インストールという名のプロローグ

 正直に言うと、彼との正確な出会いがどこであったのかを覚えていない。気が付くと友達になっていた。


 ⚠このエピソードでは問題となった元彼はでてきません。ご了承ください。


 横長に光る携帯の画面上でカウントダウンが始まる。その間約十五秒。

 YouTubeをよく見る人にとってはお馴染なじみの、虚無きょむへと帰る時間。

(課金をしている人にとっては縁もゆかりもない事象であろうが。)

 それは、仰々ぎょうぎょうしいうたい文句の脱毛サロンであったり、リゾート地への案内であったり、地元の銀行のローンであったりと、様々だ。

 当時、十六歳。多感な時期。人生の中で最もひねくれていると言っても過言ではない時期。

 私は強制的に広告を見せられる時間が今よりも苦痛であった。それならば、見るのを辞めろという声も聞こえてきそうなもの。おっしゃる通りである。

 ただ、当時は今よりも行動力があったため、広告が流れる度に筋トレをしたり、家事をしたり、片づけをしたりと、広告というまわしき時間をやり過ごしていた。

 そんな中、一件の広告が目に留まる。「長い」「うざい」「うるさい」「頻度が高い」の嫌な広告あるある四点セット詰め合わせのような広告。ぼうキノコが伝説を作っちゃう系の放置ゲーの広告だ。

 正直な話、こう思った。「うざ。」と。「どうしたらこれ流れなくなるんだろう。」と。

 広告というものは、アルゴリズムに沿って流れている。持ち主の趣味趣向しゅみしこうに合わせた広告が表示されるのだ。天下のGoogle様が私にこれを見せる理由はなにかしらあるに違いない。観察してみた。

 ぶっちゃけ、見ていられない。「キノキノも遊ばない!」と体格的にいい年をしたであろう男性がキノコのぬいぐるみの頭部を被りバタバタと動いているのだ。恥ずかしい。共感性羞恥きょうかんせいしゅうちをまんべんなく感じる。別にフェミニストというわけではないが、水着姿の女性を出演させ目を引こうという魂胆も非常にいただけない。

 ということで、私は二度と目にしないようにすべく、広告を重箱のすみ楊枝ようじでほじくるかのごとく、しかと目に収めた。

 アプリの事前予約ダウンロードに関する広告らしい。

 あ、そう。じゃあ、入れればいいのね。その場で即、予約。

 広告を作った方は天晴あっぱれだと思う。理由はどうであれ、新規ダウンロード者を手に入れたのだから。

 数日の後、広告を目にする機会は格段に落ち、私の脳内からも某キノコアプリの件は抜け落ちていた。


 日曜日の朝だった気がする。「(某キノコアプリ)がインストールされました。」の通知。そして、ホーム画面に見知らぬアプリ。なんだこれ、と思う。

 いつも作品を読んでくださっている諸君であればお分かりだろう。私の頭は非常に都合がよくできているのだ。

 嫌悪感を抱いていた広告のアプリだということはつゆ知らず、(というか、記憶にすらなく)興味本位でアプリを開いていた。


『_頭が痛い…もしかして転生?」

 一頭身…否、〇.八頭身…もしかするとそれ以下のキノコのキャラクターが喋る。世界観が理解できないまま、長いチュートリアルをこなす。

 察するに、私は当時相当の暇人であったのだろう。塾にも行っていなかったし。

 あ、今と比べて、の話である。勿論もちろん。そんな、某アプリをしていた人全員に対して暇人だ~!などと言っているわけではない。怖すぎる、辞めてくれ。私は未だにギルマスが怖い…。今は喋る機会もないのだが。


 指示に従い、無表情で「千夜一夜物語アラビアンナイト」に出てきそうなランプを連打する。ぽよぽよとしたモーションで揺れ動く女神、左から右へとよくわからない敵を倒してゆくキノコ…。別に面白かなかった。その時は。惰性だせい


 ここで、一言断っておこう。私はマジでゲームをしないのだ。以下、私のリザルトだ。「あつまれどうぶつの森」50時間「フォートナイト」45時間「APEX」20時間「スイカゲーム」2時間。

 _お察しだろうか。飽き性である。まだ、体験版をガッツリ遊んだほうがプレイ時間が長いんじゃないか、なんて思う。

 あ、ベストオブ長時間プレイしたで賞は「リングフィットアドベンチャー」450時間。

 _お察しだろうか。脳筋気味である。


 それはさておき、某アプリの話へと戻ろう。某キノコアプリでは「世界チャット」(以下 セカチャ)「菌族きんぞくチャット」「個人チャット」というものが存在した。

「セカチャ」とは同じサーバー内でプレイしているプレイヤーと会話が文面上でのチャットが可能なサービスであり、「菌族チャット」とはレベルが上がると参加が可能となるゲーム内のギルドのようなものの中でチャットが可能な場所であり、「個人チャット」は文字通りだ。

 再び、私のことをご存じの方はお察しであろう。「そんなんお前、喋りに行きますやん。なんならそれを目的としてゲーム進めるタイプですやん。」おっしゃる通り。

 ゲームの熱中度、面白さを度返しして誰かと話せるという環境が嬉しかった。生粋きっすいのかまってちゃん。セカチャに参加できるレベルになった途端に顔を出したのを覚えている。なにを喋ったのかは覚えていないが。


 S20、私の居場所だった。救いの場だった。重たく聞こえてしまうだろうが、実際そうだったのだ。

 2024年2月23日。この日から私はこのアプリに救いを求めてしまうようになったのだ。

 その日は母親の一周忌いっしゅうき直後、父親のモラハラが加速した直後、祖父母に見捨てられた直後、母親の形見の長財布が盗まれ、売られていたのを発見した直後。警察と市役所と、児童相談所と学校との間でたらいまわしにされていた時。

 正直、色々と限界だった。

 入眠できず、入眠できたと思えば一時間で目が覚め、そのまま眠れない。

 食べることに対して恐怖心を抱き、一日ずっと吐き気をもよおしていた。

 自分が呼吸をすることすら怖い、学校と家との往復で精一杯。

 自分を食い尽くす孤独感、喪失感、劣等感、希死念慮きしねんりょ

 そんな中で、ずっと誰かが喋っている状態、何も考えずに作業ができる状態、私にとって救いだった。

 だから初めて何日も、何時間も続けることができたんじゃないか、と思う。

 家事をしながら、課題をしながら、眠れないときに。ただセカチャを覗いて、眺めて。孤独じゃなかった。


 いろんな人がいた。英文字のユーザーネームのカップル。課金すればもらえる「福袋」を時間予告してばら撒くポムポムプリンアイコンのお兄さん。アイコンの癖がいちいち強い人。名前の癖が強い人。

 自分がここに混じっていてもいいんだという感覚に陥っていた。

 光る画面からは安堵あんど感と現実逃避を賜っていた。


 その頃の私は色んな人に興味関心があった。自分の人生がどん底だったから。

 どのように生きてどのように死ぬべきなのかを模索していた。

 特に興味があったのは、ポムポムプリン福袋ばらきお兄さんだ。好奇心が湧く。なんでゲームなんかに課金するのだろう。課金によって得られるメリットのほうが多いのだろうか。何者なんだ。この人は。と。

 同サーバーの中でも彼に好奇の目を向けている人は多かった。福袋によって得られるアイテムがゲーム内では欠かせないものだったので、彼を崇拝すうはいしている人たちもいたくらいだ。

 まぁ、私もその一人。課金ってパネェなと思っていた。強かったし。


 レベルが上がって、菌族ギルドに入れるようになると、私はその課金ニキと同じ菌族に入りたかった。私のレベルが陳腐ちんぷなものであったので、助けをいたいという魂胆もあったのだが。


 何とか色々なコネを使い、彼と同じ菌族へ入ることができたのだった。


 ここから地獄と救いが交錯する日々が始まる。










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