☆自称・プロデューサー天使降臨☆
森を抜け、なんとか街の端にたどり着いた俺――いや、少女の姿の俺、便宜上ルカと名乗ることにした――は途方に暮れていた。
男に戻る手立てもなければ、この忌々しいドレスを脱ぐこともできない。
人々の視線がやけに突き刺さる。
そんな時、天から声が降ってきた。
「見つけました! なんて愛らしい! その神々しいお召し物は、まさに女神ユーティ様の至宝!」
光の粒子と共に、背中に小さな翼を持つ天使の少女が舞い降りる。
見事なブロンドのショート。翡翠色の瞳は宝石を検分する鑑定士のように、俺を頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見ていた。
「私はユーティ様に遣わされた天使、フィエルと申します。さあ、あなたをこの世界一のトップアイドルにプロデュースしますよ!」
フィエルは芝居がかった仕草で胸に手を当て、うっとりと言う。
「冗談じゃない! それよりまず、この脱げない服をどうにかしろ!」
俺の全力の拒絶に、フィエルは心底驚いたような顔をした。
「何をおっしゃるのです! これはユーティ様があなたの魂に直接編み込んだ至高の神装! あなたの新たな伝説の始まりを告げる、祝福の衣装なのですよ!」
「祝福だと? 呪いの間違いだろ?」
「断じて呪いなどではありません! この
「要らない。それより早く男に戻せ」
「男に? なぜです? 女神ユーティ様は、あなたの中に眠る最も輝かしい魂の形……すなわち、可憐な少女としての可能性を見出したのです。それは祝福以外の何物でもありません。それを戻すなどと……」
話が全く通じない。
そもそもこいつは俺が元男だということを理解しているのか?
それとも、そんなことは些末な問題だと切り捨てているのか?
「いいですか、ルカ。アイドルとは、人々に夢と希望を与える聖なる職業! あなたの歌でこの世界を満たし、ユーティ様への信仰を高めるのです! それこそが、あなたに与えられた使命!」
フィエルはビシッと俺を指さし、高らかに宣言する。
「だから! 俺はアイドルになんてならん!」
「素直じゃないですね。でも、心配はご無用。この私が、あなたの魅力を120%引き出してみせますから!」
――なんて言い争っていると、突如、街に悲鳴が響き渡った。
地響きと共に現れたのは、棍棒を持った緑色の醜い怪物――ゴブリンの群れだった。
「魔物だ!」
「騎士団はまだか!」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
だが、転んでしまったのだろうか、一人の少女がゴブリンの前に取り残されていた。
ゴブリンが下卑た笑いを浮かべ、棍棒を振り上げる。
周囲の誰一人として、少女を助けようとはしない。
……クソが。
頭で考えるより先に、体が動いていた。
俺は少女の前に飛び出し、両腕を広げて庇うように立つ。
武器はない。
あるのはこの華奢な身体と、脱げない呪いのかかったドレスのみ。
それでも、見過ごすことはできなかった。
前世で叩き込まれた、どうしようもない正義感が、俺を突き動かしていた。
真正面に迫るゴブリンの注意を引く。
……大丈夫。
戦ったことのない相手だが、動きはそれほど素早くない。
十分に見切れる。
「素晴らしい! 今の回避、実にエレガントです! スカートの翻り方も完璧なアングルで撮影できました!」
上空をふわりと浮遊しながら、フィエルが興奮気味に実況している。
その手にある端末――スマホは、戦場を駆け巡る俺の姿を余すところなく捉えていた。
対して俺は、ゴブリンどもの棍棒や錆びた剣を避けながら、内心で悪態をついていた。
動きにくい……!
このドレスは、戦闘用としては致命的に設計がおかしい。
ステップを踏むたびに幾重ものフリルが足に絡みつき、腕を振ればパフスリーブが視界を遮る。
だが、奇妙なことに、このドレスは時折、俺の意図を超えた動きを見せた。
ゴブリンの一匹が死角から斬りかかってきた瞬間、腰元のリボンが硬質化し、まるで盾のようにその一撃を弾いたのだ。
「おおっ!
フィエルの解説が耳に入る。どうやらこの服は、俺が思う以上に高性能らしい。だが、だとしてもこんな姿で戦場に、いや人前に立つのは羞恥プレイ以外の何者でもない。
……と、いかんいかん。
戦闘に集中しなくては。
敵を観察する。
動作、呼吸、重心の移動。それらを瞬時に読み取り、最適解を導き出す。
かつて俺が闇の世界で培ってきた技術だ。
ゴブリンの棍棒を紙一重でかわし、がら空きになった胴体へ、体重を乗せた掌底を叩き込む。
「グギャッ!」
鈍い音と共にゴブリンの体がくの字に折れ曲がり、背骨が砕ける感触が手に伝わった。
そのまま次の標的に向き直る。
動くたびに銀色の髪が舞い、スカートが翻る。
だが繰り出す技はどれもが一撃必殺を旨とする暗殺術そのもの。
そのギャップが、フィエルの撮影意欲をさらに掻き立てているようだった。
「最高です、ルカ! その憐れむような瞳で敵を粉砕する姿! 慈悲と破壊のアンビバレンス! 神々の心に深く突き刺さることでしょう!」
やかましい。
群れの中心で一際大きな体躯を誇るゴブリン・リーダーが、咆哮を上げて俺に突進してきた。
その手には、人間から奪ったであろう巨大な戦斧が握られている。
……これで終わりだ。
俺は迫りくる戦斧を正面から見据え、その場に佇んだ。
フィエルが「ルカ!?」と焦った声を上げる。
戦斧が、俺の華奢な頭上めがけて振り下ろされる。
その刹那、俺はわずかに身を沈め、振り下ろされる斧の柄を左手で掴み取った。そして、敵の力を利用して体を駒のように回転させる。
遠心力で加速した俺の右足が、ゴブリン・リーダーの側頭部を完璧に捉えた。
ゴキッ、という乾いた音が戦場に響く。
巨体が、まるで操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちた。
一瞬の静寂の後、残りのゴブリンたちは恐怖に顔を引きつらせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
俺はドレスについた土埃を払いながら、静かに息を吐いた。
上空から降りてきたフィエルは、スマホの画面を確認しながら満面の笑みを浮かべていた。
「完璧です! 非の打ち所がない、最高のデビュー戦でした! 早速編集して『ゴッズ・グラム』に投稿しますので、少々お待ちを」
彼女は慣れた手つきでスマホを操作し始める。
戦闘映像の不要な部分をカットし、スローモーションや特殊効果を追加し、どこからか用意した勇壮なBGMを重ねていく。
そして、最後に極めつけにダサいタイトルを打ち込んだ。
――――――――――――――――――
【奇跡の聖女、降臨!】
謎の銀髪美少女、ゴブリンの群れを殲滅!
これは天使か、それとも……
#新人英雄 #女神ユーティの推し #舞闘の聖女ルカ
――――――――――――――――――
喧噪が遠のき、静寂が戻った街路で、俺はぜえぜえと肩で息をしながら、自分の手の平を見つめていた。
さっきまでの激しい戦闘の余韻が、まだ腕に痺れとなって残っている。
「無事なようだな……」
ゴブリンの前に取り残されていた少女は、駆けつけた両親らしき人々に抱きしめられ、泣きじゃくっていた。
その光景を見て、胸の奥に温かいものが込み上げる。
「すごいですよ、ルカ! これを見てください!」
感動に浸る俺の耳元で、フィエルが興奮した声を上げた。
その手にはスマホが握られており、画面には先ほどの俺の戦闘映像が再生されていた。
「ゴッズ・グラムの通知が鳴りやみません! 早速リプライの嵐ですよ!」
「やめろ! 人の戦いを勝手に撮って晒すな!」
「ほら、これ!」
動画の下部で「いいね」を示すハートマークが滝のように流れ、フォロワー数がリアルタイムで増加していくのが見えた 。
『なんだこの子! めちゃくちゃ可愛いのに強すぎ!』
『ユーティ様、またとんでもない逸材を見つけてきたな』
『最後の回し蹴り、美しすぎて三回見直した』
『尊い……これが新しい推しか……』
ピロン、と軽い通知音が鳴り、ユーティ本人からのメッセージが表示される。
『ルカち、最高すぎ☆ バズりまくりじゃん☆ これからもこの調子でガンガン映える活躍、期待してるねっ!♡』
俺は天を仰ぎ、呟いた。
「……帰りたい」
「何をおっしゃるのです! これほどバズったのですよ? これから舞闘の聖女ルカとしてじゃんじゃん売り出していくので、期待しててくださいね!」
「そのダサいネーミングはやめてくれ」
「バズって嬉しくないのですか?」
「SNSには興味ないんだ」
「そんな馬鹿な! バズが嫌いな人など居るはずがありません! もっとよく見てください、このルカを称賛するコメントを!」
フィエルの手にする画面には、コメントが更に何件か届いていた。
『【悲報】ゴブリンさん、レベル上限999の世界で初期装備のまま女勇者に挑んでしまった模様』
『返り血すらハイライトにしてしまうその美貌、どこのコスメブランドと契約してますか?』
『ゴブリンにも家族がいて、子供がパパの帰りを待ってるかもしれないのに。とか1ミリも思わなかった。最高』
「ね?」
と、会心のドヤ顔を向けてくるフィエル。
「意味が分からないんだが」
「感じたままで良いんです。これを見て、嫌な気持ちになりましたか?」
「いや……」
「そうでしょうとも! SNS上の自分を肯定されて嫌な気分になる人が居ますか? いいえ居ませんとも!」
「これは、肯定……なのか?」
フィエルの端末に表示されるコメントが次々に更新され、流れていく。
それを目で追っていると――
「もっと欲しいですか? もっと応援コメントが、そしてその先にあるバズが……!」
「よく分からない。だが……」
言いながら、動画上に表示される応援コメントと、瞳をキラキラ輝かせるフィエルを見比べる。
「不思議と悪くない気分だ」
「そうです! それがバズというものです! 口ではなんと言っても、ルカの心はバズを求めているのです! バズこそ正義! 何故なら、人はバズるために生きているのですから!」
そう言い切るフィエルの瞳は真剣そのもので、自分の上げた動画の再生回数が伸びるたびに口元を綻ばせるその姿に、つい気の迷いが生まれて協力してやろうかという気になってしまった俺を、誰が責められるだろう。
「分かったよ。お前の好きなようにしてくれ」
「良いのですか、ルカ! では早速、宿屋を手配してルカの私生活の撮影に移りましょう! 聖女ルカの部屋の内装のデザインを考えなくては……! 腕が鳴りますね!」
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