調律師の人達は何をしたんでしょう?」


 本に書かれている不穏な内容に、指先が冷えて震えてくる。

 調律師は何か悪いことをしたという事なんだろうか?

 私も”神の怒り”で裁かれたりするの……?


 

「神の怒りって何でしょうか?それに、『純音プリモ・ノート』なんて言葉は初めて聞きましたわ」


 セシリア様も調律師の事は知らなかったようで、真剣な様子で本を眺めている。


 

「これは中央正教会が発行した本だ。500年前というと、中央正教会の黎明期にあたるから、宗教的な意味合いも強く表現されているんだろう。特に"神の怒り"なんて表現を使っているしな」


 アレクが本を指さして皮肉気に解説してくれるけど、中央正教会なんてものが出てきたら、余計に不安になっちゃうんですけど……。


 

「アリアも中央正教会の信徒だろう?この国の国教だから当然だが、500年前の中央正教会は、地方の小さな宗教団体だったんだ。だが、その頃から急速に信徒を増やして、今の規模に膨れ上がっている。恐らく、500年前に中央正教会と当時の調律師たちとの争いがあったんだろう」

 

「私も国の歴史と中央正教会の歴史なんかも習いましたが、調律師のことも、『大静寂』の事も教えてもらっていませんよ?」


 セシリア様は貴族として、自国の歴史や宗教についても勉強されているんだろうけど、この話は教えてもらっていないみたい。


 

「ああ、セシリアはまだ習っていないだろうね。調律師の事は、史実扱いではなくて、神話や創作の扱いで教えられる。つまり、神学の授業で教えられる事なんだが……。アリア嬢のそのチカラは、神学で伝えられる「調律師」の能力と酷似している、ほぼ、間違いないだろう」


 辺境伯様がそう言ってセシリア様をフォローしているけど、私は降ってわいた調律師という存在に、不安と恐怖を感じ始めてしまう。


 

「アレクさん……。さっき、悪いことにはならないって言ってましたけど、この本の内容からしたら、もし私が調律師という存在だったら、中央正教会から何かされるっていう事じゃないんですか?破門とか、弾圧とか……」


 自分で言って、怖くなってしまう。

 中央正教会から破門なんてされたら……村に居られなくなっちゃうかもしれない。

 泣きそうになりながらアレクに訴えると、彼は安心させるように小さく笑った。


 

「そんなに心配しなくていい。言っただろう?中央正教会の黎明期の出来事だと。昔に対立した事実があったとしても、それがアリアに直接被害を及ぼすものじゃない。あくまで、歴史の一つとしての出来事だ。お前が神の怒りを買ったわけじゃない」


 そう言って、私の肩に手を置きながら、重厚なチェロの音色で包み込むように音を奏でてくれる。


 

「まあ、俺も調律師は創作の存在だと思っていたからな。ホスタ殿に指摘されるまで忘れていたよ。ただ、アリアのそのチカラが調律師のものだとすると、500年前には本当に調律師が存在していた可能性が高くなる。その特殊な力があるなら、貴族階級的な地位に居ても不思議じゃない」


 アレクは得意げに解説を始める。


 

「そうなると、この本に書かれている"神の怒り"の意味も変わってくる。おそらく、調律師と中央正教会との間で、生存競争的なものが行われたんだろう。そして、勝者となった中央正教会が、神の名の元に正当性を主張する。歴史の中ではありきたりの光景さ」


 特に何でもない事のように、軽い調子で説明してくれる。

 そのおかげで、少し気持ちが楽になった。

 そうだよね、私が悪いことをしたわけじゃないもんね!


 

「アレク殿の言う通り、アリア嬢が気負う必要はない。ただ、この城の蔵書では、調律師の事が書かれたものが、この本くらいしか無いのだ」


 辺境伯様が顎に手をあてながら、何かを思い出すように遠くへと視線を向けていたが、こちらに向き直って質問してくる。


 

「そこでだ、アリア嬢。王都ハルモニアに行ってみる気はないかな?」




―――――――――――――――――――――――――――――――――


「純音」の読み方を”きいとね”から”プリモ・ノート”に変更しました。

ここだけ和調の読み方になるのも変かな?と思ったので、この読み方で進んでいきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る