ダベダチ

雪兎

第1話 屋上にて


羽瀬川智香(ハセガワ・トモカ)は屋上で寝そべっていたが、気怠そうに起き上がり、下を見下ろした。

彼女は桜ノ宮学園の一年生で、はっきり言って不良だ。

胸に手にサラシを巻き、学ランを着ていて、髪は茶色でサラサラで長く、毛先のところを結んでいる。

そんな彼女の隣で、同じ様に眠そうに起き上がったのは、高木隆一(タカギ・リュウイチ)。

彼は起き上がったついでに細いメガネをかけ直すと、彼女に話しかけた。


「ねぇ?何かお腹空かない?パン買ってきたんだけど食べる?」


隆一がそう柔らかい口調で言うと、智香はため息を吐き片手で顔を覆った。


「どうでもいいが、なぜお前はここに居座る?」


智香のその問いに、隆一は少し視線を上げて考えると、すぐに智香に視線を合わせて答えた。


「えーだって、心地良いから?」


「…今すぐ帰れ!」


「容赦ないなー。」


そんな風に隆一がダベり始めると、智香は何とも言えない表情でまたため息を吐いた。

隆一もそれを見ていたが、まるで気にした様子も無く、再び口を開いた。


「そうそう!この前こんな事があってさー…。」


パンの袋を開けながら、隆一が数日前の事を話し始めると、智香は少し興味を持った様子で聞き入った。


***


数日前、智香の不良の先輩である三浦立春(ミウラ・リツハル)が、子分達と話していた時の事。


「女なんてチョロいもんよ。ちょっと褒めればすぐに靡くからな!」


そう大きな声で立春が笑うと、その声を遮る様に声高らかに笑った後輩がいた。


「聞くに堪えませんね。貴方の様な人がいるから今でも日本男子は女性を軽視してると言われるんです」


「…何だと?喧嘩売ってんのか1年!」


「おぉ怖い怖い。では授業があるので失礼…。」


そうさも当然の様に去って行く隆一に、立春は声を荒げた。


「おい!待て1年!戻って来い!」


しかし隆一は全く気にする事なく、サッサと行ってしまった。


「おい!何でてめーら止めないんだ!?」


「いえ…あまりにも流れる様に去って行ったものですから…。」


そう言う子分達の頭をハタキで叩くと、立春はイライラしながら教室に入って行った。


***


その日の放課後、立春は後ろに女子を乗せてバイクで帰ろうとした。

そこで立春が横断歩道の手前で止まると、歩行者優先のため、道路を渡ろうとしていた隆一がお淑やかにお辞儀をし、渡った。


「…アイツお辞儀しやがった!マジ気持ち悪!」


それを聞いて、隆一はゆっくり歩くと、立春は更にご立腹の様だった。


***


そんなやり取りの話を聞き終えた智香は、深くため息をついた。


「お前…先輩相手にそんな事してたのか?」


「そうなんだよ、『お辞儀しやがった』って何だろな?自分はお辞儀される程の人間じゃ無いって事かな?気持ち悪いって病気かな?」


「…本当にわかんないのか?絶対違うと思うぞ」


智香がそう言うと、隆一は笑ったまま少し考えるフリをし、そしてワザとらしく言った。


「わかんないな。俺、育ちがいいから」


「はいはい…金持ちの坊ちゃんだもんなお前」


「そうそう」


智香はまたため息を吐くと、隆一が持ってきたパンを口にした。


「おっ、美味いなこれ」


「だろ!?学食のパンコーナーに新しく出てたんだよ!そのやきそばパン!」


「…おう、そうか」


…食いつきいいな。


口にしながらそう思うと、智香は隆一がお坊ちゃんなのを思い出しまた思った。


…坊ちゃんなのに買うのはやきそばパンか。


智香が少し笑うと、隆一はそれを見逃さず、顔を近づけて言った。


「何で笑った今?何か失礼な事思っただろ!わかるんだぞ顔を見れば!」


…ギクリ。


そう思いながら少し怒った様子の隆一に智香は面倒くさそうに言った。


「いやいや近いって…悪かった、悪かったよ!」


「それでいいんだよそれで」


…何で私が謝らなきゃならん?屈辱!


そう思いながら智香ら隠れて拳をフルフルと握った。

そんな事とは知らず、隆一は少し智香をチラ見し、トーンダウンしながら聞きづらそうに言った。


「…それでさ、その三浦先輩と前付き合ってたってのは本当なわけ?」


智香はそう問われると、少し遠い目をしながら答えた。


「もう昔の話だ。勝手に憧れてただけで相手が本気じゃ無かった、そんな感じだな」


「…何だそれ、聞かなきゃよかった」


「何だよそれ!聞いたから答えたんだぞ!?」


「もういい寝る!」


隆一がそっぽを向いて寝ると、智香はそのまま遠い目をして空を見ていた。


…すっげームカつく!あんな男のどこが良かったんだか…。


隆一はそう思いながら、不貞腐れるようにそっぽを向いた。

そんな時、智香のスマホが鳴った。

その時、智香は悪い顔をして言った。


「あっ、先輩からだ」


「何!?」


「ウソ!引っかかったー!総長からだよ!」


「…はっ!?」


そのやり取りで本当に隆一は不貞腐れると、智香に背を向けて寝転がった。


「もしもし総長?なんか用?…え」


隆一に構う事無く、智香は彼女も所属している不良グループ、イーグルの現総長である牧野奈々(マキノ・ナナ)の電話に出た。

すると何か、不穏な空気が智香から漂っていた。



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