第4話「偽りの婚約命令」

 夜会から数日後。平穏な日々が戻るかと思われたリオネルの元に、突然、王家からの使者が訪れた。


 使者は国王陛下直々の命令を携えており、リオネルに告げられた内容は、にわかには信じがたいものだった。


「グレイファード公爵家嫡男、リオネル・グレイファードは、この度、第一王子アシュレイ殿下との婚約を命じられた」


 その瞬間、リオネルの頭の中は真っ白になった。


(婚約? 俺が、王子と?)


 使者が告げた命令は、表向きは近年力を付け始めた公爵家との関係を強化するための「政略結婚」という形だった。公爵もまた、王家との結びつきが強まることに、冷酷な笑みを浮かべて頷いている。


 だが、リオネルにとってはそうではなかった。これは「政略結婚」などという生易しいものではなく、原作で悪役令息が辿る破滅ルートの、最も確実な『破滅フラグ』でしかなかったのだ。


 これでは原作のどのルートよりも、アシュレイの隣にいることが確定してしまう。婚約者として側にいれば、主人公をいじめ、王子に嫉妬する悪役令息を演じなければならず、そして間違いなく断罪される。


(終わった。何もかも、終わったんだ)


 リオネルは、その場で崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。アシュレイとはすでに一度、不自然なフェロモンを疑われている。この状態で彼と婚約するなど、自ら断罪台へ向かうようなものだ。


「喜べ、リオネル。これで我が公爵家の権力は磐石となる」


 父である公爵の冷たい視線が、リオネルに突き刺さる。彼の表情には一切の感情がなく、息子をただの道具としか見ていないのが明らかだった。


 断る権利など、転生者の彼にはない。もし断れば、父によって無理やり追放され、その時点で破滅が待っている。


 リオネルは青ざめた顔で、アシュレイ王子との婚約という名の「死の宣告」を受け入れるしかなかった。抑制剤の効果が薄れたのか、全身に冷や汗が吹き出ていた。


 こうして、彼は王子の婚約者として、新たな人生、いや、破滅へと続く道を歩み始めたのだった。

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