第5話「形だけの婚約者」

 リオネルとアシュレイの婚約は、社交界で大きな話題となった。出来損ないと噂される公爵令息が、冷徹な第一王子の婚約者になるなど、誰も想像できなかった展開だったからだ。


 リオネルは王宮に居を移し、王子から与えられた一室で生活を始めた。しかし婚約生活とは名ばかりで、アシュレイが彼の元を訪れることはほとんどなかった。


「お飾り」の婚約者。その事実は、リオネルにとっては何よりありがたかった。アシュレイに不自然な匂いを気づかれて以来、いつ秘密が露見するかと怯えていた彼にとって、顔を合わせないことが何よりの安心材料だった。


 顔を合わせても、交わすのは事務的な会話だけだ。公務や社交界での立ち居振る舞いについて、アシュレイは淡々と指示を出すだけで、一切の感情を見せない。その態度に、リオネルは内心で安堵した。


 このまま何も起こらずに、静かに破滅の日を待つだけだ。


 彼には、この破滅ルートを回避するための策があった。それは原作の知識を利用し、「無能で嫉妬深い悪役令息」を演じきることでアシュレイに愛想を尽かされ、最終的に婚約破棄されるというものだ。


「あ、アシュレイ様。その、私は王宮での生活に慣れておらず、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれません」


 リオネルはわざと不安げな表情を作り、しどろもどろな態度でアシュレイと向き合った。しかし、彼は特に反応を示すことなく、書類に目を落としたままだ。


「構わん。公爵家との関係維持が目的だ。特に気を使う必要はない。お前はただ、そこにいればいい」


 その言葉に、リオネルは心の中でガッツポーズをした。


(よし、このまま俺を『役立たず』だと判断してくれれば、きっと婚約を破棄してくれるはずだ)


「悪役令息」として破滅の運命に飲み込まれる前に婚約者の座から解放され、公爵家からも追放される未来を夢見て、リオネルは王宮の片隅で静かに息を潜める日々を選んだ。

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