第14話 デバフ?

 娘を戦闘兵器にするために、息子で精神を操る実験を行う。

 組み上がった仮説は、パニエ家の闇を凝縮ぎょうしゅくしたようなものだった。


(スリートは精神を操られたからこそ、大切な妹であるはずのラネージュを戦いの道具として扱っていた)


 筋は通っていると思われる。


「ラネージュ、スリートさんは洗脳されているのかも知れない」

「えっ……?」


 ラネージュが振り返った。

 涙のにじんだ蒼の瞳が困惑げにこちらを見る。

 テールは、自身の仮説をラネージュに伝えた。

 この仮説が正しければ、スリートにかけられた精神干渉系魔法を解除できれば、彼は元の優しい兄に戻るかも知れない。


「お兄様は……私の事を嫌いになったわけでは、なかったのでしょうか」

「それだけは絶対にないよ」


 テールはラネージュの不安を即座に否定した。

 こんなにも優しくて可愛い妹を、突然嫌う事だけはあり得ない。

 明確な根拠はないけれど、スリートについてそれだけは確信できた。


「今はまだ難しいかも知れないけれど、絶対に何か手はあるはずだよ。一緒に、スリートさんを救い出そう」

「っ……はい! ありがとうございますっ……!」


 ラネージュが涙を拭って立ち上がり、力強い瞳で頷いた。


(とは言え、どうしたものか)


 テールは腕を組んで考える。

 原作『ディケワ』では、そもそもスリートが洗脳されている描写すらなかった。

 この仮説が正しかったとしても、彼の洗脳の解除方法が分からない。


(洗脳……正常な判断力を奪う、デバフのようなものとは考えられないか?)


 ゲームにおいては、攻撃力や防御力、命中力、しゅんびんせいなどを低下させるデバフが存在していた。

『ディケワ』の設定では、デバフは肉体ではなく、対象の精神に干渉して異常を引き起こすものとされている。

 洗脳も同様に精神に干渉するものであるから、もしかしたらデバフ解除の魔法が有効かも知れない。


「ラネージュ、『メンタル・リカバリー』は使える?」

「ええ。……もしかして、それでお兄様は元に戻るのでしょうか?」


 期待を宿した表情のラネージュに、テールは罪悪感を覚えつつ首を横に振った。


「ごめん、分からない。だけど、可能性はあると思う」

「いえ、可能性があるだけで十分です。ありがとうございます」


 ラネージュは微笑んで、スリートに向けて両手をかざした。

 青い光がその手から降り注いで、スリートの胸部に吸い込まれていった。

 今は、これで事態が良い方向に進む事を祈るしかない。


「ラネージュ、これからの事だけど」


 テールは重い口を開く。

 ラネージュの心情を考えると、今からする話は非常に言いづらい。


「洗脳が解けたか分からないから、できれば今はスリートさんと一緒にいない方が良いと思うんだ。……どうかな」

「ええ、私もそう思います」


 テールの予想とは裏腹に、当のラネージュは穏やかな表情だった。

 意表を突かれ、テールは思わずラネージュを見つめる。


「俺から言っといて何だけど、大丈夫?」


 大切な人をこの場に放置しろと、テールはそう言ったのに。

 問いかけると、ラネージュは微笑んだまま少しだけ目を伏せて頷いた。


「……私、首輪を付けられていたときの事も覚えているんです。苦しくて、痛くて、だけどお兄様は冷たい目で私を見るだけで……もう二度と、元には戻れないんだって思っていたんです。だけど」


 ラネージュが顔を上げる。

 原作では一度も見る事の叶わなかった、華やかな笑顔で。


「あなたが私を助けてくれました。希望も見せてくれました。だから今は、大丈夫なのっ!」


 その笑顔に思わず見惚れたテールは、ハッと我に返って自分も口元を緩めた。


「分かった。それじゃあ、出口を開いてもらえるかな?」

「はい、お任せ下さい」


 ラネージュが笑顔で胸を張る。

 ルインド・シティは魔法で生み出された異空間。

 その出入り口は、末裔八血にしか生み出せない。


「——〈滅びの幻から、守るべき現実に還る道を〉」


 ラネージュが右手を突き出して詠唱する。

 前方の風景が歪み、人が入れるほどの白い裂け目が縦に出現した。


「さあ、テール。行きましょう」


 ラネージュが笑顔で左手を差し出してきた。

 推しが手を繋ごうとしてくれている。

 若干どころじゃなく緊張しつつもその手を右手で握り、テールはラネージュに続いてルインド・シティから現実世界に帰還した。






☆—☆—☆




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