第10話 奇妙な生徒
「ここが…………家庭科室…………?」
高級ホテルの厨房を思わせる調理器具。煌びやかなシャンデリアに照らされたカフェスペース。
調理師を育てる施設といっても過言ではない。
そんな家庭科室に、私はただただ圧倒されていた。
……これ、本当に部活の教室だよね?
調理場の方からふわりとチョコレートの甘い香りが漂い、カフェスペースには、りんごの爽やかな香りが満ちていた。
「あ、真宵さん。こちらですよ。」
私に気づいた馨さんが手招きしてくれる。
「ここは家庭科部が使用している教室です。今回は文化祭用のお菓子を作っているみたいですね。……ふふっ。真宵さん、顔が綻んでいますよ。かわいらしい。」
気づかないうちに、甘いものにつられていたらしい。
初日から情けないところを晒してしまった。
「すみません、気をつけます。」
「ふふっ。そんなに身構えず、私の前では気を楽にしてください。では、私は部長と進捗状況を確認してきます。その間、真宵さんは部員の様子を見てあげてください。」
馨さんは私に軽く会釈をした後、調理場にいる部長の元へ歩いていった。
私も、早く活動しなければ。
まずは、カフェスペースにいる生徒へ話しかけよう。
「こんにちは。」
「こんにちは、副会長!」
「――――え?」
誰もが口元を綻んでしまうような愛嬌たっぷりの笑顔。
――しかし、その声は、どこか金属的な響きを含んでいた。
言葉の端々に、小さなノイズが走っており録音された音声が機械的に再生されているような違和感がある。
なんとも奇妙な声だった。
「あなたは元気ですか?わたしはおなかがすきました。今日はどうかしましたか?」
金属音が混じった声に困惑しているが、生徒とは問題なく会話できている。
このまま、文化祭のことを聞いてみよう。
「文化祭では何をするのですか。」
「 私たち家庭科部はチョコレートブラウニーとりんごのクッキーを販売します。副会長、ぜひ食べに来てくださいね。」
「ありがとうございます。……よろしければ、何か困っていることはありませんか。お手伝いします。」
「いえ、副会長。特に今は困っていることはありません。あなたとお話が出来て嬉しいです。」
にっこりと断られてしまった。
……あぁ、話すことが何も無くなってしまった。
お手伝いも特に必要としていないらしい。
少しだけ見える調理場の様子を確認すれば、馨さんは、まだ部長と文化祭のやり取りを続けていた。
このまま何もせず無言の間を過ごすのは精神的に耐えられない。
何か話のネタはないだろうか……。
「よろしければ、生徒会について聞かせていただけませんか。」
文化祭には全く関係ない話題だが、応えてくれるだろうか。
「ぜひ!お話させてください。」
興味のある話題だったのだろうか、生徒が笑顔のまま前のめりになる。
私も生徒会の情報が欲していたし、良い機会だ。
彼女には、たくさん話してもらう。
「生徒会についてどう思っているのですか?」
「大好きです!見た目の良さはもちろんのこと中身も美しい。常に生徒ファーストで活動されており、大変助けられています。生徒会のことを嫌いな人はいないと思いますよ。副会長さん、いつも私たちのためにありがとうございます。」
急に饒舌になったな。
さっきまで一言二言で会話が終了していたのがウソみたいだ。
ただ、内容は熱が込められているのに、話し声だけは抑揚が一定のままだった。
「そういえば……生徒会のみなさんが美しいのはもちろんですが、それぞれ個性がありましてね!私たちはいつも「誰推し?」と盛り上がったりします。副会長さんは誰推しですか?」
生徒会はアイドルだったのか。
しかし、急に言われてもな……。
「私はみんなが好きなので、選べません。よろしければ、あなたの推しを教えてください。」
「そうですよね、副会長は皆さんと親しいですもの、選べませんよね! じゃあ、代わりに私の「推し」を聞いてください。」
変化のない声質とは対照的に、更に前のめりになる生徒。
……何とか誤魔化せた。
「……といっても、私も皆さんのことが好きなのです。ルル様は、絶対的な自信とそれに見合った力をお持ちで、どこまでもお供したくなるようなカリスマ性はまさしく生徒会長にふさわしいですし……。」
生徒会でのルルさんも場をまとめあげていたが、その力は生徒の前でも変わらないようだ。
あの圧倒的な瞳に敵う人は、果たしているのだろうか。
「そういえば、噂では有名な家系の一人息子だそうですよ。」
「そうだったんですね。」
だから、あの豪華絢爛な生徒会室に用意された会長専用のデスクが似合うわけだ。
「馨さんも素敵な方ですよね。思わずうっとりしてしまいます。誰にも公平に優しく、その言葉遣いや立ち振る舞いから白馬の王子様だと私たちは憧れています。」
初対面でルルさんから解放してくれたのは馨さんだったな。
生徒会の初仕事も助けていただいてばかりだ。
彼の優しさに何度も救われた。
「実は、その人たちでファンクラブを結成しました。そして、私もファンクラブ会員だったりします。」
「本当に王子様なんですね。」
思わぬ形でファンクラブ会員を見つけた。
「ええ、でも秀一さんも同じくらい魅力的なんですよ。こう、いつも笑顔で元気に動く姿にいつも癒されています。こう、女性が持つ何かをくすぐられるような。それに以前の生徒会は高貴なイメージがあったのですが、秀一さんが所属されてからは一層親しみやすくなりました。」
生徒の秀一くんへの評価に思わず全力で頷いた。
秀一くんと話している時、異世界に迷い込んだはずなのに不思議と肩の力を抜くことが出来る。
そんなひと時の癒しを与えてくれる人だ。
「――そして、副会長。あなたの事も私たちは大好きです。」
「…………私?」
今までの溌剌とした様子とは違い、ゆっくりと想いを伝えてくれた。
どこに惹かれる要素があったのだろうか。
「生徒会の一員だから、ですか?」
「そうではなく、一番身近な存在だと感じるの。――真宵さんは私たちの希望です。だから、応援してます。」
「希望」と大それた表現に心臓が跳ねた。
「ありがとう、ございます?」
生徒からの期待にどう応えて良いのか分からず、曖昧な返事をしてしまう。
「どうか、私たちの分まで、このゲームを頑張ってください。」
記憶喪失になる前の私はすごい人物だったのかもしれない。
生徒と話し始めてどれくらい経ったのだろうか。
やはり、生徒への違和感を拭うことはできなかった。
態度は変われど、声色には金属音が響き続けている。
表情は笑顔のまま動くことはなかった。
まばたきの回数すら、どこか一定で、不自然なほど規則正しい。
――まるで、感情を持った人間ではなく、心の伴っていない「機械人形」だ。
会話内容は感情がこもっていたのに、機械のように統一された声と表情。
「真宵さん、お疲れ様です。こちらの業務は完了しました。そろそろ次の教室へ向かいましょう。」
「馨さん、お疲れ様です。」
いつの間にか業務を終えていた馨さんが、私を迎えに来てくれた。
温かな声色にほっと心を撫で下ろす。
「……ありがとうございました。お話楽しかったです。」
「また遊びに来てください。」
生徒へ軽く会釈をして、馨さんと教室を抜けていく。
彼女が手を振ってくれた。
その笑顔は、完璧すぎるほど整っており――その奥に、何かを失ったような底知れぬ空虚を感じた。
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