第5話 ドキドキな励まし

 放課後の職員室。


 美術教師であり、美術部顧問の高森由香里は、受け持っている生徒達が提出した課題の採点に……苦労していた。



 自分が出した課題とはいえ、ここまで採点に時間がかかるなんて……ね(笑)。



 教師として仕方ないのだが、次の授業に使う教材の準備やら、道具の準備やらで、何かと忙しい。


 由香里は、自慢の黒髪をガシガシとかきながら、地道にこなしていく。


 完全に終わらせなければ、自分を解放した気にならない。


 真面目な性格が、時には損に見えてくる時もある。


 それでも、生徒達が一生懸命、美術の授業を受けている顔を見ると、やっぱり投げ出すわけにもいかないのだ。



「はぁ……なかなか終わらないなぁ……」



 こういう時、職員室内に、他の教師……たとえば同僚の里美がいてくれれば、多少の息抜きにもなるんだけど。


 職員は自分達の役目を終え、今は由香里1人だけが残っているだけだった。



「会いたいなぁ……美樹ちゃんに……」



 毎日、なにかしらのタイミングで、遠くから美樹とは顔を手を軽く振ったりして、挨拶を交わすが、教師と生徒の関係上、それ以上はスキンシップできない。



「美樹ちゃんと、2人だけの部活にするわけにもいかないもんなぁ(笑)」



 美術教師として、あるまじき結論に達する前に、目の前の仕事を片付けよう、そう心に誓った時、机に置いてあった由香里のスマホが振動する。



 LINEを送ってきた相手は……愛しの美樹ちゃんからだ!



「うわっ、うわぁ……なんでっ? どうしてっ!?」



 部活の帰り際、美樹には残業があるから一緒に帰れないことを伝えていた。



『由香里先生、まだ仕事ですか? 疲れてませんか?』



 嬉しい……どこまでも優しいよね、美樹ちゃんは。


 さっきまで、イライラしていた気持ちがフッと消えて、1人でニヤニヤと口元をほころばせてしまう。



『そーだよー。疲れてないって言ったらウソになるけど、美樹ちゃんから連絡もらって、嬉しいっ! ありがとね』



 返事を打つと、すぐに美樹から、さらにコメントが届く。



 うっ、み、美樹ちゃん……さすが現役の女子高生……。


 返事、打つのが早いわぁ……。



 由香里が苦笑して、年齢の差を痛感していると、



『先生のお仕事頑張ってる由香里先生、とってもカッコ良くて、とっても素敵です。大好き♪』



 コメントと一緒に、1枚の写真も送られてくる。


 可愛い私服姿の美樹が「頑張れ!」なポーズとともに、広げられたノートには大きく『由香里(先生)、頑張れ! 大好き♪』と書かれているではないか。



「私服の美樹ちゃん、可愛いっっっ! 名前で呼ぶのが恥ずかしいみたいで、カッコで書いてあるのも、ヤバイくらいにカワイイッ!!」



 両足をバタバタさせて、由香里はスマホを抱きしめる。


 嬉しさで涙ぐんだ顔をあげ、由香里は気合を入れ直した。



『美樹ちゃん、可愛いし、ありがと! 頑張るからね』



 ダメだなぁ、恋人に心配かける教師じゃ、ダメダメだ。



「よぉし、生徒達のためにも、しっかり採点して、終わったら、美樹ちゃんにいっぱい褒めてもらおっと!」



 秋の夜長に……愛ふたつ。


 終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る