第15話 領城へ

 迎えの馬車に乗り込んで、コーダの街を奥へと進んでいく。


 馬車の窓から見える景色が、だんだんと変わってきた。

 整然と整えられた街並み……ここ辺りは、高級住宅地かな。

 通りを歩く人も、ほとんど見かけなくなって、小さめの馬車と何度もすれ違う。ここの住人たちは、歩きじゃなくて馬車で移動するのが普通なんだろう。

 

 またしばらく馬車に揺られていると、ゆっくりと馬車が止まった。


 到着したのかと思って窓の外を見てみる。

 そこから見えた景色に驚いた。



 領都コーダを囲む城壁よりも、さらに大きな壁。

 それが、どこまでも続いていた。


  ……え……すごい。

 あまりの大きさに、口が開きっぱなしになっていたみたいで「マヌケな顔になっているぞ」とアレクに、からかわれてしまった。


 どうやらこの大きな城壁の奥に、ピアニッシモ辺境伯様の住む領城があるようだ。

 城壁の門の前で検問を受けるために、馬車が止まったんだろう。御者が衛兵と何度かやり取りをした後、また馬車が動き出す。

 


「こんなに大きな城壁で囲われているんですね。これなら、どんなに大勢の敵が攻めてきても大丈夫そう」


「そうだな。コーダの外側を囲う城壁も頑強で難攻不落と言われているが、こっちの城壁はさらに大きいとは……」


 アレクも驚いているみたいで、感嘆の表情を浮かべている。

 昨日からずっと自分の心の音に集中していて、アレクの心の音は聴いていない。

 

 けど、表情でわくわくしているのが十分にわかる。

 男の人って、こういうの好きだよね。

 そんなことを考えていると、また馬車がゆっくりと止まった。


 

「到着しました」

 

 御者の人が教えてくれて、アレクが先に馬車から降りた。

 高さのある馬車の扉からひらりと降りて、こちらに手を差し出してくれる。御者の人がさっと階段を取り付けてくれて、アレクの手を借りながら馬車を降りる。


 顔を上げると、私の視界いっぱいにピアニッシモ辺境伯家の領城が聳え立っていた。



「うわぁ……凄い」


 陳腐な表現だけれど、それ以外に言葉が出てこなかった。


 白灰色の石壁が、陽光を鈍く返しながら、どこまでも連なっている。


 遥か高みに聳える主塔にある小窓が、まるで巨人の目のようで、圧倒的な迫力で見下ろしてくる。

 外壁は幾重にも層を成して、円塔と角塔が交互に突き出ている。その輪郭は、長年の風雨に削られながらも一片の隙も見せていない。


 石と石の間には、うっすらと苔が張り付いていて、角度によっては、深い緑の陰が走っている。

 どこか遠くから鐘楼の鐘の音が響いてきた。それを合図にしたように、城塞の壁が微かに光を帯びたように見える。


 白く、堅牢で、どこか物言わぬ威厳を湛えた姿。

 

 ……綺麗。


 風が吹くたびピアニッシモ辺境伯家の紋章を掲げる旗が靡いて、長年この地を守護してきた誇りと矜持を示しているようだ。

 この領を、ずっと守ってきた風格。

 それを感じながら、御者を務めてくれた男性と一緒に門へと歩いていく。

 

 巨大な木製の門の隣にある、小さな鉄製の扉から中へと入った。

 


「アリア様、アレクサンダー様、ようこそおいで下さいました」


 中に足を踏み入れた瞬間、エドワードさんがピシッと音がしそうなほどの綺麗な挨拶をしてくれた。

 後方には、メイドさんだろうか。三人の女性が控えている。



「エドワードさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」


 私が挨拶を返すと、エドワードさんはにっこりと優しい笑みを返してくれる。



「こちらこそよろしくお願いいたします。長旅でお疲れのところ申し訳ありませんが、さっそく辺境伯様の元へご案内させていただきます。アレクサンダー様もそれでよろしいでしょうか?」


「ええ、昨日はゆっくりと休めましたから、今からでも大丈夫ですよ。アリアもそれでいいよな?」


「はい、大丈夫です」


「畏まりました。こちらに控えているのは、アリア様とアレクサンダー様のお世話をさせて頂くメイドたちです。何かご要望がございましたら、お申し付けください。それではご案内させていただきますので、私共の後をついてきてください」


 エドワードさんとメイドの女性たちが、深々と頭を下げた後、エドワードさんが建物の奥へと進んでいく。

 メイドの女性たちは私たちの後ろに回り、一緒に歩き出した。

 

 エドワードさんから、この城の歴史や飾られている美術品などの話を聞きながら、広い城の中を歩いていく。

 城の中は、外側と同じく質実剛健とした無骨なつくりだけど、壁に掛けられたタペストリーや所々に飾られているお花たちが、その武骨さを和らげてくれていた。

 廊下から見える中庭には、外の頑健さからは想像できないほどの美しい庭園が広がっている。

 陽の光を浴びて、キラキラと輝く噴水がそのまま川の流れをつくって、庭園の中を流れていく。きれいに整えられた庭木に、見る人の目を楽しませる色とりどりの花たち。


 その奥に見える白いガセボには、誰かが座っている。


 ……もしかして、この城に住むお姫様かな?

 こちらに顔を向けてくれないか期待したけど、結局後ろ姿しか見られなかった。


 それからお城の中を進むことしばらく。ようやく一つの扉の前で、エドワードさんが止まった。

 


「こちらが応接間となります。辺境伯様を呼んでまいりますので、こちらでしばしお待ちください」


 そう言うと、扉を開けて中へと導いてくれる。


 応接間は石壁の上に木を貼り付けてあって、城の中だというのに温かみがあって柔らかい感じがする。

 窓からは、先ほど通った中庭を眺められるようだ。

 窓を開けて、外のバルコニーに出たらとても気持ちが良さそう。

 エドワードさんは辺境伯様を呼びに行ってしまったけど、三名のメイドさんが給仕をしてくれるようだった。

 

 座るよう促されるけど、見るからに高そうなソファだ……。とてもじゃないけど、怖くて座る気になれない。



「あ、あの……」


 私は立ったまま言う。



「私は立って待っているので、お構いなく……こんな高そうな椅子、座れません」


 そう言って立ったままで待ってようとしたけど、メイドさんの一人が優しく窘められてしまった。


 

「アリア様。あなた様は、ピアニッシモ辺境伯様より招かれたお客様です」


 メイドさんが、私の目をしっかりと見つめて、柔らかく微笑みながら続けた。



「どのような身分や恰好であっても、それは変わりません。私共は、お客様にご不便をお掛けしないよう、お手伝いをさせて頂くことが職務です。どうか、私共に職務を全うさせていただけないでしょうか?」


 ……そんな風に言われたら、嫌ですなんて言えない。

 

 私は観念して恐る恐るソファに腰掛けると、そのふかふかの感触に驚いてしまう。



「うわぁ……ふかふかですね。こんなふかふかな椅子に座るのなんて、初めてです。すごいですね、アレクさん!」


 ソファの感動を分かち合おうと、アレクに話しかける。

 でも、反応が無い。

 ……あれ?とアレクの方を見ると、顔を背けて肩をプルプルと振るわせている。



「アレクさん!なに笑ってるんですか!?」


「いやお前……」


 アレクが、笑いをこらえきれない様子で言う。



「メイドの女性とのやり取りもそうだが、ソファでそんなに驚いてるのが面白くて、つい……ププっ!」


 思いっきり、笑ってる!?



「仕方ないじゃないですか!こんなお城に来たのも初めてだし、こんなキレイなお姉さん達にお世話されるのも初めてなんですよ?緊張しちゃうじゃないですか!」


「いや、悪い悪い。お前の慌てぶりが面白くてな……笑うつもりじゃなかったんだが……ブフッ」


 笑われて、顔が真っ赤になってしまう。こんな時にご領主様が来られたら、どうしてくれるんだ!


 プリプリと怒っていたら、ドアがノックされる音が室内に響いた。

 その音に、私の心臓が口から飛び出しそうなほどに驚く。


 メイドさんが「少々お待ちください」と言い残して、扉の方へ歩いて行く。



「ア、アレクさん!ご領主様がいらっしゃったんでしょうか?」


 私は、どうしたらいいのかわからなくて、ソファに座りながらアタフタとするばかりだった。



「落ち着け。座ったままは失礼だから、まずは立ち上がるんだ。安心しろ、俺が前に出て話すから、お前は後ろで愛想良く笑っていればいい」


 その言い草に、ちょっと腹が立つ。

 でも、メイドさんが扉を開けようとする姿が目に入った。

 慌てて立ち上がり、扉の方に向き直る。


 アレクはどんな様子なのか横目で伺うと、いつもと違う貴公子みたいな笑みを浮かべて、姿勢よく立っているではないか。

 こっちは緊張と不安でいっぱいいっぱいなのに……。恨みがましい目を向けていると、いよいよ扉が開いた。


 エドワードさんが顔を出して、こちらに一礼してくる。

 心臓が、バクバクする。



「アリア様、アレクサンダー様、大変お待たせいたしました」


 エドワードさんが、また一礼する。



「ピアニッシモ辺境伯様を、ご紹介させていただきます」



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