第14話 領都コーダ2
ピアニッシモ辺境伯様の領城に伺うのは明日だから、まずは宿を探すことになった。
城塞の入り口付近にあるお店や宿は、治安があまり良くないらしい。
「エドワード殿からそれなりの金額を渡されている。ここはケチらずに、しっかりとした宿を選ぼう」
アレクがそう言って、周囲を警戒している兵士の元へ歩いていく。
へぇ、お店の人じゃなくて、兵隊さんに聞くんだ。
兵隊さんといくつか会話を交わして戻ってくると、馬の手綱を引いて歩き出した。
「いま、そこの兵士に聞いたんだが、この通りをしばらく進んだ先に『木漏れ日の唄』という宿があるらしい」
「『木漏れ日の唄』なんて、素敵な名前のお店ですね」
「ああ、そこ辺りは治安も良くて安心して泊まれるそうだ。飯も旨いって言ってたぞ」
「楽しみになってきました。すぐにその宿に向かうんですか?」
「そうだな、評判の宿はすぐ埋まっちまう。満室にならないうちに部屋を取っておかないと、他に良い宿を探すのも大変だ」
……あそこの露店で売っているアクセサリーが見たいけど、我慢した方が良さそうだ。
私より、よほど色んな街を知っているアレクさんに任せるしかない。なんせ、自分一人で宿を探せる気もしないし、宿の泊まり方すら知らないからね。
アレクと一緒に村を回った時は、村長さんの家や野営をして凌いでいたから、田舎でも宿なんてほとんど経験したことがない。
ましてや、都会の宿なんて――怖くて一人じゃ行けない。
残念だけど、仕方ない。帰りにまだあの露店があるといいなぁ。
まあ、馬に揺られながら、辺りを見ているだけでも楽しいからいいかと思い直して、大通りを進んでいく。
しばらく進むと、門から離れたせいか人混みも少なくなってきた。
周りの店も、落ち着きのある雰囲気に変わってきている。
城壁近くの店よりも、高級感がある店構えで、周りを歩く人たちの服装も粗い布じゃない。
麻みたいな小綺麗な服を着ている人達ばかりになっていた。
「あ、アレクさん」
私はちょっと場違いな気がして、思わず聞いてしまう。
「ここら辺は、お金持ちの方々が住んでいるエリアですか?お店も綺麗ですし、周りの人の格好も……」
私の言葉を聞いて、アレクが困ったような、呆れたような顔をする。
「あー……このくらいの規模の街だと、あそこらに歩いている人間は一般層の住民だ。ごく一般的な人たちで、金持ちという訳じゃないな」
「えぇ!?」
あんな綺麗な服を着ているのに、お金持ちじゃない?
「メロディア村だと、村長さんくらいしか麻の服なんて着れませんよ!」
田舎と都会って、こんなに違うんだ。
あれで普通の人達だというなら、お金持ちの人達はどんな服を着ているんだろう?ドレス?
「いや、アリア。物の価値は需要と供給から成り立っていて――」
アレクが、急に説明を始める。
「メロディア村のような農村と、この規模の街とでは、そもそも物価から違う」
……え、えっと……物価?
「お前の親父さんは木こりだが、メロディア村で売る金額とこの街で買う薪の金額はまるで違う。森が近くて供給しやすいメロディア村だと巻きは安いが、逆に街だと高くなる。輸送費がかかるからな。麻の服だって、たくさん売れる大きな街では安く売れるが、小さな村では数が売れないから高くなる……わかるか?」
待って待って。頭がパンクしそう。
今まで自分を馬鹿だと思った事は無かったけど、それは勘違いだったのかも。
「アレクさんが、賢く見える……」
ちょっと、泣きそうになる。
「頭の中も筋肉で出来ていそうだったのに……強くて、知識もたくさんあるなんて、ズルい……」
「お前……」
アレクが、青筋を立てた。
「脳みそが筋肉って、どんだけ頭悪いと思ってたんだよ!?」
「いや、アレクさんって、一緒に村を回っていたときは賢い素振りなんてなかったじゃないですか。むしろ力づくで何とかしようとする事が多かったから、つい……」
アレクが頭を抱えた。
右手でこめかみを押さえながら、ため息を吐く。
「ついってなんだよ。あのなぁ、こう言っちゃなんだが、田舎に暮らしている人達に賢しげな態度で向き合ったって、鼻につくだけだろう。元々の性格もあるが、村人たちに合わせていたのもあるんだよ」
「そうだったんですね……」
失礼な事を言ってしまった。
「ごめんなさい。そんな風に、気を遣っていてくれてたんですね」
アレクが、村人たちに合わせてくれていた。
そんな気遣いができる人なんだ。
「それに、俺の知識は貴族として詰め込まれたものだから、自分で手に入れたものじゃない。実際、成績もあまり良くはなかったしな」
少し遠い目をしながら、過去を振り返るアレク。
彼は、過去の事をあまり話したがらない。
気にはなるけど、本人が話してくれるまでは気長に待とう。
「だから、頭が悪いとか考えなくたっていいんだ。必要ならこれから知っていけばいい……っと、あれが『木漏れ日の唄』だな。いい場所にあるじゃないか」
アレクが、私を励ましてくれているうちに、目的の宿を見つけたようだ。
私もアレクの視線を追ってみると、白いレンガ造りの建物があった。
看板には、控えめな大きさで『木漏れ日の唄』と書いてある。
建物の中心に赤く塗られた木製の扉がある。あれが入り口かな?同じく赤く塗られた大きな窓越しに、寛いで飲み物を飲んでいる人影が見える。
視線を上げると等間隔に窓が並んでいて、それぞれの窓の下にお花が飾ってある。
赤茶の屋根瓦とも相まって、とても可愛らしい雰囲気の建物だった。
「素敵……こんな宿に泊まれるんですか?」
可愛い見た目に、テンションが上がる。
「そうだな。部屋が空いているといいが……聞いてみないとわからんな。まずは行ってみよう」
そう言うと、アレクは宿の前にある馬を繋いでおく柱に手綱を括り付けて、宿の中へと入っていってしまう。
私も、その後を追いかける。
この素敵な宿の中がどうなっているのか、気になって仕方がない。
わくわくしながら赤い扉を開けて室内に入ると、期待通りの可愛らしい内装だった。
室内は白い漆喰が塗られて、天井には木を貼ってある。
窓際には花や観葉植物が置かれて、壁に飾ってあるキルトの柄が、木漏れ日をイメージして作られていた。
「うわぁ……中も素敵」
思わずため息が漏れる。
「私の家も、こんな感じにしたいなぁ……」
家の飾り気の無い壁とは大違いだった。何か我が家で真似できるところがないかな、と見ていると、受付で話しているアレクが手招きしているのが見えた。
「宿は取れましたか?」
アレクの近くに寄って、泊まれそうか聞いてみる。
「ああ、ちょうど2部屋空いていたから、3日分取っておいたぞ」
「良かった。この宿に泊まれるんですね」
この素敵な宿に泊まれるとわかって嬉しくなる。旅の疲れもあるし、今日はこの宿でゆっくりしたい。
私の部屋は、2階の奥の部屋だった。部屋は少し小さめだったけど、藁ではない布を重ねたベッドに、水差しが置かれた可愛らしい文机が窓際に置かれている。
荷物を少しまとめて、旅装から平服に着替えてからベッドに飛び込んだ。
――――疲れた。
三日間の旅もそうだけど、ピアニッシモ辺境伯様にお会いしなくてはならないと考えると、ずっと緊張が取れない。
……ああ。せめて、髪を梳かすくらいはしなきゃ……。
そう思いながら、意識が遠のいていった。
翌る日。
今日は、ピアニッシモ辺境伯様がいらっしゃる領城に行く日だ。
昨日はあのまま寝てしまって、気付いたらもう夕方近くだった。
アレクは何度か私を起こしに来たそうだけど、反応が無いので寝ていると思ったみたい。
私をそのまま寝かせておいて、エドワードさんに連絡を取ったり、旅の間に消耗した日用品を補充したりと動き回っていたらしい。
宿の夕食を食べながらそんな話を聞いて、私は恐縮しきりだった。いやぁ、失敗したな……。
アレクは笑って許してくれて、私を見ながら重厚なチェロの音色を楽しげに響かせていたのが救いだ。
今日はピアニッシモ辺境伯様にお会いするから、身嗜みをできるだけ整えてはみた。
だけど、立派な服なんて持っていない。
粗い目の布を縫い合わせた古着だけど、一番マシな服を持ってきていた。
「アレクさんは良いですよね……警備隊の制服があるから、それを着れば充分格好いいですもんね」
村に居るときには気にしていなかったけど、この街に来て綺麗な麻の服で歩いている人達を見て、自分の見窄らしい服装が恥ずかしくなってしまった。
もちろん、父が一生懸命に働いて買ってくれた服だ。大事にしているし、恥ずかしく思う必要はないのはわかっている……けど、やっぱりちょっと不安になる。
「まあ、一応警備隊に属しているから、これが俺の正装になるしな。……ああ、自分の服装の事を気にしているのか?」
アレクが察したようで、私のことを上から下まで確認してくる。
「ご領主様にお会いするのに……この格好だと、失礼にならないか心配で……」
「ああ」
アレクが、周りを歩いている住民たちに視線を向ける。
「村に居たときは気にならなかったが、街にいる住民の小綺麗な格好を見て、不安になったか」
……そう。まさに、それ。
「まあ、大丈夫だろう。王都で正式な面会をするならともかく、こんな辺境の地で礼儀をうるさく言われたりしないだろうさ」
「そんな簡単な風に言って……。もしこの服装が駄目だったら、怒られるのは私なんですよ?」
「大丈夫さ。あのエドワード殿が、服装の指定や支度金の用意をしなかったって事は、普段通りの服装で問題ないという意味だ。見合い相手を探しているんじゃないんだから、着飾る必要はないだろう?」
確かに。
あのエドワードさんなら、服装に決まりがあるなら言ってくれているよね。……わかった。腹を括ろう。
「わかりました。この服で行きます。どのみち服を買っている時間もお金も無いですね」
ふんす!と鼻息荒く覚悟を決めていると、通りの向こう側から立派な馬車が向かってくるのが見えた。わかった。
「さあ、やって来たぞ」
アレクが、腕を組みながら挑戦的な笑みを浮かべる。
「ピアニッシモ辺境伯が、どんな用事でアリアを呼んだのか。聞きに行ってみようじゃないか」
……お願いだから穏便にしてくださいね、アレクさん。
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