第12話 お姫様みたい
ラネージュは、パニエ家の戦闘兵器として育てられた。
親から愛情を与えられる事もなく、来たるべき殺し合いに向けて調整されてきた。
原作『ディケワ』にてラネージュ死亡後に解放されるサブストーリーでは、ラネージュの過去を知る事ができる。
それによると彼女は、自動回復魔法の効果確認と痛みに耐性を付けるという目的のために、幼少期から拷問じみた「
中には「麻酔もなしにノコギリで手足を切断される」なんて展開もあり、幼いラネージュが泣き叫ぶシーンまで用意されていた。
自分たちが殺した敵キャラ少女の悲惨すぎる過去に、プレイヤーたちは心をこれでもかと抉られたものだったが。
(だからこそラネージュは、この非常時に「自分の腕を切り離す」なんて選択肢が頭に浮かんだんだ……!)
ラネージュにとっては、腕の欠損など幾度も経験してきた事だったから。
幼い少女を痛めつけ続けたパニエ家の者たちに怒りが湧き起こる。
しかし一方で、ラネージュにそんな過去があったからこそ、今テールは死なずに済んだとも言える。
——テールが弱かったから。
だから、ラネージュは自らを傷つけてでもテールを生かした。
「——〈首輪よ、外れよ〉っ!」
胸中で荒れ狂う激情を、詠唱に込めて吐き出した。
『支配の首輪』が金色の光を放ち、カシャンとラネージュから外れた。
(ちくしょう……ちくしょうっ……!)
怒りのままテールは奥歯を噛み締める。
ラネージュを守りたかった。
痛い事なんてない場所で、幸せに笑って欲しかったのに。
逆にラネージュに大きな代償を払わせて、助けられてしまった。
そんな弱い自分に、怒りが煮えたぎる。
「……ラネージュ」
テールは上体を起こしながら、血まみれで震えている華奢な身体も一緒に抱き起こした。
ラネージュの左肩に自分の左手を回し、テールは左腕全体で彼女の頭と首を支える。
ラネージュの顔に目を向けると、彼女の蒼い瞳と視線がぶつかった。
その瞳には光が戻っていて、宝石のように涙で煌めいていた。
「ごめんなさい。首、大丈夫ですか……?」
「っ……」
ラネージュの第一声が謝罪だった事に、テールは奥歯を噛み締めた。
彼女の方がよっぽど重傷で、激痛に襲われているはずなのに。
「ラネージュ、ごめんね」
胸が詰まる思いでテールは声を絞り出した。
ラネージュがびくりと震え、困惑したような息遣いになる。
「どうして、あなたが謝るのですか?」
「俺が弱かったから、君にこんな事をさせてしまった。君に痛い思いをさせたかったわけじゃないんだ。なのに、ごめんね」
全ては、テールが中途半端な実力で首を突っ込んだ結果だ。
自分の行動が原因で推しが傷付くなど、あってはいけない事だったのに。
「大丈夫ですよ。もう戻りましたし、全然、痛くなんてなかったですから」
血まみれのラネージュが、微笑みながら再生した両腕をぷらぷら振った。
いつの間に、とテールは内心で驚く。
本当に凄まじい速度の回復魔法である。
(だけど、幾ら身体が元に戻ったところで、この子が苦しんだ事実は消えない……)
今はもう震えていないが、ついさっきまでラネージュは呼吸を乱して震えていたのだ。
痛かったからこそ、あんなにも震えていたのだろう。
それなのに今、彼女はテールに心配をかけまいと健気に微笑んでいる。
これがラネージュ・パニエという少女。
命じられるまま全てを
自らを犠牲にしてでも双子の妹を守ろうとしていた、彼女の本来の姿だった。
その優しさは、見ず知らずのテール相手にすら発揮されていた。
だけど——とテールは唇を噛み締める。
「……ラネージュ、君にこんな事をさせた俺が言えた事じゃないのは分かってる。でも、だけどね」
テールはずっと前から——自分が冬枯陸羽だった頃から、ずっと思っていた事を彼女に告げる。
「君はもっと、自分を大切にして良いんだよ」
ラネージュが息を呑んだ。
そんな事、考えた事もなかったといった様子で。
彼女は見開いた瞳を揺らして、こちらを見つめている。
「痛かったら痛いって、嫌だったら嫌だって言って良いんだ」
「でも……」
ラネージュがためらうように目を伏せた。
強くなれ、ただ強くあれ——と。
戦闘兵器として、ラネージュは泣き言を許されなかった。
弱音を吐けば、「躾」という名の拷問がより一層苛烈になったから。
だからラネージュには、心を偽るしか自分を守る術がなかった。
何があっても大丈夫、大丈夫だと。
そうして偽った心を気にかけてくれる人など、彼女の周りにはいなかった。
だけど、テールは知っている。
この少女が、どれだけ辛く苦しい思いに耐えてきたのか。
冷酷な両親の元から妹を逃して、自分は一人孤独に戦ってきたラネージュ。
その覚悟と原作での悲惨な結末を思うと、胸が痛くて堪らない。
「今まで、よく頑張ってきたね」
絞り出した声でラネージュを労ったら、ハッと彼女がこちらを見た。
テールは胸の痛みを抑え込んで、真っ直ぐにラネージュを見つめ返した。
「俺、もっと強くなるよ。君を守れるくらい、強くなってみせるよ。だからもう、強がらないで」
出来るだけ柔らかく語りかけると、ラネージュの表情がくしゃりと歪んだ。
「……痛かった、です。本当は、凄く痛かった」
唇を震わせて、ラネージュが呟くように言った。
本心を言葉にした事で、張り詰めていた心が限界を迎えたのだろう。
その目に涙が盛り上がってきて、溢れ出した。
「痛いのはもう、嫌なの」
ボロボロと涙を零すラネージュ。
そんな彼女を安心させたくて、テールは彼女に微笑を向けた。
「大丈夫。これからは、俺が君を守るよ」
ラネージュが瞳を揺らして、じっとこちらを見つめてきた。
「私を……守って、くれるのですか?」
「ああ、絶対に」
そのために、テールは今ここにいるのだから。
テールが誓いを込めて頷いたら、ラネージュも泣きながら微笑んでくれた。
涙まみれだけれど、先ほどの強がりとは明らかに違うと分かる笑顔で、
「何だか私、王子様が来てくれたお姫様みたい」
「っ……!?」
推しの少女にとんでもない事を言われて、テールは思考がショートした。
「あなたのお名前、教えてもらえませんか?」
「あっ、えっと……俺はテール、だよ。テール・イヴェール」
我に返って名乗ると、ラネージュは涙を拭って——ぎゅっと抱き着いてきた。
テールは再び思考能力を破壊された。
「ら、ラネージュ……?」
「ごめんなさい、テール。だけど、嬉しくて。守るって言ってもらえたの、初めてだったから」
テールの胸元に顔を埋めたまま、ラネージュが涙声で言う。
「お願いです。もう少しだけ、このままでいさせて」
自分を犠牲にし続けた少女が抱いた、願いと呼ぶにはあまりにも小さすぎる要望。
それでも、失うだけだったラネージュが、初めて自分のために何かを求めたのだ。
原作の彼女を知る者として、テールは思わず泣きそうになった。
「好きなだけ、こうしていて良いからね」
そっとラネージュの頭を撫でたら、彼女はびくりと震えて嗚咽を漏らした。
静かな世界に、ラネージュの泣き声だけが広がる。
この子が、もっとわがままを言ってくれるようになれば良い。
そう願いながら、テールは泣き震えるラネージュの頭を撫で続けた。
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