第3話「冷徹王子の微かな違和感」
アシュレイ王子は、目の前で震えるリオネルに特に感情を示さず、ただ冷ややかな一瞥をくれた。
「出来損ないのアルファと聞くが、噂通りか」
冷たい声。やはり、悪役令息としての評判は王子の耳にも届いている。リオネルは必死に頭を下げたまま、かろうじて口を開いた。
「…はい。その、大変お恥ずかしい限りです…」
「……」
アシュレイは沈黙した。その沈黙がリオネルをじわじわと追い詰め、心臓が激しく鳴り響く。早くこの場を立ち去りたい。断罪されるのは時間の問題だ。
アシュレイはリオネルの返事を聞き終えると、静かに彼の側を通り過ぎようとした。その瞬間、彼はぴたりと足を止める。
「不自然だ」
「え…?」
思わず顔を上げると、アシュレイは興味なさげな表情でリオネルを一瞥した。
「お前から漂う匂いは不自然だ。無臭すぎて、逆に嗅覚を刺激する」
その言葉が耳に届いた瞬間、リオネルの全身から血の気が引いた。
(嘘だろう。抑制剤で完全に抑えているはずなのに)
オメガのフェロモンを隠してアルファとして偽装するため、彼は最高級の抑制剤を使っていた。その効果は絶大で、これまで誰にも気づかれたことはなかったはずだ。
確かに、アルファならば個体特有の香りを持つのが常識だが、抑制剤の効果で彼は完全に「無臭」だった。しかし、それはアルファの匂いではなく、無機質な何かにすぎない。アシュレイの極上のアルファとしての本能が、その『不自然さ』を嗅ぎ取ってしまったのだ。
「そして…その奥に、微かに甘いものが隠れている気がする」
アシュレイの鋭い視線がリオネルを射抜く。それは、オメガが持つ蜂蜜のような甘い香り。完全に隠したはずの、その微かな残滓に彼は気づいてしまったらしい。
彼の言葉に、リオネルは息が止まりそうになった。断罪されるよりも、この秘密が露見することの方が、彼にとっては死よりも恐ろしい。
「な、何のことか…」
そう口にしようとしたとき、アシュレイは何も答えず、眉をわずかにひそめただけだった。彼はこれ以上踏み込まなかった。それは、まだ獲物の正体を測りかねているアルファが示す、純粋な『興味』のように見えた。
リオネルはこれ以上関わりたくなかった。この場にいたら、どんな破滅が待っているか分からない。彼は無礼を承知で、早足でその場から逃げ出した。
夜の冷たい空気の中、彼の後ろ姿を興味深げに見つめるアシュレイが、テラスに残っていた。彼は自らの嗅覚に疑問を抱きながら、その謎めいた「出来損ない」を、冷徹な瞳の奥に焼き付けていた。
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