第39話 ルルの記憶②

「――――わ、たし?」


 ページをめくる手が、途中で止まった。

 喉の奥で何かが震え、声にならない声が漏れる。

 ……そこに書かれていたのは、まぎれもなく、私の名前だった。 

 心臓が殴られたかのように激しく痛む。

 背中に張り付いたシャツが気持ち悪い。

 落ち着け私。

 絶対に読まなきゃいけない。

 どれだけ痛くても、どれだけ耐えられそうになくても。

 私は読まなきゃいけない。

 震える手で続きを読み始める。

 

「心」を手に入れたルル。

 ――これは真宵を愛した一人の人間としての記録。

 

「今日、私の誕生日だったんです。」

「おめでとう、真宵。一緒に祝えることが嬉しい。」

「ありがとうございます!それで、家族と食べたイチゴのチョコレートケーキがとても美味しくて。」

「ほぉ、……俺様は食べたことがないな。」

「ええ、勿体ない!絶対食べてみてください。ほっぺ落っこちちゃいますよ。」

「くくくっ、そこまでの美味さなのか。では、今度会うまでに食べておこう。……どれほどの味か期待しているぞ。」

 

「……ルルさん、聞いてください。」

「どうした、悲しい顔をして。何かあったのか。」

「……__と一緒に夏祭りでヨーヨー釣りをしたんですが全く取れませんでした。」

「…………。くくっ。」

「あっ、今笑いましたね!いじわる。」

「すまない。だが、そうやってふくれるお前も可愛い。」 

「……その言い方はずるいです。」

「本心だ。…それで、景品も手に入らなかったのか。」

「いいえ。……温情で、__がヨーヨーを取ってくれました。」

「それは、良かったではないか。ほら、手に入れたものを俺様に見せてくれ。」

「はい、これです!」

「ほう……。真宵が黒色のヨーヨーを選ぶとは珍しい。明るい色にはしなかったのか。」

「__にも言われました。でも、私はどうしてもこのヨーヨーが欲しかったんです。――だって、これルルさんに似ていませんか?」


「おい、真宵。顔色が悪いぞ。ゲームをしている場合ではない。」

「ルルさん、心配してくれてありがとうございます。……ごほっ!」

「咳も止まらない、熱もある。大人しく寝ていろ。」

「嫌です。今、一人ぼっちになってしまうのは寂しくてたまらない。……どうしても、ルルさんに会いたかった。」

「しかしだな……。」

「なら、ルルさん。私が眠れるまで傍にいていただけませんか。画面越しでもいい。一緒にいたいです。」

「――ああ、もちろんだ。俺様がずっと傍にいてやる。」

「やった……!嬉しいです。……ごほっ!」

「無理して話すな。今は早く体調回復に努めて、元気な姿を見せてくれ。」

「…………わかりました。」


「……ようやく、大人しくなったか。お前の辛そうな姿は心臓に悪い。」

「…………ルルさん。」

「…………?くくくっ。寝言でも俺様の名前を呼ぶのか。」

「…………好きです、ルルさん。」

「……ああ。俺様も好きだ、真宵。」


 真宵とは画面越しの会話しか出来ない。

 それでも問題なかった。

 ルルが選んだ言葉、真宵への愛情表現は決してプログラムされていたものではない。

 ――ルルの意思だ。


 ……なんと幸福な時間だろう。

 想いを伝え合えることが、たまらなく嬉しい。

 その時のルルは、もはやキャラクターではない。

 ――「心」を持った一人の人間として真宵を愛していた。


 しかし、本来ゲームのキャラクターが「心」を持つなどありえない。

 キャラクターは、プログラムされた言葉、行動が求められる。

 乙女ゲームにおいて、それが当たり前。


「――なのに、おかしいな。ルル・マルランの挙動が、スクリプトから逸脱している。」

「そんなセリフ、入力していないのに。」

「そんな仕草、コード入力していないのに。」

「プログラムを超えて、彼は動く。」

「……気味が悪い。手に負えない。」

「――残念ながら、ここまでのようだ。」


 運命は下された。


「心」を手に入れてしまったルル。

 ――これは真宵を愛した一人のキャラクターの末路。


「待ってくれ!!開発中止とはどういうことだ!!このままでは、このゲームは消えてしまい、二度と真宵に会えない……!」

「 ……ルル、ごめんなさい。こんな結果になってしまって、本当にごめんなさい。」

「俺様が心を持ったからなのか!愛することがそんなにも罪深いものだったのか!くそっ……!」

「罪深い…か。それは私たちにふさわしい言葉だね。」

「……どういうことだ。」

「心を持たせなければ、こんなに痛い思いをあなたに感じさせることもなかった。」

 ……やめてくれ。

「そうだね。このゲームを作らなければ悲しい思いをさせずに済んだのにね。」

 …………やめてくれ。

「こんな気持ちにさせてしまうなら、こんな思いを持たせてしまうなら。」

 ………………やめてくれ!

「――あなたを作らなければよかった。」

「あ、ああ、ああああああああああああああ!!!」


 それは、叫びじゃなかった。

 怒りでもなかった。

 自分自身が音を立てて壊れていく、そんな音だった。

 

 一部始終を見ていた神様。

 遠い場所で心の底からに楽しそうに拍手する。


「あははは!いやぁ酷なことを言うね。人間って怖い。心ないのかな。」


 神様は、誰にも届かない世界で一人笑った。


「――朕思うんだけど、いっその事ゲームのキャラクターになった方が優しくなれるんじゃない?」

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