第5話 三人目の仲間

明朝


「……今日が初の三人任務だな」

 神宮寺は低く呟く。

「じゃあ、紹介しよう」

 神宮寺が振り返ると、そこに立っていたのは、赤髪のポニーテールの日下部陽菜だった。

 瞳は凛としている。

 制服の袖の端からは、戦闘用の装備が覗く。

「暁サトル君ね。私は日下部陽菜。よろしく。特技は式神と巫術。スリーサイズは……」

「余計なことは言うな馬鹿」

 神宮寺の声が低く響く。

 肩越しに二人を見下ろし、短く一喝するその声は、朝の空気を一瞬で凍らせた。

「この馬鹿はこれでも俺と同じB級なんだ」

「……それで今回の任務はB級鬼械の討伐だ。俺たち二人が居れば楽にこなせるだろう」

 神宮寺の一言に、陽菜は軽く目を細める。


「それって二人もBクラスが必要な任務なの?」

「だから俺は、こいつにやらせようと思ってる」

「聞きたいんだけど……サトル君のランクは何級なの?」

 サトルの顔が一瞬こわばる。

 神宮寺は少し間を置いてから、淡々と答えた。

「公式にはまだ評価が済んでないが、俺の評価で言うとDだ」

「……D?本気で言ってるの?」

 陽菜は信じられないというようにサトルと神宮寺を交互に見る。


「じゃあなんで現場に連れてきたの?B級二人で十分な任務でしょ。足手まといになる可能性が高いのに」

「局長が連れて行けっていったんだ。仕方ないだろ」

 陽菜は目を瞬かせた。

「……局長が? よりによって、あの慎重な人が?」

 神宮寺は深く頷く。

「あぁ。『戦力としてではなく、経験させろ』ってな。霊力が無いなら無いなりに“現場で何を学ぶか”を見たいそうだ」

 陽菜は額に手を当て、大きくため息をつく。

「それで?今日の任務っていうのは任務なんだ?」

 サトルが神宮寺に聞いた。

「この任務は気乗りしないな。俺もできればしたくない」

 神宮寺は深く息を吐き、手にしていた書類を軽く振った。


「珍しいわね、あなたがそんなこと言うなんて」

 陽菜が眉を上げる。

「どうせまた、危険度の高い場所とか、訳ありの案件でしょ?」

 神宮寺は黙って彼女の推測を肯定するようにうなずいた。

「危険度が高いくらいならまだマシなんだが……今回は霊能管理局を辞めて、宗教の教祖になって金稼ぎをしている」

 神宮寺の声は低く、いつも以上に硬かった。


「……宗教の、教祖ってどういうこと?」

「ただのエセ霊能者なら、霊能管理局も放っておくんだが、今回のケースは元・霊能管理官の人間、御巫唯。俺と同じB級の元・霊能管理局に居たやつだ」

「そういえば、話だけは聞いたわ。多額の退職金もらってバックれた奴が居たって」

 陽菜がくすりと笑い、肩をすくめる。

「陽菜。サトルのことは任せたぞ」

「……隼人、いく前に一つ聞きたいことがあるんだけど、本当は御巫唯達の居場所なんてわかってるんでしょ?」

 陽菜が神宮寺に聞いた。

「……まぁな。それに、サトルはまだ実践慣れしていない」

「実践慣れしてない、って……要するに不安材料があるってこと? あたしがそいつに任せられるほど頼りになるか、って話でしょ?」

「……俺が一人でハイリスク本拠地で戦うリスクと、お前らがノーリスクで情報を取ってくる。天秤をかけたら俺が一人で戦う方がいいだろう」

 陽菜は短く唇を噛み、少し考える素振りを見せた。

「あと、コレとコレとコレ……」

 神宮寺は陽菜に出かける前に、道具を渡した。


「なにコレ?」

 陽菜がアタッシュケースの中身を開ける。

 陽菜がアタッシュケースの中身に指を滑らせて蓋を開けると、宗教的な服が二着入っていた。

「コレ?隼人の趣味?」

「違う。サトルと陽菜用に局が作らせたんだ」

「局が?」

 陽菜が怪訝そうに服を持ち上げる。手触りは軽いが、布地の内側にうっすら霊力の反応を感じる。

「……これ、ただのコスプレじゃないよね?」

 陽菜が即座に突っ込みを入れると、神宮寺は肩をすくめて鼻で笑った。

「当たり前だろ、オーダーメイドだ」

「は?何それ、いつサイズ測ったの?そういえば、妙にサイズがピッタリだと思った!」

 陽菜が思い出したように目を見開くと、神宮寺は淡々と答える。


「女性職員に頼んで測定してもらった」

「……ちょっと待って、それっていつ!?」

「昨日」

 陽菜の絶叫が響いた。

「ちょ、ちょっと待って! 昨日って、あたし昨日ずっと局の資料室にいたじゃない!」

「だからだ。測りやすかった」

 神宮寺は真顔のまま淡々と返す。

「一着ほど寮内から、制服を拝借してもらった」

「隣部屋の奴、知ってるだろ?」

 神宮寺が何気なく言うと、陽菜の表情がピキリと固まった。

「……まさか」

「そう、その''まさか''だ」

「ちょ、ちょっと待って! あの子、私の下着とかも一緒に洗濯してる子よ!?」

 神宮寺は特に悪びれることもなく、淡々と続けた。

「信頼できる協力者を選んだつもりだ」

「いや、信頼とかそういう問題じゃないの!!」

 陽菜が顔を真っ赤にして詰め寄ると、神宮寺は軽く一歩下がって手を上げた。

「落ち着け。ちゃんと“制服だけ”だ。下着のサイズまでは聞いてない」

「聞いてないじゃなくて、聞くなぁぁっ!」

 隣でサトルが小さく吹き出す。


「……いや、でも完璧にフィットしてるな、確かに」

「サトルまで!? あんたも神宮寺側!?」

「いや、俺は関係ない。ただ、似合ってるって意味で」

「もうやだこの職場ぁぁぁっ!」

 陽菜が頭を抱えて叫ぶと、神宮寺は淡々と返した。

「陽菜、文句をいう暇があるなら、任務の準備をしろ」

「はぁ!? 今の流れでよくそんな冷静でいられるね!?」

 陽菜が抗議の声を上げる。

 神宮寺はそんな彼女を無視して、無線機と装備の確認を進めていた。

「サトルと陽菜の担当は西側の施設区画だ。人員配置は少ないが、敵が紛れてる可能性がある。油断するな」

 その声音には、任務前特有の緊張と、わずかな苛立ちが混じっていた。

「了解……了解だけど、せめて“頼んだ”くらい言えないわけ?」

 陽菜が半眼で睨むと、神宮寺は眉ひとつ動かさず答えた。

「頼んだ。……これで満足か?」

「棒読みじゃ意味ないの!」

 陽菜の叫びをよそに、サトルが苦笑いを浮かべる。

「ま、陽菜。こいつの“頼んだ”は“死ぬなよ”って意味だと思う。神宮寺なりの優しさだよ」

「は? それフォローになってるようでなってないんだけど!?」

 だが神宮寺はそんな二人のやり取りを無視して、淡々と通信機を装着し、刀の鞘を腰に固定する。

「……どっちでもいい。とにかく無事に戻れ。それで十分だ」

 その低い声に、陽菜は一瞬だけ口をつぐんだ。

 その言葉が本心からのものだと、すぐにわかったからだ。

「……了解」

 彼女は照れ隠しのように短く答え、サトルと目を合わせる。

「よし、行こうか」

「行ってこい、サトル。陽菜」

 神宮寺の言葉に背中を押されるように、二人は建物の外へと駆け出した。

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