第11章 塩と砂糖と偏差値38のプライド
「Bチーム」 ……なんてこった。
俺、佐藤健太は、人生で引きたくなかった「ハズレくじ」(いや、当たりくじなのか?)を、見事に引き当ててしまった。
目の前では、ライバル校「マリアージュ・アカデミー(MA)」の男女が、爽やかに自己紹介を始めている。
「よろしく! MAのタカシです! 趣味は(本物の)キャンプなんで、火起こしは任せて!」
「ミカです! 私、野菜ソムリエの資格持ってるんで、カッティング担当しますね!」
「ケンゴです! 筋トレが趣味なんで、重いもの(コンロとか)は全部俺に!」
(…………)
勘弁してほしい。
なんだ、この「意識高い系アベンジャーズ」みたいな集団は。
完璧(パーフェクト)すぎるだろう。
Bチームのブライダル・パス(BP)塾生は、俺を含めて3人。
残りの二人は、Cクラスの男女で、すでにMAの陽気なオーラに圧倒されて「あ、はは……よろしくおねがいします……」と引きつった笑いを浮かべている。
俺(偏差値38)が、このチーム(平均偏差値65)で、貢献できることなど、あるのか? 火も起こせない。
野菜ソムリエでもない。
筋肉もない。
「佐藤さん、だっけ? BPの」 火起こし担当のタカシが、俺に話しかけてきた。
「なんか、できることあります? あ、無理しないでくださいね! レジャーなんで!」
(レジャー……こっちは『模擬戦』なんだが……)
この温度差。
これが、偏差値70の世界か。
俺は、なけなしの勇気を振り絞った。
「あ、あの……皿洗いとか、ゴミまとめとか……そういう、地味なやつなら……」
「えっ、ダメですよ!」
野菜ソムリエのミカ(華やか)が、目を丸くした。
「そんなの、後でまとめてやればいいじゃないですか! みんなで一緒に作りましょ!」 (……眩しい)
「じゃあ……」
タカシが、困ったように腕を組んだ。
彼(偏差値70)の目には、俺(偏差値38)が、どう見ても「戦力外」と映っているのだろう。
「あ、じゃあ、佐藤さん!」
タカシが、何かを思いついたように、テント(MAはテントまで持参していた)の前に置かれた調味料ボックスを指さした。
「これ、『塩』と『砂糖』、どっちがどっちか、分かります?」
(…………は?) 俺は、一瞬、自分の耳を疑った。 そこには、よくあるキャンプ用の、同じ形をした透明な調味料入れが二つ並んでいた。 中身は、どちらも白い粉末。 ……確かに、見分けがつかない。
「いやあ、俺、昨日詰め替えたヤツに、ラベル貼り忘れちゃって」
タカシが「てへ」みたいな顔で頭をかく。
(……おいおい)
「これ、焼きそばの味付けで間違えたら、大惨事じゃないですか。 佐藤さん、お願いします! 味覚、鋭いですか?」
(……来た!)
俺は、心の中でガッツポーズを取った。
(俺にも、できることがあった!) 火も起こせない、野菜も切れない、偏差値38の俺だが、「塩」と「砂糖」の判別くらいなら、できる!
俺は、厳かな面持ちで、二つの容器の前に立った。
指先に、白い粉を、ほんの少し取る。
まず、右。
(……これは、しょっぱい。塩だ)
次に、左。
(……うん。甘い。砂糖だ)
俺は、タカシに向き直り、ビシッと、右の容器を指さした。
「……こっちが、塩です」
「おおお!?」
なぜか、タカシとミカとケンゴ(筋肉)が、同時に沸き立った。
「まじすか! 助かったー!」
「佐藤さん、すげえ! 俺、どっちも同じに見えました!」
「ありがとう、佐藤さん! これで、美味しい焼きそばが作れるよ!」
(……え、俺、そんなに凄いことしたか?)
偏差値70の連中が、E判定(俺)の「塩・砂糖判別」ごときに、本気で感動している。
……まったく。
このエリート集団、もしかして、どこか根本的なところが、致命的に「抜けて」いるんじゃないだろうか。
「よし! 佐藤さんのおかげで、調理開始だ!」 タカシが叫ぶ。
俺は、人生で初めて「塩と砂糖を判別した」功績(?)により、華やかなバーベキューチームの一員として、かろうじて認められたのだった。
ふと、Cチーム(田中さんのチーム)のコンロが気になった。
俺は、そっと視線を送る。
……あ。
田中さんは、Cチームの隅っこで、ひたすら、真顔でトウモロコシの皮を剥いていた。
その集中力は、まるで精密機械。
あるいは、ミステリのトリックでも解いているかのようだ。
すると、CチームのMAのイケメン(タカシとは別のタイプ)が、田中さんに近づいた。
「田中さん、すごい集中力だね! ……トウモロコシのヒゲ、そんなに丁寧に取らなくても、食べられるよ?」
田中さんは、びくりと顔を上げた。
「あ……でも、口当たりが……」
「ははっ、真面目だなあ! 俺、そういう『丁寧な』子、結構、好きかも」
(……言った!)
(あれが、偏差値60超えの『ジャブ(口説き)』か!)
田中さんは、イケメンの言葉の意味が分からなかったのか、あるいは、処理(CPU)が追いつかなかったのか、 「……は、はあ……」 と、曖昧に返事をしたまま、 ボトッ。
……持っていたトウモロコシ(生)を、地面に落とした。
(……ああ)
俺は、思わず天を仰いだ。
頑張れ、E判定探偵。
こっちは、塩と砂糖の判別で、どうにか生き延びているぞ。
その時。
「ビイイイイイイ!!!」 広間に、桜木塾長のホイッスルが鳴り響いた。
「Cチーム! 田中! トウモロコシを落とすな! 食材(出会い)は、一つ一つが貴重だ! 地面に落ちた食材(ご縁)は、もう二度と元には戻らんと思え!」
……ご冗談でしょう、桜木先生。
3秒ルールも、適用外か。
俺は、Bチームの片隅で、塩(しょっぱ)い現実を、ただ噛み締めるしかなかった。
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