第12章 焼きそば(という名の最終兵器)
「塩と砂糖の判別」 ……我ながら、情けない手柄だ。
だが、偏差値70のアベンジャーズ(MA軍団)は、俺のその地味すぎるスキルを、なぜか本気で賞賛してくれた。
「佐藤さん、すごいよ! 俺たち、味見なしじゃ絶対わかんない!」
「これで美味しい焼きそばが食べられるね!」
(……勘弁してほしい)
俺は、彼らの底抜けのポジティブさに、逆に不安になってきた。
この人たち、本当に偏差値70なのか? もしかして、勉強(スペック)に振り切りすぎて、生活能力(偏差値)が、俺と同じ38なんじゃないだろうか。
……などと、くだらない分析をしている場合ではなかった。
「佐藤さん!」
火起こし担当のタカシ(爽やか)が、完璧に火が熾ったコンロ(どうやったんだ)の前に立ち、俺を手招きした。
「メインディッシュ、行きましょう! 焼きそば!」
鉄板の上には、野菜ソムリエのミカ(華やか)が、芸術的なまでに均一に切り揃えたキャベツと人参が踊っている。
ケンゴ(筋肉)が、軽々と持ち上げたクーラーボックスから、高級そうな肉(なぜ?)が投入される。
……待ってくれ。
俺の知っている「山の家」のバーベキューと、何かが違う。
これは、俺たちE判定が食べていい代物じゃない。
「佐藤さん!」
タカシが、俺にトングとヘラを(なぜか二刀流で)手渡してきた。
「え?」
「焼きそば、お願いしていいですか?」
「いや、無理無理無理!」
俺は、思わず素で返してしまった。
「俺、料理なんて……(炒めるだけとはいえ)……」
「大丈夫!」
ミカ(華やか)が、聖母のような笑顔で言った。
「だって、佐藤さんには『神の舌(塩と砂糖の判別)』があるじゃないですか!」 (……いつから、そんな大層(たいそう)な能力になったんだ)
「そうですよ! 味付けの『塩』は、佐藤さんが見つけてくれた、あの『奇跡の塩』なんですから!」
タカシ(爽やか)も、よく分からないテンションで俺を煽ってくる。
……冗談じゃない。
俺は、ただ、指で舐めただけだぞ。
だが、偏差値70の期待(という名の無茶振り)を、偏差値38(俺)が断れるわけがない。
俺は、震える手でトングを握りしめ、プロの舞台(MAの鉄板)に立たされた、素人(俺)として、焼きそばを炒め始めた。
ジュウウウウウ、と、場違いに美味しそうな音がする。
「いいぞ、佐藤さん!」
「火加減、最高!」
ケンゴ(筋肉)とタカシ(爽やか)が、なぜか俺の後ろで応援(プレッシャー)をかけてくる。
(……そろそろか)
野菜がしんなりし、麺もほぐれてきた。
いよいよ、ラスボス(味付け)だ。
「佐藤さん! お願いします!」
タカシが、あの、俺が判別した「奇跡の塩(ただの塩)」が入った容器を、恭(うやうや)しく差し出してきた。
……もう、どうにでもなれ。
俺は、容器を受け取り、鉄板(アベンジャーズの期待)の上で、塩を振ろうと、手首を構えた。
その、瞬間だった。
「うわっ! 炭が! 炭が足りない!」
ミカ(華やか)が、甲高い声を上げた。
「なにっ!?」
ケンゴ(筋肉)が、その声に(たぶん恋愛偏差値70で)反応した。
「任せろ!」 ケンゴは、背後にあった炭の入った巨大な袋を、米俵のように担ぎ上げた。
そして、俺の真後ろを、 「おおおおお!」 という雄叫びと共に、コンロ(ミカの元)へ向かって、猛ダッシュした!
「わっ!?」
俺は、背後を走り抜けた突風(筋肉)に、本気で驚いた。
そして、 俺が塩を振ろうとしていた右手は、その驚き(偏差値38の反射神経)によって、 ザザザーーーーッ!
……と、容器の中身(奇跡の塩)の、およそ半分ほどを、鉄板の上の焼きそばに、盛大にぶちまけてしまったのだ。
「「「あーーーーーーーーっ!!!」」」
Bチーム全員(俺も含む)の、絶望的な悲鳴が、広場にこだました。
鉄板の上には、麺と野菜と肉(高級)の上に、まるで雪景色のように降り積もった、純白の塩。
……これは、もう、焼きそばではない。
何かの、錬金術の失敗作だ。
「さ、佐藤さん……」
タカシ(爽やか)の顔から、笑顔が消えている。
「……これが、『奇跡の塩』……」
「す、すみません……! あの、ケンゴさんが、急に……(人のせい) あ、いや、俺が、偏差値38なもので……(意味不明)」
俺は、もう、何を言っているのか、自分でも分からなかった。
穴があったら入りたい。
いや、この塩まみれの鉄板の上で、いっそ俺も焼いてくれ。
「大丈夫!!!!」
タカシ(爽やか)が、叫んだ。
(え?) 彼は、自分の頬(ほお)をパン! と叩き、無理やり笑顔(引きつってる)を作った。
「大丈夫だ、佐藤さん! ……これは、あれだ! 『塩焼きそば』! そう、そういう新ジャンルだ!」
(……無理があるだろう!)
「そうよ、タカシ!」
ミカ(華やか)も、涙目(たぶん)で立ち直った。
「こ、ここまで塩味が強ければ、逆に、ビール(ないけど)が進むかも!」
(……ポジティブすぎるだろ、この人たち!)
「よし! 俺、水、大量に持ってくる!」 ケンゴ(筋肉)が、自分のせいだとは露(つゆ)知らず、また猛ダッシュで消えていった。
その時。
もちろん、彼が来るに決まっている。
「ビイイイイイイイイ!!!」
桜木塾長のホイッスルが、鼓膜を突き破った。
「Bチーム! 佐藤!!!」
(また俺か!)
「貴様あああ! それは、なんだ! 『焼きそば』か!? 違う! それは、ただの『塩分の塊』だ!」
桜木塾長は、鉄板を竹刀で(熱くないのか)指し示した。
「いいか、佐藤! 婚活(調理)は、一瞬の油断が命取りだ! 塩加減(きょりかん)! 相手との塩加減(距離感)を、ほんの一瞬でも間違えれば! このように、すべてが台無し(しょっぱいだけ)になるんだぞ!」
……まったく、その通りで、ぐうの音も出ません。
結局、俺たちBチームの「塩焼きそば(という名の最終兵器)」は、 「う、うん! 辛(から)い! ……だが、それがいい!」 と、タカシ(爽やか)が無理やり食べ進め、 「水を……ケンゴ、水をくれ……」 と、ミカ(華やか)が涙目で水をがぶ飲みし、 俺は、とてもじゃないが、自分の「作品」を口に運ぶ勇気もなかった。
ちらり、とCチームを見た。
田中さんは、MAのイケメン(トウモロコシの彼)が作った、完璧なソース焼きそばを、 ……やはり、真顔で、 ……だが、心なしか、少し幸せそうな顔で、 もぐもぐと食べていた。
……冗談じゃない。
俺の、塩(しょっぱ)い夏合宿は、まだ二日目だというのに。
すでに、俺のHP(精神力)は、E判定(ゼロ)寸前だった。
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