第4話 先輩のバディ

 翌朝。


 仮設宿舎の前に立つと、約束通り「先輩のバディ」が来るはずだった。

 薄曇りの朝、まだ人通りは少ない。

 サトルは腕組みをして待つ。

 目の端に、ゆっくり近づいてくる人影が見えた。

 年の頃はサトルと同じくらいの、長髪の黒髪の男だった。

 顔つきは穏やかだが、その目は簡単には油断を許さない鋭さを持っている。

 肩に担いだ使い刀と局のロゴ『B』と入ったベストは、現場慣れした者の余裕を醸していた。


「暁サトルか。俺が今日からお前のバディ兼指導役、神宮寺隼人だ。正直に言う。俺はお前が気に食わない」

 その第一声は、直球で、余計な前置きも遠慮もなく放たれた。

「へぇ、遠慮ねぇな。なんで俺の事が気に食わないんだよ?」

「ここにいる連中は鬼械を殺すために血の滲むような鍛錬をしている。それなのにお前は一朝一夕で力を手に入れた。そんなやつに鬼械を殺す覚悟があるとは到底思えん」

「……俺の力に嫉妬してるだけじゃん」

 神宮寺は一瞬だけ目を細めた。

「だったらその力が本物か見せてみろ」

 短い合図の後、二人は訓練場へ向かった。

「ここなら邪魔も入らん。一体一の真剣勝負だ。そこにある好きな武器を手に取るといい」

 神宮寺の声は冷たく、訓練場の空気を切り裂いた。

 観衆は居ない。

 防音と遮蔽の効いた小さな室内は、二人だけの世界になる。

 照明が落とされ、中央に置かれたリング状の床だけが薄く光っていた。

 サトルはふと周囲を見渡す。

 壁際には訓練用の木刀、短剣、古ぼけた盾、鉄製の棒──所狭しと並んでいる。

 選べる武器は多い。


「俺はこれにする」

 サトルは壁際に立てかけられた無骨な鉄パイプを一本、乱暴に掴み上げた。

 重量のある感触が手のひらに沈む。

 鈍くて荒っぽい“現場の武器”。

 彼の生きてきた場所と戦い方そのものだ。

「俺はこれにする」

 サトルが肩に担ぐように持ち上げると、神宮寺は目を細めた。嘲りではない。評価でもない。

 ただ観察する冷たい眼光。


「……なるほどな。力任せの素人らしい選択だ」

「素人で悪かったな。でもこれが一番しっくりくるんでね」

 サトルの返しは淡々としていた。

 鉄パイプに纏わりついてきた過去が、奴の手の中でまだ熱を持っている。

 神宮寺は刀を抜く。

「……お前にはハンデをくれてやる。俺は中央の円から一歩も動かない。お前が俺に一撃でも当てたら勝ちにしてやる」

「わかった……後悔すんなよ!」

 短い返答に、神宮寺は薄く笑ったように見せるだけで、中央の円から一点として動かない。

「来い」

 神宮寺は居合の構えを取り、サトルを待ち構えた。


「刀を納めて貰おうか」

「……局長」

 神宮寺がゆっくりと刀を納めた。

「神宮寺君。戦う相手を間違えていないかね?」

 その問いに、神宮寺の瞳が一瞬だけ岸田へ向いた。

 返答はゆっくり、だが確実だった。

「局長、私が相手を間違えることはありません」

 神宮寺の声は低く、澱のように静かだった。

「……まぁいい。明日、三人目の仲間と一緒に任務をこなしてもらう予定だ」

「え!アイツとですか!?」

 岸田は軽く眉をひそめ、タブレットに視線を落とす。

「ただでさえ、こいつ一人で問題児なのにアイツも仲間に入れるんですか!?」

 岸田は静かに息を吐き、視線をサトルから逸らさずに答えた。


「サトル君と二人で任務をこなすより、チームとしてのバランスを取る必要がある。それに、日下部陽菜は君以上に状況判断が早く、現場経験も豊富だ」

「なぁ……日下部陽菜ってどんな奴なんだ?」

「会えばわかるよ……」

 神宮寺はサトルを一瞥し、短く言った。

「準備は明日早朝だ。今夜は休め」

 薄暗い廊下を歩きながら、胸の奥でアキラの声が低く囁く。

 神宮寺の指示は厳しいが、無理のない現実的なものだった。

「了解……」

 サトルは局の宿舎に戻り、簡素なベッドに身を横たえる。窓の外には、まだ眠そうな街の光。

 冷えた空気が部屋に流れ込む中、鉄パイプを握った手の感触がまだ残っている。

(明日……陽菜か……どんな奴なんだろうな)

 想像の中で浮かぶのは、冷静で鋭い瞳の女性。

 だが、それ以上のことはわからない。緊張と期待が混じったまま、サトルは静かに目を閉じた。

(……よし、休もう。明日の任務に備えて……)


 外の静寂と自分の呼吸だけが、部屋に満ちていく。夜の闇が、わずかに心を落ち着けた。

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