第9話 ルルさんのお手伝い
「ルルさん、紅茶飲まないのですか?冷めてしまいますよ。」
「あぁ、そうだな。……そろそろ適温になっているか。ありがとう、真宵。」
ルルさんは私が勧めたことで、1度手を止めてようやく紅茶を口に含んだ。
しかし、それも1口だけ。すぐにティーカップを戻せば、再び手を動かす。
生徒会室に入ったときから、ずっと彼は働いていた。
なのに、机上にはまだ書類の山がいくつもある。
紅茶を楽しむ余裕もないのだろうか。
「……どうした、真宵。教室へ向かわないのか。それとも、何か俺様に聞きたいことでもあるのか。」
不思議そうにしたルルさんが、手を動かしつつも声をかけてくれた。
どうやら、話を聞いてくれるようだ。
「これだけの書類を抱えて、ルルさんは何の業務をしているのですか。」
「俺様の業務はこの学園に関することだ。書類1つ1つ目を通すのに時間がかかるため、文化祭に関するものはお前らに任せている。」
なんて事のないように言ってみせるが、いくつも建てられた書類の山。
もしかしたら、本来職員が行うような業務も生徒会長という立場から肩代わりしているのかもしれない。
……ひとりで全て片付けられるのだろうか。
「――そのお仕事、お手伝いできませんか?」
「……ほう?」
思わず言葉に出てしまった。
ずっと動いていたルルさんの手が、止まる。
……まずいことを言ってしまったかもしれない。
ルルさんは、大量の書類を決して雑には扱わない。一つ一つ丁寧に確認している。
それでも多くの書類を捌けているのは、彼の手際が良いからだ。
それを、ぽっと出の人間に触れられるのは、気分が悪いだろう。
「あ、えっと、この書類は学園に関する機密事項かもしれないのに配慮が足りませんでした……。」
最後の方は自分の発言の至らなさから尻すぼみになってしまった。
ルルさんは、じっと私をみつめたまま決して動かない。
「すみませ……」
「……くくっ。」
笑った!
「すまん、真宵。あまりに健気な目をするものでな。つい笑ってしまった。」
「……本当に手伝いたいと思ったんですよ。」
「そう、むくれるな。お前の気遣いが嬉しくて、心を奪われていたんだ。ありがとう、真宵。しかし、この業務は俺様一人で取り組みたい。」
「これだけの量を、どうして一人で取り組みたいのですか?」
「――それが、俺様の意思だからだ。」
そう言い切ったルルさん。この膨大な書類の山を「自分に課せられた業務」だと信じ込んでいるような、絶対に揺るがない意思が声に滲んでいた。
いったいどういうことなのか。
記憶を取り戻したら、彼の真意がわかるのだろうか。
「――やっぱり、お手伝いできませんか。」
ルルさんの意思を知り、もっと近づきたくなった。
記憶がない私だが、心が「ルルさんと話したい」と望んでいる。
「邪魔をするつもりはありません。ルルさん、私を頼っていただけませんか。」
鼓動が響くほど、静かな空間。
想いの分だけ、握った手のひらに熱が宿る。
「くくっ、真宵の目を見てしまったからには無碍にできない。」
ルルさんは頬杖をつき、きつく閉じていた口元を緩めた。
そして、私と視線を合わせ、微笑む。
「……では、お前が体験した学園の出来事や生徒との会話の内容を俺様に教えてくれ。」
「そんなことでいいのですか?もっと書類整理やお使いなど、細々とした仕事でも問題ないですよ。」
「いや、そんなことがいいんだ。文化祭について書類以外のことからも情報収集したい。それに――。」
確かに、現場の空気感は書類だけではわからない。
目や耳になれることが、私の役目だ。
「今のは建前だ、真宵。」
「建前?」
「――本音はな、お前と話したいんだ、真宵。」
ルルさんは、あどけない笑顔を見せてくれた。
「私と、ですか?」
「そうだ。お前と話すことが俺様にとって何よりの息抜きになる。だから、真宵。お前から見た生徒を俺様に伝えてほしい。」
ゆっくりと紡がれた彼の本音にじわじわと身体が満たされていく。
書類の処理作業に追われているルルさんの息抜きになれるのならば、喜んで伝えよう。
「わかりました。お任せ下さい。」
「ありがとう、真宵。大いに楽しませてくれ。」
ルルさんは目を細めれば、再び業務へ戻った。
これ以上、邪魔するわけにもいかない。
それに、ルルさんから与えられた仕事をこなす為にも馨さんの元へ向かわなければ。
生徒会室から立ち去ろうとしたとき、書類の山から黒い紙片が床へ滑り落ちた。
それを拾おうと床へしゃがめば、淡い光を吸い込むように刻まれた文字が目に留まる。
――「愛し方」
たった三文字の言葉に息が止まりそうになり、急いで紙片を元の場所へ戻した。
……これは、勝手に読んでしまってもよかったのだろうか。
ルルさんの方へ見遣るが、業集中しているのか落ちたことに気づいていないようだ。
私もはやく心を落ち着けて、馨さんと合流しよう。
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