第15話 妹

 現在時刻は午後六時四十五分。

 ルインド・シティから元の世界に帰還して、テールはラネージュと共に駅に向かっていた。


「テールは未来を知っているのですね」

「第五回生贄会議の結末までね。それも、俺が干渉する前の未来だけど」


 テールは前世の事は避けて、ラネージュに自分の事情を明かした。

 とても信じられないだろうと思っていたのだが、彼女はすんなりと受け入れてくれた。

 とは言え、自分たちが全滅する結末を聞かされて、ラネージュは流石に複雑そうな表情を浮かべていたが。


「あとは少しだけど、みんなの過去も知っているよ」

「! ……過去、私のもですか?」


 隣を歩くラネージュが、顔を跳ね上げてこちらを見た。

 彼女は痛みを堪えるように顔を歪めて、瞳を揺らしている。

 テールはできる限り柔らかな声を心掛けて答えた。


「知ってるよ。シュミネさんの事も」

「……そう、なのですね。シュミネちゃんの事も……」


 俯いたラネージュが、コートの布地を巻き込んで両手を握り締めた。


「シュミネちゃんは……私の事、憎んでいますよね」


 シュミネ・パニエ——ラネージュが必死で守ろうとしていた双子の妹。

 ラネージュと同じ、パニエ家の魔法研究の哀れな実験体。


「そうだね。シュミネさんは、今は君の事を憎んでる」

「……っ」


 肩を震わせたラネージュが、ふらりと立ち止まる。

 テールも歩みを止めて、全身から泣き出しそうな気配を放っているラネージュに向き直った。


「シュミネさんに、会いに行こうか」

「!? あ、会えるのですかっ……!?」


 ガバッとすがり付いてきたラネージュであったが、すぐに悲しげに口を閉ざして再び俯いた。


「でも……シュミネちゃんは、私の事を憎んでいるから……」

「だったら、様子だけ見に行ってみる?」


 提案してみたら、ラネージュが迷うように顔を上げた。


「そんな事、できるのですか?」

「ラネージュが『ステルス』を使えれば、簡単にできるよ」


 周囲から自分を認識できないようにする上級通常魔法『ステルス』。

 ラネージュほどの魔法師がそれを使えば、一般人しかいない孤児院には容易に潜入できよう。


「だけど、私……」


 しかしラネージュは、葛藤かっとうするように視線を彷徨さまよわせた。

 ラネージュとシュミネは、もう六年間も会っていない。

 特にラネージュに至っては、二度と妹に会えないとさえ思っていただろう。

 それだけに、いきなり会えると言われても、心の準備ができていないのだと思われた。


(だけどラネージュは、絶対にシュミネに会いたいはずだ)


 自分を犠牲にしてでも守ろうとした、大切な妹なのだから。

 だとすれば、テールがすべき事は一つ。

 ラネージュの背中を押してあげる事だろう。


「シュミネさんは、孤児院では楽しく暮らしているみたいだよ。成長したシュミネさんの笑顔、見たくない?」

「見たいです!!!!」


 あれほど葛藤していたのは何だったのか。

 ノータイムで元気な返事が返ってきて、テールは思わず噴き出した。

 笑われた事で我に返ったのか、ラネージュが恥ずかしげに目を伏せる。


「あ、その、今のは、えっと……」

「決まりだね」


 テールが微笑みかけると、ラネージュも頬を染めつつ開き直ったような笑顔で頷いた。


「シュミネちゃんの様子を見たいです。テール、案内してもらえますか?」

「了解だよ。シュミネさんは、隣町の駅から歩いて五分の孤児院で暮らしているんだ」


 妹を守るために徹底していたラネージュは、今シュミネがどこにいるのかすらも知らずにいた。

 万が一にも、自分から実家に情報が漏れないようにしていたから。

 前方に見えてきた駅を見据えながら、テールは提案する。


「シュミネさんは遅くまで図書館で勉強している事が多いらしいんだ。夕飯時には帰ってくるだろうから、どこかで時間を潰してから行こうか」






☆—☆—☆






 高校からの帰り道。

 リアン・リヴィエールはクラスメイトたちと四人で、駅前のファミレスでテスト勉強をしていた。

 テーブルの上に置いたスマホにメッセージアプリ『アロートーク』の通知が届き、リアンはスマホを手に取る。


「あ、もう七時すぎなのかぁ。そろそろ帰らないと、夕飯に間に合わなくなっちゃう」

「あんた、めちゃくちゃでかいパフェ食べてたじゃん。まだ夕飯食べるの?」

「甘い物は別腹だよ」

「別腹って、ご飯の前に使う事あるんだ」

「ただリアンが食いしん坊なだけでしょ」

「えー? ひどーい」


 友人との雑談に興じていたリアンは、ふと窓の外に目を向けて首を傾げた。


(あれ? シュミネだ)


 見覚えのある薄灰色の髪の少女が、見知らぬ少年と一緒に楽しげに歩いていた。

 彼氏だろうか。シュミネに彼氏がいるなんて聞いた事なかったけれど。

 その二人がファミレス前の横断歩道で信号待ちをする。

 そこでリアンは、とある事に気づいて首を捻った。


「髪が長い?」

「ん? どしたの?」


 友人に声をかけられて、リアンは意識を引き戻された。


「あ、ごめん。知り合いかなって思ったんだけど、髪の長さが違った」


 同じ孤児院で暮らしているシュミネは、後ろ髪を肩の辺りで切り揃えている。

 一方で、あの少女は後ろ髪を腰の辺りにまで伸ばしていた。


「美容院帰りとかじゃないん?」

「髪が長かったの。だけど、顔はまんまだった」


 毎日シュミネと顔を合わせているリアンが間違えたくらい、そっくりだったのだ。


「ウィッグかぶってたとか?」

「まさかドッペルゲンガー……」

「ないない。普通に姉妹とかでしょ」


 友人たちの会話を聞いて、リアンはあごに手を当てて呟いた。


「なるほど、姉妹かぁ」


 リアンは再び窓の外に視線を向けた。

 シュミネっぽいその少女は彼氏(?)と共に、道路を挟んだ反対側のカフェに入っていった。







☆—☆—☆




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