第13章 結婚の挨拶(という名の公開処刑)
塩。
俺の口の中は、バーベキュー(という名の塩の塊)から数時間経った今も、まだ、しょっぱい。
Bチームの連中(MAのアベンジャーズ)は、あの後、「いやあ、塩分取ったら、逆に元気出たわ!」と、意味不明のポジティブさを発揮し、サッカー(なぜボールが?)なんぞを始めている。
……冗談じゃない。
あの人たち、味覚(たぶん偏差値3)と、俺のメンタル(偏差値38)を、どうしてくれるんだ。
「Fクラス! 腹ごなしは終わりだ! 第2研修室に集合!」
桜木塾長の、容赦ない声が響き渡る。
こっちは、塩水(ケンゴが持ってきた)で、腹がタプタプだというのに。
ぞろぞろと研修室(畳敷き)に戻ると、そこには、なぜか座布団と、小さなちゃぶ台が、ポツンと置かれていた。
……なんだ? 時代劇でも始まるのか?
「さて、諸君」 桜木塾長は、ジャージ姿のまま、腕組みをして壇上(ただの演台)に立った。
「午前の『模擬デート・ウォークラリー』『合同模擬戦(BBQ)』で、君たちの『基礎力のなさ』『応用力の欠如』は、嫌というほど分かった」
(……はい、すみません。塩、ぶちまけました)
俺は、畳のシミを数えながら、心の中で謝罪した。
「午後は、さらに実践的な『ロールプレイング』を行う!」
桜木が、竹刀でちゃぶ台を指し示した。
「テーマ:『結婚の挨拶』」
「「「!?」」」
研修室が、どよめいた。
結婚!?
挨拶!?
「そうだ。君たちが、いつか(E判定のままだと一生来ないが)必ず通過する、最難関ミッションだ。 『相手(パートナー)の父親』を、いかにして説得するか。 その『覚悟』と『会話術』を、今ここでテストする!」
(いやいやいや、無理がある!)
俺たちは、まだ「模擬デート」すらまともにクリアできていない、偏差値38(俺)や40台の集団だぞ。
いきなり、ラスボス(義父)戦なんて!
「もちろん、父親役は、俺(桜木)がやる」
塾長が、にやりと笑った。
(……最悪だ)
あんなのが父親だったら、俺は、玄関で塩(また塩か)をまかれて、追い返されるに決まっている。
「よし! トップバッター!」
桜木が、名簿に目を落とす。
(頼む、俺以外、俺以外……)
「Fクラス、佐藤!」
(……知ってた!)
俺は、もう、驚きもしなかった。
この合宿、俺は「公開処刑」されるために、高い金(受験料)を払ったのに違いない。
「立て、佐藤!」
「は、はい!」
俺は、塩でむくんだ顔(たぶん)を引きつらせながら、畳の上を歩き、あの、ちゃぶ台の前に正座させられた。
桜木塾長が、俺の正面に、どかっと胡坐をかく。
……近い。
圧が、すごい。
「えーと、設定だ」
桜木が、手元のメモ(台本か?)を読み上げた。
設定: 佐藤(35):娘(彼女)(28・架空)の彼氏。
しがないサラリーマン。
父親(桜木):娘を溺愛。頑固。
彼氏(佐藤)のことは、今日初めて知った。
(……絶望的な設定じゃないか!)
「今日初めて」って、どういう状況だ。
「よし! スタート!」
桜木が、パン、と柏手を打った。
その瞬間、彼の目つきが変わった。
「塾長」から「頑固な父親」の目に。
俺:「(え、えーと……) ……は、はじめまして! 佐、……佐藤です! あ、あの、娘さんと、お付き合いを……」
桜木(父):「…………(じろり)」
(……しゃべってくれない!)
俺:「あ、あの! 娘さんとは、真剣に……」
桜木(父):「……佐藤さんとやら」
(来た!)
桜木(父):「……君は、さっきから、『娘さん、娘さん』としか言わんが。 娘の名前は、なんだね?」
「えっ」
(……娘(28・架空)の名前!?)
台本に、そんなもの、あったか!?
俺は、パニックで、頭に浮かんだ、たった一人のFクラス女性の名前を、口走ってしまった。
俺:「あ、あの……! 『美咲(みさき)さん』です!」
「「「!?」」」
研修室の隅で、見学していた田中美咲さんが、 「ひっ!?」 と、小さな悲鳴を上げ、持っていたノート(ネタ帳)を畳に落とした。
……しまった。
桜木(父):「……ほう。美咲(みさき)、か」
桜木(父)は、俺の失態に気づいているのか、いないのか、ニヤリと口角を上げた。 (最悪だ、最悪だ。俺は、なんてことを)
俺:「あ、あの、お父さん! 美咲さんを……! ……塩……じゃなくて! 幸せに、します!」
(もうダメだ、俺は。塩に、脳を侵されている)
桜木(父):「……塩?」
父親(桜木)が、怪訝な顔をした。
「……佐藤くん。君は、娘(美咲)に、塩分の多い食事でも、食わせるつもりかね? バーベキューで、塩まみれの焼きそばを作るような男に、 うちの美咲(架空)は、やれん!!!!」
「ビイイイイイイイ!!!」
(ホイッスル、自分(父親)で吹いた!)
「佐藤! 不合格(ふごうかく)!!!」
桜木が、いつもの塾長の顔に戻っていた。
「いいか! 『結婚の挨拶』は、『塩加減(距離感)』の最終試験だ! 貴様は、娘の名前(田中さん)を間違える(※注:間違ってない)わ、 『塩』だの『美咲さん』だの、自分(佐藤)の都合(パニック)だけで喋りすぎだ! 父親(俺)の『懸念』を、何一つ『傾聴』しとらん!」
「偏差値38(E判定)、確定だ!」
……まったく、どうなっているんだ、この合宿は。
俺は、畳の上で、正座のまま、完全に燃え尽きていた。
白い灰に……いや、白い塩になって。
研修室の隅では、田中さんが、真っ赤な顔で俯きながら、
「……佐藤さん、『美咲さん』と呼んだ(事故)……」 「……塩=NGワード……」俺の「敗因」を、ノートにびっしりと書き殴っているのだった。
勘弁してほしい。
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