第1話 未知との遭遇?(後篇)

「俺もよく知らんが、各国のお偉いさん方が秘密裏に色々と進めていたらしい。既に日本にも相当数の火星人が来て働いているらしいぞ。勿論もちろん、そうとはバレないように擬態しているそうだが」


 浦河うらかわが缶コーヒーを飲み干し、続けた。


「――っつーことで、これは超機密事項だ。実習生が火星人ということは、決して周囲の部署にバレないように。鈴木も気を付けてくれよな」


 そして思い出したようにクリアファイルから紙を取り出す。


「これ、誓約書。サインよろしく」


 先に話をしておいて誓約書も何もないと思うが、雪花せつかは仕方なくその紙にサインする。

 いまだにこういうところがペーパーレスにならない。

 だから仕事が減らないのだ――そんなことを考えながら書類を書いている内に、段々とはらが決まってきた。


 ――別に火星人でも、良いか。


 日本に来るということは、日本語での意思疎通はできるということだろう。

 せめてPCは使えるレベルだとありがたいが、少なくとも一人で全てをこなす今に比べれば、確実にマシにはなるはずだ。

 書き終えた書類を浦河に渡しながら、雪花は口を開いた。


「――それでは、早速受け入れ準備を始めましょう。来るのは来月の1日付ですよね。PCと会社携帯電話の手配をして、IT部門にメルアド申請しておきます。ちなみに、実習生ということは、うちの会社から直接給与を支払わなくていいんですよね?」

「あー、そこら辺の事務的なとこがわかんねぇから、打合せしたいんだわ。ちょっと資料共有するから画面見てくれ」


 浦河からPC上で資料が共有される。

 雪花は黙って画面をスクロールしていった。

 3分程経ったところで「大丈夫そうです」とうなずく。


「給与は在籍元である火星負担で、火星の口座に支払われます。ただ、当然実習生が地球上で生活する上で必要な費用もあることから、地球側でも給与口座を開設し、火星側からの依頼に応じて一定額を毎月振り込む必要があるようです。他にも地球側で用意した必要経費等について、この毎月の生活費と併せて四半期に一度火星に請求することになります」

「なるほど。じゃあ海外からの受入者とそんなに変わんねぇな」

「問題は、火星人の給与口座が開設できるのかということですが――あ、既に銀行口座は用意されているみたいです」

「ほー、随分と手際てぎわが良いな」

「あとは名札と名刺の手配をしたいんですけど、お名前って――」

「あ、その情報はこっち」


 画面上に履歴書のようなものが映った。

 そこで「あっ」と二人合わせて声を上げる。


「……鈴木太郎?」


 雪花がぽつりと呟いた。

 当然偽名だろうが、まさか自分と苗字がかぶるとは。

 恐らく怪しまれないように、日本でもTOP3に入る苗字をセレクトしたのだろうが、ややこしいことこの上ない。

 浦河が大袈裟おおげさにため息を吐く。


「えー、俺イヤなんだけど……これあれだろ? 『鈴木』じゃどっちかわかんないからおまえのこと『雪花』って呼んで、セクハラ窓口に通報されるやつだろ?」

「いえ、さすがに通報はしませんけど……」


 ――まぁ、浦河にあまり下の名前を呼ばれたくはない。


「そもそも『鈴木太郎』って日本人然とし過ぎてませんか? どんな実習生が来るかわかりませんけど、その名前で風貌が宇宙人だったら逆に目立つのでは……」

「それもそうだよな。あっちはえて寄せてきたんだろうが」


 そもそも火星人を見たことがないので何とも言えないが、できるだけリスクは避けた方が良いだろう。

 中空を見つめていた浦河だが、何かひらめいたのかその口唇くちびるをにやりと引き上げた。


「よし、ミドルネームつけようぜ。実習生は日系の外国人で初めて来日したっていう設定にしとけば、多少日本の常識が通じなくても何とかなるだろ」

「そうですね。ミドルネーム、こっちから提案した方が良いでしょうか」

「うーん、そうだな。『マーズ火星』にでもしとくか?」

「それ、バレバレだと思います……」


 ――結局、一文字変えて『鈴木・マーク・太郎』とすることにして、その日の打合せは終わった。


 その後も定期的に浦河と打合せを行いながら、必要に応じて火星に連絡を取りつつ(このやり取りはNASAの窓口を通じて行われ、さすがに雪花が直接火星の担当者とコンタクトを取ることはなかった)、残りの日々は過ぎて行った。



 ***



 ――そして、遂に運命の日がやってきた。



 その日の朝も、いつものように雪花は始業前から飲むヨーグルトをすすりながら、PCと格闘していた。

 違うのは、気合いを入れるためにブルーベリー味をチョイスしたことと、9時前にも関わらず浦河が席にいることだろう。

 いつもゆるい雰囲気の浦河だが、今日は少し緊張しているような空気感が伝わってくる。

 それは、雪花も一緒だ。

 目の前のメールを読みながらも、頭がふわふわとしていてあまり内容が入ってこない。


 そう――今日はマークの初出社日だ。


 NASAの窓口からは、朝礼に間に合うように向かわせるという一報があった。

 受付から一直線に廊下を歩けば総務課に着く。

 会社に到着さえすれば、迷うことはないだろう。

 雪花にとって、始業までの時間がこれ程長く思えたことはなかった。


 ――不意にコンコンとノックの音が室内に響く。


 思わず浦河の方を見ると、彼も雪花の方を見ていた。

 どちらからともなく頷き合い、浦河が「どうぞ」と声を張り上げる。


 二人の視線の先で、ドアがゆっくりと開かれていった。



 第1話 未知との遭遇? (了)

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