怒号
翌朝、隣で眠るつゆを起こさないように布団を出た天護。
「よく眠っている…そのまま、そのまま起きなくていいぞ…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もうすでに居間で静かに待ち構えていた2人。
橙「お着替えです」
蒼「朝食をおもちしますね。」
毎朝の光景だ、静かな朝。
天護「つゆはまだ眠っている。儂が本殿に居る間、飯と風呂を頼む。」
橙「かしこまりました。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その時、庭の空気が揺れた。
「天護ォォォォ!!」という雄叫びとともに。
せっかくの穏やかな朝が台無し。
橙「これは…まさか…や、山神さま…?」
天護「つゆが起きてしまう…」
山神「ゴルァァァァァ、天護!!!昨夜、山になにした!!!!」
庭に降り立ち、離れごと吹っ飛びそうなその怒号と共にやって来たのは、
もともと天護が神使として仕えてた山神様。
そのお姿は神々しくも威厳があり雄々しい山の権化そのもの、上位神でありこの山脈の神。
天護「山神様…おはようございます…昨夜はその…」
山神「言い訳があるなら聞こうか、お前が山を怖がらせたのであろう!木々が泣いとったぞ!」
昨夜、鈴の音を聞いた時に怒気全開でつゆの元に駆けつけた事が、山を怖がらせていたようで木々からそれを聞いて山の神様が苦情を言いに来た。
山神の使命は山を護ることでそれ以外は眼中にない。
しかし、幸せな夢の中から一転、風圧を伴うその怒鳴り声で起こさたつゆは…
「なに?!何事…!?」と起きて寝室から居間、そして縁側まで出てくる。
天護「おまんは寝ておけ。それと…そんな格好で出てくるな。」
寝間着のショートパンツとキャミソール姿だった。
上から下までつゆを見て…
山神「まさかこれが言い訳とは言わんだろうな?のぉ、天護。」
つゆ「今“これ”って言われた…やっちゃえ、天護様。」
起こされて、機嫌はあまりよくないようだ。
橙と蒼はつゆの両隣にきて、コソコソ話をする。
橙「しーー、煽らないでください、つゆ殿!」
蒼「天護様よりも上位の神様です…!」
つゆ「その上位神に、なんで天護様が怒鳴られてるんですか?」
橙「昨夜の天護様の怒気解放寸前に…」
蒼「山が怯えてしまったようで…」
いいわけを始める天護。
天護「昨夜は…そこのつゆが…危険な目に遭ってると勘違いしまして…」
つゆ「モーゲン」
山神「で、何者だ。」
つゆ「天護様の同衾相手ですけど。」
天護「おまんは少し黙っ…ほれ、着替えて朝飯食ってこい…。」
つゆ「嫌です。」
山神「…誰なんだ」
つゆ「あなたこそ?」
山神は着ている袴を翻し、自己紹介を始める…朝とは思えない声量で。
「我は山神、名は麓讃だ。この山を護り継承している。我の山を脅かす者には災いを齎す…たとえそれが天護でもな。」
つゆはその口上を真似て繰り返す。
「我は吉岡つゆ、普通の社会人!で、その件で天護様に怒鳴るのなら、私が受けて立ちます。たとえそれが神様でもね。」
睨み合う山の権化・山神と、寝起きの人間・つゆ。
天護「どういう状況じゃこれ…」
橙「つゆ殿の寝起きが悪いってのは分かりましたね…」
はぁと小さいため息をして
「昨日は天護様が私のSOSを感じて急いで来てくれたんです、ちょっと興奮気味でね。それだけです。…木々には謝っておきましょう。私が鈴をシャンシャン鳴らしてしまったから。」そういって縁側から裸足で降りて天護の隣に立った。
山神「鈴…?お前が鈴を持ってるのか。」
つゆ「そうですけど、なにか?」
山神「天護よ、これに鈴を渡したのか?」
つゆ「ちょっと!…次また“これ”呼ばわりしたら、山の中でバーベキューしますからね。大阪の友達25人くらい呼んでやる!!」
つゆの暴走を一旦無視して話しを続ける…
天護「はい、このおなごに鈴を渡しました。」
つゆ「起きたら隣にいなくて、きつねちゃんから貰いましたけどね。最初やり逃げかと思いました。」
天護「ややこしくなるから黙っててくれ…頼む…」
つゆ「やだ…♡」
しかし…「まさか…これとお前がか…?」と言った山神、その一言で3度目の地雷を踏む。
つゆ「…また“これ”って言いましたね。よし、橙さん。炭あります?肉と野菜とソーセージも。みんなでバーベキューしましょう、私ヨンド君に電話する、大阪の柄悪い友達集めてもらうんだから!なるべく乾燥してるとこ探しくて、花火もやりましょう。きっとどっかにまだ売ってる!」
橙「だめに決まってるでしょう!」
3回“これ”呼ばわりされた逆襲で山での禁忌中の禁忌を冒そうとする、つゆ。
寝起きの機嫌が悪いからって、逆襲の温度が高すぎる。
山神「天護、…こ…いや、なんだこの女は。」
天護がなにか説明しようとした時、庭の一角にとんでもなく強い光と霧が発生
…そこから現れたのは1人の天女のような美しい女性。
薄い乳白色と桃色の着物、髪は腰よりも長くその名の通り絹の様に光をはじいている、肌は月明かりのように淡く、黒く大きな目はどこまでも慈愛に満ちていた。
絹月「あなた…朝からどちらへお出かけかと思ったら…こちらでしたか。まあ天護様、お久しぶりです。」
天護「おひさしゅうございます、絹月様。」
つゆ「えぇ…まぁなんて…綺麗な人…」
天護「山神様の妻であられる、絹月様だ。」
つゆ「ほえ・・・」
一気に寝巻きでノーブラでショートパンツとキャミソールで居ることが恥ずかしくなる。
つゆ「き、着替えてくる。」
天護「今か・・・?お、おう。」
つゆが屋内に引っ込み着替えてる間、天護が事のあらましを2人に説明する。
絹月様は驚いたもののにこやかに笑い、天護を祝福すると言った、
しかし山神はまだつゆを信用できないでいた。
山神「どこの馬の骨ともわからん者に天護が誘惑されとるだけなんじゃ…」
絹月「天護様がかわいいのは分かりますよ、でも云壇様と違い、ずっと人間を避けてきた天護様がやっと心開ける相手を見つけたのですから。ね?あなた。」
しばらくしてからつゆが出てきた。
さっきと打って変わって紅に白抜きの模様のついた着物を着ている、帯は黒で鶴の模様が施されおり、着物も帯も年代物だが、いいものだろう。
つゆは仕事上の付き合いで外国人と会う事も多く、その時に着物を着る機会もあったから着付けは自然と覚えていたのだ。
髪は後ろで簡単に纏めただけだが、いつもの卸髪と印象が変わる。
着物は橙と蒼が大昔、村で「神主」として仕事をしていた時に村人から頂いたもので着替えを持ってきていなかったつゆに天護が用意させていた。
絹月「あら、びっくり。」
つゆ「すみません、先程は寝起きだったもので…大きな怒鳴り声に起こされて…」
そう言いながらじーっと山神様の方をみる、山神も疑いの眼差しでつゆを見る。
天護は横に並んで立つ、つゆをみて思わず「綺麗じゃ…」と漏らした。
山神「拐かされてるんじゃないだろうな…天護…」
つゆ「そんな事しませんよ。好きなのに。」
天護「…儂もじゃよ。」(小声)
つゆにしか聞こえない位の声でそういったから、つゆはニヤけて天護は照れている。
そんな新生カップルの空気に気付いた絹月は「朝早くから、私の夫がごめんなさいね。」とにこやかに謝罪をする。
つゆ「いえ、そんな…はじめまして、私は吉岡つゆと言います。絹月様…なんと…お、お美しい…」
絹月「合格」
山神「だから!」
絹月「何が気に入らないっていうの?彼女は天護様を愛していて、天護様もどうみても恋をしてる目ですわ。それにあなたを睨んで天護様を守ってるんですよ。ほんと…かわいらしい。」
山神「我は神だぞ、礼儀というものがだな…」
絹月「朝の6時に怒鳴られたら誰でも怒りますわ。それにほら…私も鈴を持ってるの、これは私と山神様のものよ、婚姻の儀の時に贈ってくださったの。」
つゆ「…婚姻の儀?え、ただの御守りみたいなものじゃないんですか?」
絹月「これは…1柱1つ持っていて、心身共に繋がる者に渡すものよ。」
つゆ「え…待って。それをきつねちゃんに渡させたんですか?」
天護「あの時は…それが…最善かと」
つゆは少しむっとしたが、顔にはださないようにした。
絹月はそれを察して「さ、もう帰りましょう。あなたも朝の儀式があるでしょう?」といい山神をひっぱっていく。
「まだ話は終わっていないからな」と叫ぶ山神とともに、霧の中に消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鈴の真実を聞いたつゆの心には小さいが重い靄が発生していた。
「…天護様も儀式があるのですか?」
「あぁ、本殿に居る。すぐ戻るが…」
縁側に腰を降ろし足の裏を払っているつゆ。
「わかりました。」
「おまんの朝飯は蒼が用意してる…」
「はい」
「風呂は橙が…やけどしないようにな。」
「はい」
つゆの返事にはトゲもないが短く、温もりもない。
「…すぐ戻るから。」
「いってらしゃいませ。」
そう言ったものの天護の方はみない。
「おい、こちらを見ろ。」
「なんです?」
それは失望を微かに宿した目だった。
「…儂はあの日、失敗しかしとらん、分かってる。」
「…」
天護は饒舌なつゆが何も返さないことに居心地が悪くなった。
「なんでそんな顔をしている。」
「父親似だから、文句なら父にお願いします。」
「そういう意味じゃのおて…。そんな目をするな。」
「大事なものは天護様からほしかったって…あのきつねちゃんも可愛かったけど…」
「あいつは…可愛くはない。帰ったら話すから、少しの間待っとってくれよ。」
「たぶんね」
「つゆ…」
「ちゃんと待ってますから神様してきてください。」
そんな目をしたつゆを置いていくのに罪悪感を感じながら
「どこへもいくなよ…」と言って橙と蒼の方へ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
天護は儀式用の衣に着替えて、本殿にとぼとぼと歩いて行った。
つゆ「きつねちゃん経由は…ちょっと違うくない?」
そう言いながら着物を脱いで、綺麗に畳む。
そして、さっきまで着てたキャミソールとショートパンツ姿に戻る。
蒼「お食事お持ちしましたよ、あ、着物脱いじゃったんですか?」
つゆ「食事で汚したら大変なので、たとう紙に包んでそこに置いてあります。ありがとうございました。」
橙「お風呂のあとまた着られたらどうです?お似合いでしたよ。やっと着てくれるものがいて、着物もきっと喜んでおります。」
つゆ「はぁ…」
御膳の前に座って思わずため息が漏れる。
蒼「朝からとんだ大物の訪問で疲れちゃいましたね…食事したらお風呂入ってリラックスしてください」
つゆ「ひとつ…聞いてもよろしいですか?」
食事を食べながらそこに居てくれている2人と話す。
橙「お答えできる事でございましたら、何でも。」
つゆ「天護様って生まれたてのひよこみたいなもの?私がたまたまテリトリーに入って来たから私に惚れたと思ってるだけじゃ?」
橙「はい?」
蒼「それはどういう意味で?…天護様は猪の神様です。ひよこじゃないです。」
つゆ「そりゃまぁ分かってます…他に恋などしたことは?」
蒼「いいえ、知っている限りは。人間の女性と話すのも400-500年ぶりだと…その時も顔をみて泣かれたらしく…会話らしい会話をしてなかったと聞きました。」
つゆ「ほら…やっぱひよこだ。」
蒼「?、いいえ、天護様は猪です。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を終えたつゆは、気分転換も兼ねて
人生初の五右衛門風呂を朝風呂でいただくという贅沢をさせてもらう事に。
橙「こちらの板を足で踏んで底に沈めて…底は熱いので気をつけてくださいね。こっちは顔を洗う用ですが気にせずお使いください。」
つゆ「わー、すごい!ありがとうございます。頑張ります。」
初めて見る五右衛門風呂に感動するつゆ。
しかしみんなが何度も“やけどするな”と注意するからちょっと警戒しつつ、同時にもわくわくもしていた。
頭の先から足の先まで念入りに全身を綺麗に洗い、今は板を持ってイメトレ中。
「これを沈めて右足で、こう?で、こうして…あ、待って。木だからビート板みたいに浮くよね…左右に寄ったら顎にガーンってなって、しかも脚とおケツを火傷する可能性。だから…真ん中か。重心は真ん中。ふむふむ。縁は熱い?…よしよし、そこまで熱くはない。じゃ、ここに座って、これをこうして…」
独り言が長い。
すると窓の外から「つゆ…」と、声がした。
儀式が終わった天護が外で火の番をしてる橙と交代して薪を焚べている。
つゆ「うわああああ」
裸で風呂で独り言を言いながらイメトレしてる時に、
いきなり話しかけられたからびっくり変な声がでてしまった。
「儂や、外におる。外からは見えん…」
「なんだ天護様か…びっくりした。…お仕事終わったんですか?」
「あぁ。…なぁ。おまん、怒っとたろ。儂が行く前。」
「怒ってません。」
「じゃあなんや、なんか違うぞ。」
「ちょっと待ってください、さきにこの…湯船にですね…これをこうして…よぉし。あぁ、ふぁー…いいお湯です。」
イメトレ通りに湯に浸かれたようだ、五右衛門風呂最大の難関を攻略した。
「よかった」
「で…私、怒ってませんよ…ただ…」
「ただなんや。」
「私のどこが好きです?私があなたを好きって言ったから、ってのは無しで。」
「そ、そんな…今言うんか」
「いつならいいんです」
「わかった…」
お互いの顔が見えないこの状態で、お互い正直になろうと話をはじめる。
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