第2話 職場トラブル


「智香、来てもらって悪いな」


夕方、コンビニの前で不良グループの総長である奈々がそう言うと、智香は何でも無いと手を横に振って示した。

奈々は智香や他の不良メンバーと違って一人だけ白い学ランを着ていて、金髪を後ろに三つ編みに束ねている、少し細身の少女だ。


「総長、それで問題の人って言うのは…?」


奈々はそう尋ねられ、顔をマスクで隠してコンビニの裏に智香を連れて行くと、そこには気の弱そうな女性が一人うなだれていた。


「智香、こちら石井皐月(イシイ・サツキ)さん。私が先輩クルーとしてお世話になってる人だ」


「先輩クルー…えっ!総長コンビニで働いて…!?」


「あまり総長とか大きな声で言うな。このコンビニでは皐月さん以外にナナちゃんで通ってるんだ」


「…ナナちゃん」


ちょっと衝撃を受けながら、智香は仕切り直して話を再び聞く事にした。


「で、その皐月さんがどうしたんだ?」


「それは皐月さんから直接聞いてくれ」


奈々はそう言うと、皐月に話をするよう促した。

皐月はか細い声で、本当に困った様子で話始めた。


***


「使えないのよ貴女!もっとちゃっちゃとやってくれないかしら!?」


「はい…すみません」


皐月はコンビニで働く前、こじんまりした子会社で事務をしていた。

その時の上司、荒井秋穂(アライ・アキホ)にいつもネチネチと嫌味を言われ、それでも懸命に働いていた。

だがある日、皐月の体に異変が起きた。


「お腹痛い…。」


あまりのストレスにさらされた皐月は、それが原因でいわゆるストレス胃となり、仕事に支障が出始め、仕事を辞める決断をした。

しかし彼女の悪夢は仕事を辞めた後も続いた。


「何で…。」


「貴女今度このコンビニで働いてるの?本当に何も出来ないのね!ねぇ知ってる皆さん、この子前の職場を腹痛で辞めたのよ!」


皐月を見つけて以来、前の上司秋穂は頻繁にコンビニにやって来てはそう吹聴するようになった。


***


「荒井さんと働いてたのはもう何年も前なのよ?なのに今だに私に聞こえるように嫌がらせしてきて…私胃に穴が空きそう…。」


皐月はそう言うと、具合が悪そうにお腹に手を当てた。


「腹痛で辞めたって…原因はアンタだよってはっきり言ってやったらどうです?」


智香がそう言うと、皐月は更に具合が悪そうにしながら辛そうに答えた。


「言ってやりたいけど、その後何されるかわからないから…私が我慢すればいいんだろうけど、もう限界で…ナナちゃんにまで迷惑かけるくらいならコンビニも辞めた方がいいのかな…?」


そう皐月が弱気に話していると、問題の人物が店に来たようだった。


「あら?腹痛で辞めた子はいないのかしら?この店も腹痛で辞めたのかしら!?」


そう秋穂が高笑いすると、引き連れている子分達も、ゲラゲラと笑った。

かと思えば積み上がった商品をワザと落とす者もいた。


「…あの女か?取り巻きまで連れて何がしたいんだ…?」


智香がそう言うと、奈々が智香の肩を掴み言った。


「調べたんだがどうやらあの女、暴力団の組長の娘らしい。だから普通の奴はあの女に逆らえないみたいなんだ」


皐月は顔を青くしていて、見つかったらまた何を言われるかわからない。


…どうにかあの女の注意を他に向けさせる事は出来ないか。


秋穂を見ながらそう奈々が思っていると、智香が秋穂に近づいて行った。


「おい!智香…!」


奈々が止めたが、時はすでに遅かった。


「ちょっとすいません」


「あら?どなただったかしら?」


智香は秋穂の肩に触れて振り向かせると、いきなりグーで殴った。

それを見てその場にいた皆が凍りついた。


「何…?痛い…痛い!」


秋穂が殴られたと気づいた時には、彼女の顔に青いアザが出来ていた。


「アンタ!よくも!ちょっと貴方達!早くその女を取り押さえなさいよ!」


秋穂がそう言うが、ただの取り巻きで暴力団員ではなさそうな人達は、いかにも凶暴そうで睨みつけてくる智香に何も出来なかった。


「暴力団のお嬢さんだからなんだか知らないけど、この辺りは私らのシマだ。気安く来てもらっちゃ困るんだよ」


そう言い秋穂の首根っこを掴むと、秋穂も背筋が凍った様子だった。


「わかった…今日の所は帰りましょう。でもその顔覚えましたからね!」


そう言って秋穂は店を出て行った。

それを見ていた奈々と皐月は、智香の所へ来ると言った。


「派手にやったな智香…。」


「いけませんよ暴力は!これじゃ貴女が目をつけられてしまいます!」


「うん、だから皐月さんから意識を逸らすためにそうしたんだって」


「えっ…。」


智香はそう言うと、皐月の肩を叩いた。


「貴女もああいうのに絡まれないためにちょっと強くならないとね。総長に稽古でもつけてもらいなよ。じゃあ私は日課のシマのパトロールがあるから」


そう言うと智香は、店を出て行ってしまった。


「大丈夫でしょうか智香さん…。」


「アイツも無理するからな。しかも褒められた方じゃないやり方で…。すっきりはしたけど、私も相談する相手間違えたかな。アイツにだけ背負わせるつもりは無かったんだが…。」


奈々はそう言うと、落ちていた秋穂のサングラスをゴミ箱に投げ入れた。


***


「まぁそういう事があったから、しばらく私に近づかない方がいいぞアンタも」


「何だそれ?俺にそんなの関係ないから却下」


智香は隆一がそう言うと、舌打ちした。


…せっかく追い払えると思ったのに。


「おーい、俺を追い払えると思ったろ?心の声が顔に書いてあるぞー。」


…ギクリ。


そう思いながら、その日も智香は隆一と共に屋上でダベっていた。

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