ルームツアーってなんだ?

 どうやらここはアストリア王国と呼ばれる国の城下町らしい。

 街並みは昔のヨーロッパ風――だが、道行く人々の手には何故かスマホが握られていた。


 俺はフィエルに案内されるまま、石畳の道を歩き、そして宿屋へとやって来た。

 宿屋と言うよりも高級ホテルと表現したほうがしっくりくる豪華なロビーを抜け、寝室へとたどり着いた後。


 俺は自分の言葉を死ぬほど後悔する羽目になった。


「ようこそ、聖女ルカのスイートメモリアルームへ!」


 フィエルが用意した部屋は、甘ったるい悪夢を具現化したかのような空間だった。


 天蓋付きのベッドには過剰なほどのレースとフリル。

 壁紙は淡いピンク色で、部屋の隅には用途不明なぬいぐるみの山。

 テーブルの上にはマカロンとハーブティーのセットが完璧な角度で置かれている。

 どこをどう切り取っても「映え」しか意識していない、魂胆まる見えのレイアウトだ。


「さあ、ルカ! 早速『聖女ルカのルームツアー』を始めますよ! 世界中のファンが、新人聖女の私生活に興味津々なのです!」


「新人聖女ってなんだよ。普通、聖女は生まれた時から聖女じゃないのか」


「なんと意識の高い! ルカは生まれた時から聖女だったのですね!」


「いや、もう、ツッコミが疲れるわ……」


 フィエルはスマホを構え、目を輝かせている。

 その姿は、さながら獲物を見つけた狩人のようだ。


「さぁルカ、カメラに向けて笑顔を作ってください」


「……断る」


「えー! さっき好きなようにしてくれって言ったじゃないですか! バズのためですよ、バズの!」


「これのどこに需要がある。俺はお姫様ごっこ芸人じゃないぞ」


「分かってないですね、ルカは! 戦場での強さと、プライベートの可憐さ! このギャップこそがファンの心を掴んで離さない『沼』になるんです! さあ、まずはベッドに腰掛けて、一番大きいクマのぬいぐるみを抱きしめてください!」


 何故俺が、暗殺の練習台に最適そうな図体をしたクマを抱きしめねばならんのだ……


 内心で悪態をつきながらも、好きにしてくれと自分で言った以上、逆らえない。


 俺は言われるがまま、ぎこちなくクマのぬいぐるみを抱いた。

 その瞬間、ドレスの袖口からシャボン玉のような光がいくつか飛び出し、キラキラと舞いながら消えていく。


「きゃー! 今の見ましたか!? 着衣神装ゴッド・ドレスのエフェクト機能『シャイニング・バブル』です! 美しい心の持ち主のみが発動できるレア演出ですよ! これは『いいね』間違いなしです!」


 ……この服、俺の心を読み取ってやがるのか。最悪だ。


 撮影は続行される。

 フィエルの指示はエスカレートする一方だった。


「次はドレッサーの前で、はにかみながら髪を梳かすポーズを!」

 ☆☆☆ 

「窓辺に立って、物憂げな表情で外を眺めてみましょう! そう、何かを待っているヒロインのように!」

 ☆☆☆

「このマカロンを一口食べて、『おいしい……』って、はにかんでください!」


 俺は能面のような顔で指示をこなしていく。

 かつて闇の世界で培ったポーカーフェイスが、今、こんな形で役に立つとは思わなかった。


 だが、フィエルのスマホを通すと、俺の無表情は「ミステリアスでクールな聖女の微笑み」に、ぎこちない動きは「初々しくて庇護欲をそそる仕草」に変換されているらしい。

 コメント欄には、フォロワーのものらしき絶叫がリアルタイムで流れ込んでいた。


『部屋可愛すぎ! ルカ様のイメージにぴったり!』

『クマちゃん抱っこしてるの尊い……場所代われ……』

『シャイニング・バブル出た! 今日のガチャ運最高かよ!』

『今の「おいしい……」いただきました。ありがとうございます。我が人生に一片の悔いなし』


「素晴らしい反応です、ルカ! フォロワー数がまた増えましたよ!」


 フィエルは端末の数字を見て恍惚の表情を浮かべている。


「……もういいだろう。そろそろ休ませてくれ。ゴブリンとの戦闘より疲れた」


「ダメです! 最後に一番大事なのが残ってますから!」


 フィエルはそう言うと、ベッドにちょこんと座るよう俺に指示した。


「締めは、フォロワーの皆さんへのおやすみメッセージです! カメラに向かって、『みんな、おやすみ……♡』って、最後にウインクをお願いします!」


「……それだけは断固拒否する」


「何でですか! これが一番バズるんですよ!」


「俺の尊厳の問題だ」


「尊厳とバズ、どっちが大事なんですか! いいですか、ルカ。あなたの人気はユーティ様の神格に直結しているんです。つまり、言うなればこれは、世界を救うための戦いでもあるのですよ!」


 大袈裟な物言いに頭痛がしてくる。だが、ここで抵抗しても、この天使はてこでも動かないだろう。


 俺は覚悟を決め、全ての感情を殺し、カメラを見据えた。


「……みんな、おやすみ」


 棒読みでそれだけ言うと、右目をぎこちなく、ひきつらせるように瞑る。

 我ながら、ウインクとは到底呼べない代物だ。


 しかし、フィエルのスマホからはピロリン、と軽快な効果音が鳴り響き、画面上の俺の目からは、星屑がきらめくエフェクトが飛び出していた。


「完璧です! 『聖女のトゥインクル・ウインク』、最高の撮れ高でした!」


 フィエルが歓喜の声を上げる。

 ゴッズ・グラムのコメント欄は、もはや俺の動体視力でも捉えきれない程の勢いで賞賛の嵐が吹き荒れていた。


 俺はそのままベッドに倒れ込む。

 レース塗れの天蓋が、やけに恨めしく見えた。


 ゴブリンのリーダーの首をへし折った時よりも、遥かに深い疲労感。

 もはや、後戻りはできないらしい。

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