共鳴呼応

「そ、そんなシャンシャンしないでください…!」

「これは…まずいかもしれない…」


「私いまお金持ってないですよ、大きな買い物したところで銀行にもそんなにお金ないし…!」


そう言いながらまだつゆは鈴を鳴らし続けている。


「いいから、とりあえずシャンシャンするのを一回やめてください!」

「全力で来てしまいます…!」


社の奥の家屋、そのまた奥の離れの縁側でぼーっと空を見ていた天護の耳がピクつく。

「今…!?これは…!待っとれ!」


鈴の音は確実に天護の耳に届いていた、そしてそれがすごい勢いで鳴り続けている事も。


つゆが近くの棒を手に取ろうと隙を見て、

2人が必死に「落ち着いて下さい!!!」と言って居る時…


一瞬風が止み、山が息を潜めた。


そして、つゆの真後ろで地の底から呼気のようなノイズが鳴り響き、空気が裂けた。


振り返るとそこには目を真っ赤に光らせた大きな獣が立っていた。


つゆ「うわぁあああああああ!って…あれ?猪さん!」



するとつゆの目の前にいたエキセントリックな髪色をした2人は膝を付いて頭を下げ


橙「問題はありません!」

蒼「ほんの誤解です…お鎮まりください…!」


と、必死に弁明をしている。



「貴様ら…何をしている…」その大きな異型の獣の全身から怒気が燻っている。


膝を付いたままの2人はそのまま…


橙「鈴を持っていたので、もしかして思い…話しかけたら…」

蒼「怖がらせてしまったみたいで…」



「猪さんの…お、お知り合いで?」


「おまんも…こんな時間に1人で山に入ってきたのか…」


「ひい、ごめんなさい…でもうちすぐこそだし…」


申し訳なさそうにするつゆを見て、天護は少し落ち着いた。

そして徐々に怒気を収め、深呼吸をした。


「ふぅ…だめやろが。おまんは山に慣れとらんのに…。」


「ごめんなさい。でも来てくれたんですね…」


「それを渡したのに、来んわけない。」


「しかもあんなに怒って…」


「なんかあったとおもたんじゃ…」



それを聞いたつゆは「え、かっこいい…なにそれ」と、頬を赤らめる。


つゆ「私、吉岡つゆっていいます。今更ですけど…」


天護「…儂は天護という。分かってるかもしれんが…あの神社の神さんは儂や。」



橙と蒼はこの感動の瞬間に立ち会えたことと、天護が暴れださなった事にほっと胸を撫で下ろす。

山には自然の音が戻り始める。


「あの、えっと…このお二方は?」


「儂の使役や、人に見えるが…人ではない。ずっと長い事仕えてくれとれる。」


「あーびっくりした…ネオ山賊かと思った。」


蒼「申し訳ない、驚かせてしまって…蒼といいます。」

橙「私は橙です、天護様のお世話をしてます。お見知り置きを。」



やっと冷静さを取り戻した一同。


橙「天護様。いくら夜とはいえ、ここはまだ人目に付くかもしれません。社に戻りましょう。」

天護「でも、今会ったばっかりじゃ…」

つゆ「あの、もしよかったら私も行っていいですか…?」


天護「ええんか?しかし、もう夜ぞ。」

猪神様はこの娘を門限のある小娘とでも思っているのであろうか、そんなわけない。


つゆ「リュックにケーキ入ってるんです、みんなで食べましょう。」

天護「…なら、今日も背に乗れ。顔は伏せとれよ、跳ぶから危ない。」

つゆ「飛ぶ?」

橙「天護様は跳べるのです、飛行ではなく…跳躍ですね。」


◇◇◇◇◇◇


天護はまた背中につゆを乗せて、今度は着物の帯でしっかり括り付けた。

つゆのリュックは蒼が運んでくれるそう。


「顔伏せたか?しっかり捕まっとくんやぞ。絶対離すな。」


「離しません…!ちなみにどれくらい走るんですか?お疲れになったら途中で休憩でも…」


「10分もかからん」


「10分?!速い…私、ここから4時間かけてもあの神社に着かなかったのに…」


「おまんは迷子になっとったからや。あと儂は跳んで走っての繰り返しで歩くんじゃない。じゃ、いくぞ。」


そうして、低く構えたあとこの巨体からは想像できない跳躍力とスピードで進んでいく。

片手は背中にしがみつくつゆを抑えていて、もう片手で枝をかき分けて。

つゆは「わぁああ」と声が出て、しがみつく腕に力が入る。

「すぐ着く、辛抱せい…」


◇◇◇◇◇


天護の神社の鳥居の前まで、本当にすぐ到着した。


「うわぁ、すごかった…めちゃ速かった…」

「よし、降りるか。」


「あの…もうちょっと…」

「…?」


「ここで、こうしてていいですか?」

「えぇけど…どうした」

「私言いたかった事があるんです、でも顔見たら緊張しちゃうから。それに…」

「…どうした」


「熊から助けて貰ったでしょう?その時見てたのが、この背中で…だからここで言いたくて…」


鳥居の前に一陣の風が吹く。


「待ってくれ…儂に怒ってないんか。」

「どうして怒ってると思うんですか?」


「儂がおまんを…遠ざけるような事を…」

「あぁ…傷ついたけど怒ってはないです。私が天護様に相応しくないって思われても仕方ないし…」


おいなんじゃ、としばってた帯を解いて背中から降ろしてつゆの両肩を持ちしっかり目を見てそしてゆっくり問う「…儂がそう思わせたんか?」


猪神様の背から急に降ろされ、まだ足がふらふらしつつも、力強く両肩を掴まれてるから転ばずに済んでいるつゆ。


「あなたは神様だし、私は大した人間じゃないし…初めて会った時にいくら好きと思ったとしても、あんな事しちゃったし…だから」


「儂はそうはおもてないし…あれは…いい夜だったが…おまんの為にと思って…」

「え?…本当に…?…私のためって?」


「あの夜の事は忘れられん…思い出しては後悔しとる。寝てるおまんを飛ばしてしもたこと…」


後悔してたのは自分だけではないと知し、少し安堵したつゆは気になってた事を聞く。

「そういえば…あそこ、どこだったんですか?きつねさんに会いましたけど。」

「あそことこの神社は繋がっとってな。まあ昔の話じゃ。また今度話す。」

「…?、わかりました。」

「儂が渡した鈴はな…儂と繋がってないと聞こえんのや。心の底から儂を思とる人間が鳴らした時だけ聞こえるし、儂がその人間を思ってないと…そもそも渡さん。」


「…お守りみたいなものですか?」

「うんまぁ…おまんが鳴らしてくれたら、迎えに行こうと思ってたんや。」


「…あんなシャンシャン鳴らしてびっくりしたんじゃないですか?」

「あぁ、たまげた。おまんが危険やとすぐ分かったからな。」


「…また助けてくれましたね。」

「何回やって助けにいくぞ…好いてるおなご1人守れんで神を名乗れるか。」


「え…」


「気が急るっちゅう事があるみたいや…わ、儂は猪やから…。でもあれは…いい夜やった、後悔もしてない。」


2人はじっと見つめ合う、そこにもう言葉はいらなかった。

天護は身を屈めて、つゆは背伸びをする。

あの夜以来、もう一度唇が触れ合う…。

甘い空気が2人周囲を支配しそうになっていたが、ゼェハァいう音でそれは破壊された。


天護もつゆも一瞬忘れていたが、橙と蒼が戻ってきた。


橙「速すぎますって、いくらなんでも…」

蒼「はぁ、疲れた…」


橙は買い出しの荷物を、蒼はそれに加えつゆのリュックも持ってる。


天護「なんやお前ら、こんなもんでへばるな。儂は人ひとり担いで来たんやぞ。」

橙「私達は神様じゃないんで…ハァハァ…」

蒼「いい運動に…なりました…オエェェェ…」



それもそのはず、参道の入口からここまでは

普通の人間の脚なら3時間ほどの距離、山慣れしているものでも2時半はかかる。

この2人が神の使役という事を考慮しても、30分は神がかったタイムだ。

実はこの2人、短距離であれば瞬間移動を使えるが、山の中は障害物が多すぎて危険なので使わない。


つゆ「あ、かばん…重かったですよね。すみません…」

蒼「いやいや、大丈夫ですよ。中まで運びます!ぜぇぜぇ…」

つゆ「ありがとうございます…ほんと大丈夫です?」


天護「蒼は大丈夫だ、こいつは鍛えてる。しかし橙は真っ青じゃな。」

橙「そ、そんな…いつか追いついてやりますよ。天護様。」

天護「寝言は寝て言え。」


そんなやり取りを見て微笑ましく思い「仲良しだなぁ…(笑)」と呟く。


天護「夜も遅い、中に入るぞ。」

そして鳥居を抜け、神社に入り、本殿を超え、家屋へ。

しかしつゆはあの日過ごした囲炉裏の部屋ではなく、離れに案内された。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


神社の本殿の裏手、山に抱かれるようにして建つ控えめな天護の居住。

母屋から渡り廊下を抜けると離れがある。


檜の板壁は年季を帯び、雨に濡れたような深い色なのはもう夜だからか。

その先の戸口をくぐると、そこは居間のような空間になっており、

天井は低く、梁が太く、重みがある。

最初の部屋には中央には大きな机が置かれ、向こう側には縁側があるよう。


左奥には寝室が続く、この空間のなかで何より目を引くのは寝室の中央を占める巨大な布団だった。

二枚の畳を縦に並べたほどの長さがあり、掛け布は厚く、まるで山のように盛り上がっている。


「ここは?」


「ここは儂の部屋なんじゃ、まあ…今日はもう遅いから…ケーキは明日にしよう。儂は毎朝儀式があってな。その後でいいか?」

「もちろんです、じゃあ今日はもう…おやすみなさい。ですね?」


荷物を置いて、つゆはリュックに入れていた寝巻きに着替える。

正確には入れていたのではなく、急いで準備して来たときに出し忘れていたキャミソールと緩い短パン。つまり、たまたま入っていた。

離れに来る前に、橙にケーキを「涼しいところに置いておいていただけますか」と渡した時に、それが入ってる事に気付いた。


天護も寝間着に着替えて、その大きな布団に腰を降ろしていた。


「あぁ…またおまんを腕に抱いて眠れると思うてなかった。」

「私も…でも今日は私もちょっと疲れました。移動ばかりで。」


「明朝、蒼にいうて風呂を入れてもらえ。五右衛門風呂なんやが…。」

「ほ、ほ、ほんんものの?!」


「世には五右衛門風呂の偽物があるんか?」

「いや…見たことないから…びっくりしちゃって。」


「儂のやから少しでかいがな、まあ今日は寝るぞ。」

「おやすみなさい、天護様。」


そういって頬にキスを落とす。

「つゆ…もう寝るんやて…起こすな、儂も…儂のも。」

「ただのおやすみのキスですよ?」


「今日はよせ…」

「もうしたから満足です、じゃおやすみなさい。」


「おまんというおなごは全く…よお寝ろよ。」

「天護様も」


「あぁ、頑張る」といい、目を瞑る。


少ししてつゆの寝息が聞こえてきて、安心して眠りにつく。

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